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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第7章:終焉 ――管理者最終編

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第75話:ルールの壁

 白い世界に、静かな脈動が走っていた。

 上下も距離も曖昧な空間、その中心に立つ仮面の男――オルディウスと向き合いながら、レインは喉の奥が乾いていくのを感じていた。


 足元も空も、すべてが白。

 そこに黒い線と記号と文字列だけが浮かび、絶えず組み替わり、消えては生まれている。

 人の気配など一片もないのに、この場所全体が“ひとつの意志”として自分たちを見つめているようだった。


 その中心で、レインは一歩前へ出る。


「……世界を守るために……」


 声が自分でも驚くほどかすれている。

 それでも、胸の奥から押し上げられる衝動は止められない。


「俺は……お前のログに触れなきゃいけない!」


 右手を掲げる。

 深呼吸と同時に、意識の奥で慣れ親しんだ感覚を掴む。


《深層ログ閲覧》

対象:管理者オルディウス

アクセス要求:送信中……


 視界の前面に、透き通ったウィンドウが立ち上がる。

 そこにはいつものように、対象指定と進行状況が淡く表示され――


 その直後、白い世界そのものが、赤く染まった。


 空間のあらゆる方向から、巨大な赤文字が突き刺さるように浮かび上がる。


<< Administrator Log >>

Unauthorized Operation Detected

Action: Block

Result: Access Denied


 禁止を示す真紅の輪が、何十、何百とレインの周囲に現れた。

 赤い光が閃いた瞬間、レインの視界は真っ黒に塗りつぶされる。


「――っ……!」


 頭蓋を内側から殴りつけられたような衝撃。

 脳を掴まれ、無理やり引き延ばされるような痛みが奔る。


「う、あああああッ……!!」


 膝から力が抜け、白い何かの上に崩れ落ちる。

 耳鳴りと共に、遠くでフィアの声が聞こえた。


「レインさん! やめてください、壊れちゃいます!!」


 暖かい手が腕を掴む感触。

 しかし痛みは容赦なく神経を焼き、意識ごと削り取ろうとしてくる。


 黒一色だった視界に、少しずつ白と灰色が戻り始める。

 レインは荒い呼吸を繰り返しながら、歯を食いしばった。


(くそ……まだ……まだだ……)


 顔を上げると、目の前には相変わらず無表情な仮面。

 オルディウスの周囲には、先ほどの赤いログが静かに漂っているだけだった。


「……まだ終わってない……」


 声を震わせながら、レインは再び手を伸ばす。


「未来を……運命を……変えるんだ……!」


 《ワールド・ログ》の起動感覚を呼び起こす。

 指先に集めた意識を、深層の扉へと向ける。


 ログ改変コマンド:実行

 ……

 ……


 だが、その後に続いたのは、見慣れた淡い光ではなく、赤い断末魔だった。


ERROR

ERROR

ERROR:管理者ルールにより無効化


「な……!?」


 レインは思わず息を呑む。


「コマンドが……全部……消えてる……!」


 今まで当たり前のように浮かび上がっていた選択肢が、一つ残らず存在しない。

 未来予測、運命改変、深層閲覧、分岐図――あらゆる機能が、根こそぎ抉り取られていた。


 静かな空間に、機械めいた声が響く。


「ログ改変は、データ階層における編集権限の行使」


 仮面の管理者――オルディウスが、淡々と語る。


「あなたの権限レベルはユーザー層。

 管理者層への操作はすべて拒否対象」


 その言葉は、突きつけられた刃よりも冷たかった。


「あなたは、“書き換える側”ではない」


 仮面の窪みが、まっすぐレインを射抜く。


「“書き換えられる側”である」


 胸の奥が、ずきりと痛んだ。


「……俺は……」


 喉からこぼれた声は、ひどく弱々しい。


「ただのデータだから……?」


「肯定」


 オルディウスは一切の躊躇なく頷くように言う。


「不完全で、消去可能なデータ。

 ゆえにエラー因子を削除し、世界を再構築する」


 白い世界の片隅で、また新たな文字列が走る。

 それが何を意味しているのか、この時点でレインはまだ知らない。


 代わりに、自分の唯一の武器――《ワールド・ログ》に再度意識を向けようとした。


(頼む……)


 胸の奥で、祈るように呼びかける。


(今までだって、何度も不可能を乗り越えてきた……

 勇者の未来も、リシアの運命も、世界の歪みも……全部、ログが――)


《ワールド・ログ 起動》


 おなじみの起動文字が浮かび――


 そのすぐ下に、見たことのない行が割り込んだ。


<< administrator override >>

Command: Disable

Status: OFFLINE


「――っ」


 視界の中に浮かんでいた《ワールド・ログ》の表示が、音もなくひび割れる。

 薄いガラス板が砕け散るように、光の欠片が四方へ飛び散った。


 残ったのは、黒い空白だけ。


「……俺の……」


 レインは喉の奥から、言葉をやっと押し出す。


「ログ……!」


 指先から、一気に力が抜けた。

 膝が、その場に崩れ落ちる。


 いつもなら視界の端に、数値や文字列が当たり前のように並んでいる。

 仲間の状態、周囲の危険、未来の分岐、そのすべてがそこで呼吸をしていた。


 それが、今は何もない。


 白い世界に、ただ自分の息遣いだけが浮かんでいる。


「何も……見えない……」


 搾り出すように呟いた瞬間、胸の奥がかき混ぜられるように痛んだ。


「未来も……設定値も……

 全部……奪われた……!」


 拳を握ろうとした手も、虚空を掴むだけだ。

 掴んだつもりの何かは、指の間をすり抜けて消えていく。


 その時、空間全体に見えない圧力が生まれた。


 真っ白な世界のあちこちから、透明な壁がせり出すように現れる。

 目には映らないのに、確かに存在する“境界”。

 その壁がレインの身体を押し返し始めた。


「っ……!」


 胸に、腹に、肩に、背中に。

 全身を四方から押されているような感覚。


「レインさんを……押し出してる……!?」


 フィアが震える声を上げる。


「世界が……レインさんを拒んでいる……!」


 ゼクトも、歯噛みする。


「クソッ……なんて力だ……!

