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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第7章:終焉 ――管理者最終編

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第80話:管理者との直接戦闘

 世界の書に最後の一行を書き込んだ直後だった。


 足元から、低くうなるような振動が伝わってくる。

 見渡す限り続いていた真っ白な管理者層の空間に、細い黒い線が走った。ひとすじ、ふたすじ――やがて蜘蛛の巣状に広がり、世界そのものが悲鳴をあげているように見える。


【オルディウス】

「……許容外行為……世界の再構築……

 管理者優先権の書き換え……

 あなたは“世界を書き換える権限”を盗った……」


 声はいつも通り平坦だった。

 だが、レインにはわかる。無機質な音の奥に、微かな焦りと敵意が混じっていることが。


(……やっぱり、これは“奪った”って扱いなんだな)


 自分がやったのは世界の救済であり、人々の願いに応えた結果だ。

 それでも、旧い管理者にとっては、“システムから権限を横取りした異物”でしかない。


 黒いひびは空間全体に広がり、白と黒の境界がぐにゃりと歪んだ。


     ◇


 次の瞬間、オルディウスの身体が崩れ始めた。


 仮面を中心に、輪郭がざらついたノイズとなってほどけ、白いコードと黒いデータ列が束になって浮かび上がる。

 それらが、複雑な演算式のように絡まり合いながら、改めてひとつの“形”を組み上げていく。


 顔は、相変わらず表情のない仮面のまま。

 しかし首から下はもはや“身体”とは呼べない。

 無数の線と文字列が集まったような躯体、腕は黒い線が何十にも分岐した触手のように空間をなぞり、背中からは巨大なログウィンドウそのものの“羽”が広がっていく。


<<Administrator Log>>

形態:最終演算体

機能:空間統治・時間制御・データ生成

目的:Irregular排除


【ゼクト】

「うわぁ……これは完全に“神様そのもの”って感じだな……」


 ゼクトが苦笑混じりに呟く。

 視線の奥には、さすがの彼でも隠しきれない警戒の色があった。


【フィア】

「……怖い……でも、大丈夫……レインさんがいる……」


 フィアは震えながらも、レインの袖をぎゅっと掴んだ。

 その温もりが、ここがまだ“消されきっていない世界”だと教えてくれる。


(管理者としての“本気”……

 ここからが、本当の勝負だ)


 レインがそう思った瞬間――

 オルディウスの仮面が、こちらをはっきりと向いた。


     ◇


 オルディウスが、静かに手を広げる。


 ただそれだけで、空間の色が抜け落ち、すべての線が薄い灰色に変わっていく。


<<System Command>>

戦闘ログ:上書き

レインの行動速度:0.4倍

フィアの共鳴効果:停止

ゼクトの物理演算:無効化


「――ッ」


 何かが書き換わった感覚。

 レインの身体が、突然鉛を詰め込まれたように重くなる。腕を振るだけで、時間が伸びていくような違和感が襲った。


【レイン】

「ッ……!

 俺たちの“行動そのもの”を書き換えてきた……!」


 横にいるフィアが、息を詰めたように目を見開く。


【フィア】

「レインさん……! 私の共鳴が……流れません……未来線が……止まって……!」


 彼女の胸元から広がっていたはずの淡い光が、ぱたりと途切れていた。

 世界と心を繋いでいた糸を、根元から切断されたような感覚。


【ゼクト】

「くそ……体が言うことを聞かねぇ。

 剣が重いってレベルじゃねぇぞ……!」


 ゼクトの黒剣もまた、目に見えない何かに絡め取られていた。振り抜こうとするたびに、演算式の鎖が絡みつき、勢いを奪っていく。


(これが……管理者の“編集”か……)


 戦い方そのものを、上から書き換える。

 力比べや剣の腕前なんて、意味を失わせるほどの一方的な支配。


 白い空間の向こうで、ログウィンドウの羽がゆるやかに揺れた。


【オルディウス】

「管理者は、世界の“文法”を決める者。

 あなたたちの動作も、例外ではない」


 冷たい宣告。

 その瞬間、レインは歯を食いしばり、逆に片手を高く掲げた。


     ◇


《世界ログ:再編集》

敵の操作:反転

味方補正:最大化

干渉優先度:レイン>オルディウス


【レイン】

「管理者だからって……全部思い通りにはさせない!!」


 自分自身の中にある“新しい権限”へ、意識を深く沈める。

 世界の書を編集したときにつかんだ感覚――

 あれを今、戦場そのものへ向けて解き放つ。


 白い空間を流れる文字列が、一斉に向きを変えた。

 オルディウス側へ向かっていた数式が、ぐるりと反転し、今度はレインたちを中心に組み替えられていく。


 重かった身体から、鉛が抜け落ちる。

 足元を縛っていた見えない鎖が外れ、筋肉が軽く、鋭く動き始めた。


【フィア】

「……あ……!

