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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第6章:崩壊 ――勇者最終編

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第67話:戦略変更

 黒い風が、街の残骸を舐めるように吹き荒れていた。


 砕けた石畳が削られ、建物の影から立ち上る炎は、風向きも無視してあらぬ方向へと揺らぐ。上空には、ひび割れたような空の裂け目が走り、その隙間から滲み出す闇が、世界そのものを少しずつ侵食しているかのようだった。


 その中心で、勇者カイルが立っていた。


 人だった頃の面影はかろうじて残っている。それでも、全身にまとわりつく黒い魔力と、頬に浮かぶ黒紋の走り方が、もう彼が“普通の存在”ではないことをはっきりと告げていた。


「……光が……邪魔だ……」


 濁った瞳が、真っ直ぐこちらを射抜く。

 その視線がレインとフィアを捉えた瞬間、周囲の空間がびり、と揺れた。


「その力……消す……」


 足元から黒い風が噴き上がり、半ば溶けた石畳が粉々に砕け散る。

 破片が宙に浮きかけたところで、重力の意味を失ったかのように、ゆっくりと捻じ曲がりながら落ちていった。


「……フィア、また来るぞ……!」


 レインは喉の奥を焼くような呼吸のまま、隣の少女を振り返る。


 フィアはまだ光をまとっていた。

 覚醒したばかりの運命共鳴の輝きが、薄汚れた石畳と血の跡を白く照らし出している。だが、その肩は細かく震え、指先はかすかに痙攣していた。


「はい……レインさん……」


 フィアはこくりと頷く。

 その声はかろうじて出ているだけで、喉が枯れかけているのが分かる。


「未来線、読めます……っ。まだ……大丈夫……です……」


 大丈夫などという言葉とは裏腹に、白い頬は蒼白で、唇には血の気がなかった。


《フィア・ノルン》

【運命共鳴】共鳴率:100%

【精神負荷】高

【状態】限界域


 レインの視界に、半ば自動的にフィアのログが浮かび上がる。

 そこに並んだ数値は、どれも警告色だった。


【モノローグ/レイン】

 「覚醒したばかりで……ここまで……。

  今の状態で、また勇者の攻撃を受けたら……」


 その思考を、黒い斬撃の音が裂く。


 勇者が剣を横に払った。


 ただ、それだけだった。


 だが次の瞬間、遠くの建物が、音もなく真っ二つに割れた。

 遅れて襲いかかる衝撃で、残った壁が崩れ、炎に包まれた木片が雨のように降り注ぐ。


 レインは咄嗟にフィアの肩を抱き寄せ、身体を捻って避けた。

 熱が背中を掠め、焼ける匂いが鼻を刺す。


「……くそ……!」


 息を吐いた瞬間、胸の奥に冷たいものが走った。


《ワールド・ログ 起動》


【対象】勇者カイル・ヴァルディス

【魔王化進行率】89% → 91%

【危険度】最大

【行動予測】取得困難/揺らぎ過大


【モノローグ/レイン】

 「フィアが覚醒して、一度は攻撃を打ち消した……。

  それでも、進行は止まっていない……。

  このまま時間を引き延ばしても、やがて限界が来る……!」


 黒い風が一段と強くなり、勇者の周囲に渦を巻く。

 その中心で、カイルはゆっくりと歩みを進めてきた。まるで、逃げ場がないことを理解した上で、獲物を追い詰める獣のように。


「光は……世界の設計外……」


 ぶつぶつと呟きながら、カイルが剣を構える。


「なら……消去する」


 刃先が、フィアを真っ直ぐに捉えた。


「レインさん……」


 フィアが、かすかな声で名を呼ぶ。

 レインが反応する前に、勇者の足元が地面を砕いた。


 黒い閃光が走る。


「——来る……!」


 レインはログを叩きつけるように展開した。


《未来予測 起動》

【勇者行動】

0.2秒後:突撃

0.5秒後:連撃(縦斬り→横薙ぎ)