 こいつが本当の“管理者”ってわけかよ……!」


 レインは必死に踏ん張るが、足裏に感じる“感触”そのものが揺らいでいた。

 立っている場所が滑り台のように傾き、外側へ押し流されている。


(俺を……追い出そうとしてる……?)


 胸の中で、冷たい理解が形を取る。


(この世界そのものが……俺を不要だと判断して……排除しようとしてる……)


 《ワールド・ログ》は沈黙し、深層への扉は閉ざされた。

 視界を満たしていた文字列も、今は自分に関する情報だけを冷たく突きつけてくる。


 オルディウスの仮面は、相変わらず揺らがない。


「Irregularによる干渉能力――無効化完了」


 機械の報告のように、その声は続く。


「あなたは、もはや深層ログに触れることはできない。

 未来を見ず、運命を変えず、ただ削除を待つだけの状態」


 レインの胸の内側から、何かがきしむ音がした。


「俺の力じゃ……」


 唇の端から零れたのは、自分でも信じたくない言葉だった。


「管理者には……絶対に届かない……」


 吐き出した瞬間、その言葉が白い世界に書き込まれてしまう気がして、心臓が縮む。


 本当は言いたくなかった。

 絶対に、認めたくなかった。

 それでも、事実だけは目を背けることを許してくれなかった。


 力の根源を奪われ、世界からも拒絶されている。

 今のレインは、ただ一人の人間でしかない。


 そんな彼に、オルディウスは無慈悲な宣告を下した。


<< Administrator Log >>

Irregular Deletion Protocol

進行:5%


【オルディウス】

「消去を開始する。

 あなたの存在は世界にとって害である」


 白い空間の一角に、赤い進行状況が浮かぶ。


 5% → 6% → 7%


 じわじわと数字が増えていくたび、胸の奥が締め上げられる。


(削除……)


 その単語が、骨の髄まで冷たく染み込んでいく。


(俺は今、“死ぬ”んじゃない……

 書類をシュレッダーにかけるみたいに……

 存在ごと、ログから消されようとしている……)


「……これが……」


 喉の奥で言葉が引っかかりながらも、レインはかろうじて声を出す。


「この世界の……壁……」


 意志で踏み越えることも、力でぶち破ることもできない。

 ただ、権限の差だけで押し返される“絶対の境界”。


 今まで見てきたどんな強敵よりも、遥かに高く、厚く、冷たい壁だった。


 拳を握ろうとしても、指先に力が入らない。

 心が折れていく音が、はっきりと聞こえる。


(何も……できない……)


 胸の奥で、暗い声が囁く。


(深層に触れることも……

 未来を書き換えることも……

 誰かの運命を救うことも……

 ここでは、全部無意味だ……)


「Irregular Deletion:17%」


 白い世界に、無表情な数字が浮かぶ。

 刻一刻と進む進行度は、レインの“終わり”を淡々と刻んでいた。


 そのときだった。


「レインさん……!」


 震える声と共に、暖かい手がレインの手を掴んだ。

 フィアが、必死の形相でレインにしがみついていた。


「諦めないでください……!」


 瞳には涙が溜まっているのに、声だけは折れていない。


「あなたは……私が必ず……守ります……!」


 その言葉に、レインの胸が少しだけ痛みとは違う色で震えた。


「フィア……」


 自分の指が、かろうじて彼女の手を握り返す。

 ほんの少しの力。それでも、確かにつながっていた。


 世界がレインを拒む力を強めても、フィアの手は離れなかった。

 彼女の《運命共鳴》が、レインの存在をつなぎ止めようとするように、見えない糸を張り巡らせている。


 ゼクトもまた、黒剣を肩に担いだまま、静かに口を開く。


「そう簡単に消されてたまるかよ、ガキ」


 乱暴な口調とは裏腹に、その声には揺るぎがない。


「てめぇは散々、この世界の勝手な“運用”に逆らってきただろ。

 だったら最後まで足掻け。

 足掻くための時間くらい、俺とこの娘が稼いでやる」


 削除プロトコルは、それでも進む。


Irregular Deletion:23%


 数字は冷酷で、どこまでも無慈悲だ。

 レインの胸の奥には、まだ何もない空白が広がっている。


 救うための力は、すべて奪われた。

 世界は、完全に敵になった。


 それでも――たったひとつだけ、まだ残っているものがあった。


 フィアの手の温もりと、横に立つゼクトの気配。

 そして、消されまいと必死に抗う、自分自身の小さな意志。


(……何もできない。

 今は、本当に……何もできない)


 それは、紛れもない現実だった。


 けれど、その現実を踏み越える何かを――

 心のどこかで、レインは必死に探そうとしていた。


 白い世界の天井も床もない空間で、

 管理者層にそびえ立つ“見えない壁”が、ゆっくりと彼らを飲み込みかけている。


 崩壊に向かう世界。

 削除されかけている存在。

 届かない力と、折れそうな心。


 絶望の底で、レインはただ、掴んだ手だけを離さないようにと、強く意識を保ち続けた。

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