第百二話 とある競馬雑誌記者(東)
私は、競馬が好きだ。
馬が好きだ。
レースが好きだ。
血統が好きだ。
調教師の言葉が好きだ。
騎手の一瞬の判断が好きだ。
馬主の夢が好きだ。
ファンの熱狂が好きだ。
厩務員さんが、レース後に「よく頑張ったな」と馬の首を叩く瞬間が好きだ。
人と馬が積み重ねる物語が好きだ。
――月刊最北競馬、編集部所属、二十六歳。
名前はまあいい。
誌面に名前が載るより、いい記事が載る方が大事だ。
今の競馬界は、とにかく熱い。
現場でペンを握っていると、紙が燃えるんじゃないかというくらい熱い。
なにせ、有馬記念が近い。
しかもその中心にいるのが、同じ牧場から出た二頭なのだ。
無敗の三冠馬・エクリプス。
そして、ジャパンカップでその無敗を止めたサニーボーイ。
もう、この時点でお腹いっぱいなのに、さらに厄介なことにその馬主が桜井朔である。
いや、厄介という言い方は失礼か。
ただ、競馬雑誌記者として、これは見逃せない。
どうしても直接取材せねばなるまい!
決して、歴史的名馬の有馬記念前密着という名のご褒美イベントではない。
いや、ご褒美ではある。
かなりご褒美ではある。
でも仕事だ。
「ふふ……ふふふ……」
◇
「取材へのご協力、感謝します」
今日の取材対象は、今の日本競馬で最も注目されている一頭。
エクリプス。
皆既日食の日に生まれた、黒き王。
無敗の三冠馬。
皐月賞、ダービー、宝塚記念、菊花賞をまとめて飲み込んだ規格外。
その姿を見るために東のトレセンにやってきた。
そしてその横には、桜井朔さん。
競馬界では知らぬ者のいない人物である。
サクライルドルフをはじめとして、数々の名馬を世に送り出した桜井牧場の元牧場主。
そして――馬の異常を見抜く目は獣医以上、とまで言われる人物。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
桜井さんは、穏やかに頭を下げた。
年齢を重ねているのに、妙に柔らかい雰囲気の人だ。
この人が、かつて無敗の三冠馬を持ち、今また時代の怪物を所有している人なのかと思うと、脳が少しバグる。
もっとこう、豪腕馬主!競馬界のドン!みたいな雰囲気でもおかしくないのに。
実際の桜井朔は、近所の農家のお爺さんみたいな顔でエクリプスの首筋を撫でていた。
「では、さっそくですが」
私はペンを構えた。
「有馬記念への出走予定は?」
「あります。調教師さんとも打合せ済で、エクリプスの疲労も大丈夫そうです」
よし。
まず一つ目の確認事項はクリアだ。
有馬記念、出る。
つまり、年末の夢はちゃんと続いている。
私の脳内で特集タイトル案がすでに三本くらい立ち上がる。
『無敗は途切れても王道は続く。エクリプス、有馬へ』
いや、少し硬いか。
『黒き日輪、再び昇る』
これだ。
いや、ちょっと煽りすぎか?