1.0秒後:魔力圧縮


 見えている。

 だが——


「速すぎる……!」


 姿が滲む。


 勇者の身体は、ログが示した軌道を、さらに上回る速度で突き抜けてきた。

 レインは辛うじて一撃目を躱したものの、二撃目が捌き切れない。


「っ——!」


 刃が視界を横切った瞬間、地面が破裂するように弾けた。

 爆風に吹き飛ばされ、レインの身体が石畳の上を転がる。肺から空気が強制的に押し出され、視界が白くかすんだ。


「レインさんっ!」


 フィアの悲鳴が耳の端を掠める。


 立ち上がろうと、腕に力を込めた。その瞬間、頭上から影が落ちる。

 勇者が、追撃の態勢で剣を振り下ろそうとしている。


【モノローグ/レイン】

 「駄目だ……間に合わない……!」


 その直後だった。


 低く、地面そのものを叩き割るような音が響いた。


 何かが、勇者の斬撃の軌道に割り込む。


「……おいガキ。死ぬにはまだ早ぇだろ」


 黒い刃と黒い刃がぶつかり合い、火花が爆ぜた。


 勇者の剣を受け止めていたのは、巨大な漆黒の剣。

 その柄を片手で握りしめ、口の端だけで笑う男がそこにいた。


 黒衣に身を包み、猛獣のような眼光を持った剣士。

 レインもフィアも、その姿を忘れるはずがない。


「ゼクトさん……!」


 レインの喉が、驚きと安堵に震える。


 ゼクトはちらりとこちらを振り向き、肩を竦めた。


「やれやれ……。都市一個をブチ壊す喧嘩に、

 クソみてぇに弱い坊主と娘が突っ込んでんじゃねぇよ」


 軽口と同時に、勇者の剣がさらに力を増す。

 カイルの目には、ゼクトを新たな排除対象として認識した光が宿っていた。


「……干渉……排除対象……追加」


「やれるもんなら……やってみろよ、勇者サマ」


 黒剣と黒い刃が拮抗する。

 地面が、ふたりを中心に蜘蛛の巣状に割れていった。


 その圧に、レインは思わず息を飲む。

 ゼクトが本気で剣を振るっている光景など、そう何度も見られるものではない。


「レイン、立てるか」


 火花の中から、ゼクトの声が飛んでくる。


「は、はい……!」


 レインは痛む身体を押さえながら立ち上がった。

 その腕を、フィアが支えるように掴む。


「ゼクトさん……来てくれたんですね……」


「様子見に来たら、街が半分吹っ飛んでてよ。

 さすがに放っておけねぇだろ」


 ゼクトは片手で勇者の剣を受け止めたまま、鼻で笑う。


「それとだ」


「……?」


「レイン。

 てめぇのログの使い方……半分間違ってる」


 その言葉に、レインは思わず瞬きをした。


「え……? どういう意味ですか……!」


「未来を見るだけじゃ足りねぇんだよ」


 勇者を押し返すように、ゼクトが足を踏み込む。

 火花の向こうで、黒い瞳が鋭く細められる。


「“敵の動きを固定する”くらい、できるだろ」


「……固定……?」


 耳にしたことのない発想に、レインの思考が止まりかける。


「未来の……拘束、みたいなものですか……?」


「そうだ」


 ゼクトは短く言い捨てる。


「勇者の動きは速すぎて、予測だけじゃ追いつかねぇ。

 なら、未来線の“幅”そのものを絞るんだ。


 揺れている線を束ねて、一本に“固定”する。

 干渉できるのはフィア。

 お前は、その線を決めてやれ」


 フィアが、息を呑む音を立てた。


「未来の……調整……」


 その言葉を自分の口で確かめるように繰り返し、

 フィアは小さく頷く。


「未来の細かい揺らぎなら……私の《運命共鳴》で……

 より安全な線に、寄せていけると思います……」


 ゼクトは口の端だけを上げる。


「ようやく戦い方の形が見えたな。


 三人でやれば——あいつの速度にも追いつける」


 勇者が斬撃を弾かれ、一瞬距離を取った。

 黒い靄をまといながら、無機質な瞳でこちらを見据えている。


「……三位……連結……」


 途切れ途切れの声で、カイルが呟いた。


「予定外……」


 黒い魔力が、さらに濃くなる。


 レインは唾を飲み込み、ゼクトを見る。


「僕は……どうすればいいですか」


「簡単だ」


 ゼクトは黒剣を肩に担ぎ直し、顎をしゃくる。


「勇者の行動ログを開き続けろ。

 揺れてる未来線を見て、一番“マシ”な線を選べ。


 フィアがその線に未来を寄せる。

 俺が、その未来に合わせて斬る。


 三人で一本の線を殴りつけるんだ」


【モノローグ/レイン】

 「未来を“読む”だけじゃ足りない……。

  選んで、固定して、そこに戦い方を合わせる……」


 胸の奥に、小さな熱が灯る。

 絶望で冷え切りかけていた心に、別の色が差し込んだ。


 希望、という名前の熱だ。


「……やってみます」


 レインはフィアの手を握り締める。


「フィア。僕が線を選ぶから、君はそれに未来を合わせてくれ。

 ゼクトさんにとって、一番斬りやすい未来に」


「はい……レインさん」


 フィアの瞳が、ふわりと光を宿す。


《運命共鳴:連携モード》

【対象】レイン・アルトリウス

【共鳴率】100%(安定)