 レインさん……共鳴が……戻ってきます……!」


 フィアの胸元に再び光が宿る。

 切断されていた未来線が再接続され、世界との“音”が戻ってくる。


【ゼクト】

「おお……! さっきまでの鈍さが嘘みてぇだ。

 これなら――斬れる」


 黒剣を振るうゼクトの動きが、一気に鋭さを取り戻していた。

 いや、それ以上だ。今の彼の体は、世界そのものに後押しされているように感じる。


 足元のログが、ひとりでに書き換わっていく。


【レイン:行動速度】0.4倍 → 2.0倍

【フィア:共鳴効果】停止 → 強化

【ゼクト:物理演算】無効化 → 補正


 数値の変動を見届けながら、レインははっきりと理解した。


(今の俺は……“世界の文法”に手を入れられる)


 それは畏れでもあり、最大の武器でもあった。


     ◇


 だが、管理者も黙ってはいなかった。


 オルディウスが、分裂した黒い腕のひとつを横に払う。

 空間の一部が漆黒に染まり、そこから不定形の影がにじみ出てくる。


【異形:データバグ生成】

名称:Error Entity

数:無数

特性:ログ不可視・攻撃ランダム


 形の定まらない輪郭。

 骨のような線と文字列が混ざり合った、歪んだ人影。

 獣のように四足で這うものもいれば、空中に逆さに浮かんだまま、何本もの腕を伸ばしてくるものもいる。


【ゼクト】

「未来も読めねぇ、姿も安定しねぇ……!

 こいつらだけでも厄介だってのに!!」


 黒剣で一体を斬り払うと、手応えはある。

 だが、切断面から新たなバグが増殖し、数はまるで減らない。


【フィア】

「レインさん……!

 未来線が乱されています……!

 攻撃の順番も、出現位置も……全部バラバラで……!」


 オルディウス自身の攻撃だけでなく、生成されたバグたちのランダムな動きが、未来予測をかき乱していた。

 レインの視界に、何十もの未来線が入り乱れては消える。


(読み切れない……!

 でも――)


 レインは深く息を吸い、両手を広げた。


《攻撃ログ:強制生成》

《防御ログ:自動展開》

《味方補正:リアルタイム更新》

同時処理数:1000↑


 空間の高みに、光の粒が瞬く。

 それらが一気に伸び、巨大な光の槍へと変わっていく。数百本、いや、千を超える光の矢が、管理者層の空を埋め尽くした。


 同時に、足元には幾重もの魔法陣にも似た防御円陣が展開される。

 円陣を構成するのは、魔法ではなく“防御ログ”そのもの。ダメージ計算式と軽減処理を組み込んだ、純粋な防壁の構造だ。


【ゼクト】

「おいレイン!!

 やってることがもう“人間”じゃねぇぞ!!」


【レイン】

「今の俺は……世界ログそのものだ!!」


 正確には、“世界ログへ直結した端末”のようなものだろう。

 それでも、今の瞬間だけは、その比喩を言ってもいいと思えた。


 レインが指を軽く弾く。

 光の槍が一斉に降り注ぎ、データバグたちを次々と穿ち、消し飛ばしていく。


 防御円陣は、オルディウスの放つノイズの奔流や、バグたちの触手の一撃を受け止め、削れながらも再構築を繰り返す。


(攻撃と防御……補助も、全部一度に回せる……

 けど、油断したら、一瞬で押し負ける)


 オルディウスは管理者。

 ログの扱いに関しては、ずっと上にいた存在だ。その“経験差”が今、じりじりと重くのしかかる。


     ◇


 管理者が、右手をわずかに動かした。


 それだけで、空間の一角が真っ黒に塗りつぶされる。

 白い世界にぽっかりと開いた、底なしの穴。

 そこには光も、データも、何ひとつ存在していない。


<<System Command>>

対象:レイン

攻撃:存在データ削除

回避:不可能


 視界に、赤い警告が走る。


(存在……削除……?)