でも煽りすぎるくらいでちょうどいいこともある。
編集長はたぶん渋い顔をするが、その渋い顔を突破して誌面に載せるのが私の仕事だ。
「では、有馬記念への意気込みをお聞かせください」
桜井さんではなく、私は少しだけエクリプスの方も見た。
もちろん、馬が人語を話すわけではない。
ただ、仕草や表情から取れるものはある。
名馬の顔には、必ず何かが出る。
私はそう信じている。
すると、エクリプスが短く鼻を鳴らした。
「ブルルン」
短い。
だが、鋭い。
これは、何かを示しているのではないか。
有馬記念へ向けての闘志。
ジャパンカップの借りを返す決意。
あるいは、最強という称号へ向けての――
「はは、エクリプスは『絶対勝つ』と言ってます」
桜井さんが、普通に言った。
……来た。
来てしまった。
これだ。
これなのである。
まるで「今日は寒いですね」と同じ温度で、「馬がこう言ってます」と言った。
落ち着け、私。
「……桜井さん」
「はい?」
「今のは、比喩ではなく?」
「んー……どうなんでしょうね」
にこっと笑って誤魔化された。
あ、だめだこれ。
桜井朔が馬の声を聞ける“らしい”場面には何度も立ち会っている。
むしろ競馬記者なら知らない方がおかしい。
ただし、記事にはしづらい。
なぜなら事実確認が困難だからだ。
桜井さん本人も「気のせいかもしれません」と笑って流すことが多い。
関係者も「桜井さんだからね」で済ませる。
馬主も調教師も騎手も厩務員も、なぜか最終的に「桜井さんならそういうこともある」で落ち着く。
競馬界、柔軟すぎないだろうか。
でも、競馬界は時々ファンタジーとしか思えないことも起きるしなぁ……。
しかし今の「ブルルン」からの、『絶対勝つ』。
おお。
おおお。
これをどう記事にすればいいのか。
いや、書ける。
私は書ける。
『エクリプス、短く鼻を鳴らす。その仕草を見た桜井氏は「絶対勝つ、と言っているように見えますね」と笑った』
これならいける。
捏造ではない。
表現の工夫である。
私は記者だ。
言葉の手綱を握る者だ。
私は一度だけ深呼吸してから、次の質問へ進んだ。
「エクリプス……なんというか、雰囲気が変わりましたね?」
我ながら、良い質問だったと思う。
前走ジャパンカップ。
初めて敗れたエクリプス。
相手は、同じ桜井牧場出身のサニーボーイ。
あのジャパンカップは、もう何度見返したかわからない。
最初は、ただの大波乱だと思った。
いや、サニーボーイは皐月賞馬で菊花賞馬で、十分すぎるほど強い馬だ。
だから“大波乱”という言葉が正しいのかどうかは微妙だ。
けれど、エクリプスが負けた。
この事実は、競馬界を大きく揺らした。
だが、レース映像を何度も何度も見返すうちに、私は気づいた。
あの敗北は、ただの敗北ではない。
直線でエクリプスの何かが変わった。
あの一瞬。
エクリプスは、初めて“相手”を見たのではないか。
孤高の王が、初めて太陽を見た。
読者はこういうのが好きだ。
私も好きだ。
というか、競馬とはそういうものだ。
数字とタイムと着差だけでは語り切れないものがある。
だから私は、今日ここに来た。
エクリプスが、少しだけ首を動かす。
「ブヒンヒヒヒン!」
おお。
今のはさっきより長い。
これは何かある。
絶対に何かある。
私はペンを構えた。
桜井さんが、楽しそうにエクリプスの首筋を撫でる。
「わかります?前よりずっといい顔で走ってくれますよ、期待してください」
「……!」
私は、手帳に大きく書いた。
“前よりずっといい顔で走る”。
……いい。
非常にいい。
『敗北は傷ではない。扉だった』
月刊最北競馬の読者はポエム耐性が高いが、限度はある。
しかし私は信じている。
競馬記事には、時に詩情が必要だ。
これは日本競馬史における一つの転換点だ。
取材は続く。
エクリプスの状態。
有馬記念への調整。
サニーボーイとの再戦。
ゴールデンウイスキをはじめとする他馬の存在。
海外挑戦の可能性。
聞くべきことは山ほどあった。
その中で、エクリプスは時々鳴いた。
そして、そのたびに桜井さんが、自然に言葉へ変える。
「『サニーには絶対勝つ』って言ってます」
「『ウイスキはうるさい』そうです」
「『最強を名乗るのに必要なら海外も行く』……いや、まあ、それは来年考えよう」
途中、桜井さんが馬にツッコミを入れた。
私は、手帳を握りしめた。
なんだこの取材。
面白すぎる。
競馬記者をやっていてよかった。
『有馬記念――太陽は再び蝕を照らすのか。それとも、蝕は太陽を越えて輝きを知るのか』
完璧だ。
いや、少し詩的すぎるか?
編集長に「見出しが重い」と言われるかもしれない。
まあ、これは未だ『仮』だ。
この後、ゴールドファームの馬たちにも取材して、一回社に戻ったら次は西だ。
締切?
記者という仕事には、二種類の人間がいる。
締切を守るために取材をする者と、取材をするためなら締切を捻じ曲げようとする者だ。
もちろん私は後者である。