【補助】未来線補正/精神負荷軽減


 心臓の鼓動が、ひとつ。


 勇者が、黒い風をまとって踏み込んだ。


 地面が裂け、空気が悲鳴を上げる。

 黒い斬撃が波動となって押し寄せてくる。


「死」


 たった一言とともに、世界が割れた。


《ワールド・ログ 起動》


【勇者行動ログ】

・斬撃軌道:6パターン

・魔力波動:3パターン

・衝撃範囲:不安定


《未来固定プロトコル》

【対象】勇者行動

【揺らぎ】25% → 8%(固定化処理)


「……よし……!」


 レインの視界の中で、ばらばらだった斬撃の線が、一本に収束していく。

 それでもまだ、数本の枝が揺れている。


「フィア!」


「補正します……!」


 フィアが胸に手を添え、未来の揺らぎに指を伸ばすような感覚で、祈るように目を閉じた。


《運命共鳴:補正》

【対象未来線】固定候補

【角度】上段左→右斜め下へ変動

【致死率】90% → 40%


「レインさん……左上から右下の線なら……ゼクトさんが防ぎやすいです……!」


「了解っ!」


 レインが選んだ線に、フィアが未来を寄せる。

 揺れていた線が一本にまとまり、それが現実の斬撃軌道として濃くなっていく。


「ゼクトさん!」


「聞こえてる……!」


 ゼクトは勇者の真正面へと踏み込んだ。

 黒い剣が肩から振り下ろされる。


「——そこだッ!!」


 勇者の斬撃と、ゼクトの一閃がぶつかる。


 鈍い衝撃音とともに、黒い波動が逸れた。

 街の中心部へ向かっていた破壊の線は、軌道を変え、誰もいない路地の先を一直線に走り抜ける。


 背後で、無人の建物がまとめて崩れ落ちた。


「っ……!」


 熱風が吹き抜け、髪が煽られる。


【モノローグ/レイン】

 「防げた……!

  三人で合わせれば……勇者の一撃ですら、いなせる……!」


 勇者の足が、かすかによろめいた。


 ほんの一歩。

 それでも、これまで一度も崩れなかった均衡が、わずかに揺らいだ瞬間だった。


「……三位……連結……」


 カイルの唇が、かすかに歪む。


「予定外……」


 レインはその言葉に、小さく息を吸った。


【モノローグ/レイン】

 「初めて……“後退させた”……!」


 胸の奥で、何かがひとつ弾ける。


 恐怖だけだった心に、微かな確信が生まれる。


 ゼクトが黒剣を肩に担ぎ直し、鼻で笑った。


「当たり前だろ。


 “仲間”が揃えば——世界だって殴り返せる」


 その言葉に、フィアが驚いたように目を見開き、

 すぐに恥ずかしそうに笑みを浮かべる。


「仲間……」


 握っている手が、少し強くなった。


「レインさん……これなら……」


 フィアの瞳が、再び未来の光で満たされていく。


「これなら……勇者さんの“殺意の未来”を、

 何度でも無力化できます……!」


「……ゼクトさん、お願いします」


 レインは剣士へ向き直る。


「僕たちが線を整えます。

 その未来に合わせて——切り開いてください」


「任せろ」


 ゼクトはひとつ肩を回し、黒剣を軽く構える。


「世界最強の剣ってのはな……

 本来、こういう戦いのために振るうもんだ」


 三人の視線が、同時に勇者へと向いた。


 フィアの手を通じて、レインの視界に共鳴ログが走る。


《共鳴連携:安定化》

【効果】

・レインの未来予測精度:上昇

・フィアの精神負荷:軽減

・固定未来の揺らぎ:補正開始


【モノローグ/レイン】

 「もう、ひとりじゃない……。

  ただ記録を見ているだけの存在でもない……。


 三人で——未来そのものに、殴りかかれる……!」


 勇者カイルが、一歩前へ出た。


 濁った瞳が、三人を順番になぞる。

 そこには、これまで一度も浮かばなかった色があった。


 焦り。


 圧倒する側だけが持つ余裕が、少しずつ剥がれ落ちている。


「……予定外……」


 その声は、先ほどよりも僅かに荒い。


「お前たち……邪魔だ……」


 握り締められた剣に、さらに黒い魔力が収束していく。

 空の裂け目が、ひときわ大きく震えた。


 それでも——


 レインの視線は、決して逸れない。


【モノローグ/レイン】

 「勝てる。


  まだ遠い。届く保証なんてどこにもない。

  けれど——


  “勝てる可能性”は、もうここにある」


 握った手の中で、フィアの指先が震えながらも、しっかりと応えてくる。

 ゼクトの背中からは、迷いのない殺気が放たれている。


 崩れかけた都市の中で、三つの意思がひとつに重なった。


 黒い風が再び唸り声を上げ、勇者の圧力が襲いかかる。

 それに向かって、レインたちもまた一歩、足を踏み出した。

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