 考える間もなく、黒い穴はレインの立つ地点へと“位置を書き換えて”迫ってきた。

 避けるために足を動かすより早く、座標そのものを塗り替えられていく。


【フィア】

「レインさん!!」


 フィアの叫びが聞こえた。

 次の瞬間、レインの胸元から眩しいほどの光が弾ける。


《運命共鳴:存在保護》

結果:削除→回避へ改変


 黒い穴の“未来”がねじ曲がる。

 レインを飲み込むはずだった軌道が、わずかに外れ、空間の別の地点を抉り取って消えた。


 削除された場所には、何も残らない。

 ただの空白。再構築すらできない、完全な“無”。


【レイン】

「フィア……助かった……!」


【フィア】

「レインさんの存在が……消える未来だけは……

 絶対に、許したくありません……!」


 フィアの瞳には、恐怖と決意が同時に宿っていた。

 彼女にとって、未来を書き換えることは負荷の大きい行為だ。それでも、レインの“存在”だけは、何より優先して守ろうとしている。


(俺だけの力じゃ、この攻撃は避けられなかった……

 だからこそ――)


 レインは奥歯を噛み締め、視線を上げる。

 オルディウスの周囲では、まだデータバグが生まれ続けていた。


「三人で……道を開くしかない!」


     ◇


 レインは未来ログを開き、オルディウスの攻撃パターンを探る。


 完全な予測はできない。

 しかし、ほんの一瞬、ほんの一部だけなら――“揺らぎの少ない未来”を拾うことができる。


【レイン】

「……見えた……!

 一瞬だけ、動きが固定される未来がある……!」


 彼は迅速に未来線を一本へと収束させる。


《未来固定》

対象:管理者オルディウスの行動

揺らぎ:32% → 7%


【レイン】

「フィア! この線を――頼む!」


【フィア】

「はい……!

 この未来を……“ずれない形”にします!」


《運命共鳴:未来安定化》

対象:レインが固定した未来線

結果:揺らぎ減衰・確定率上昇


 フィアの光が未来線を包み込む。

 乱数のように揺れていた数値が、徐々に“確率”ではなく、“結果”へと近づいていく。


【レイン】

「ゼクトさん! 正面――三秒後、あいつの胸に“隙”ができる!!」


【ゼクト】

「よぉし……“斬りやすい未来”が来たってわけだな!!」


 ゼクトの黒剣に、黒い炎が灯る。

 彼は一度だけ深く息を吸い、地面を蹴った。


 世界の文法を操作する者。

 未来を安定させる者。

 そして――現実の線を断ち切る者。


 三つの役割がひとつに繋がる。


【レイン】

「未来線を一本に絞る!!」


【フィア】

「その未来を安定させます!!」


【ゼクト】

「行くぜェェェッ!!!」


 ゼクトの姿が、黒い残光を引いてオルディウスへと突進する。

 管理者のログ羽が防御のために閉じようとするが、その動きはすでに“決められた未来”に縛られていた。


 黒剣が振り抜かれる。


 硬い手応え。

 仮面の下、胸の位置に走る、深い裂傷。


 黒と白のデータが混ざり合ったものが、火花のように飛び散る。


【オルディウス】

「――――」


 無音の悲鳴。

 巨大な躯体が、一歩分だけ後退した。


     ◇


【オルディウス】

「……Irregular……!!

 あなた方の存在……

 世界の理に……不要……!!」


 淡々とした声に、明確な怒りに似た揺らぎが混じる。

 オルディウスの周囲で、黒いデータの渦が巻き起こった。


<<System Alert>>

管理者層:崩壊

世界データ:不安定

全領域:戦闘フェーズ移行


 足元の世界が揺れ、遠くの白い地平線が崩れ落ちる。

 管理者層そのものが、戦場として再構築され始めていた。


 白だった空が、黒いコードと赤い警告文字で染まっていく。

 上下の概念が曖昧になり、遠くでひっくり返ったログウィンドウが雨のように降り注ぐ。


【フィア】

「……空間が……壊れていく……」


【ゼクト】

「いいじゃねぇか。

 これ以上ないぐらい“派手な最終戦”だ」


 ゼクトは口元を歪め、黒剣を肩に担ぎ直した。


 レインは、ログの翼を背に展開しながら、オルディウスだけを見据える。


【レイン】

「オルディウス……

 ここからは“管理者同士の戦い”だ!!

 世界の未来を決めるのは……俺だ!!」


 オルディウスの姿が、さらに変質を始める。

 仮面の奥から溢れ出した黒い霧が、巨大な影となって伸び、コードとデータ列がそれに巻きついていく。


【オルディウス】

「世界の運命は……管理者が決める……

 Irregularよ……排除する……!」


 白と黒が混ざり合う世界の中央で、

 世界の書を奪い合う“神”と、“新たな書き手”が、真正面からぶつかろうとしていた。

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