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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第4章:真実 ――世界の正体編

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第38話:遺跡内部探索

 古代遺跡の入口をくぐった瞬間、肌にまとわりつく空気が外とはまるで違うものへと変わった。背後に広がる山間の森では湿った風が吹き抜けていたはずなのに、一歩中へ踏み込んだだけで、ひやりとした冷気が頬を撫でる。温度が下がっただけではない。空気そのものが硬く、目に見えない何かが通路全体を満たしているような、そんな圧があった。


 レインは足を止め、すぐ後ろを歩くフィアを振り返る。フィアは小さく息を飲んでいるようで、肩がわずかに震えていた。だが、その瞳はしっかりと前を見ている。恐怖はある。それでも、この奥へ進む覚悟は鈍っていない。


「……大丈夫か」


 小声で問うと、フィアは驚いたように瞬きをしてから、こくりと頷いた。


「……はい。レインさんがいるなら……」


 その言葉に、レインは軽く息を吐き、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。背を向け、視線を改めて通路の奥へと向ける。


 遺跡の内部は想像以上に広かった。石造りの通路は天井まで高く、両側の壁は人が両腕を広げても届かないほどの幅で続いている。足元に敷かれた石の床は、長い年月を経て擦り減っているものの、不思議なほど滑らかで、歩くたびに靴底が静かに音を立てた。


 壁面には、かつて魔法陣が刻まれていたと思しき痕跡が残っている。円形の線や複雑な紋様の輪郭だけが薄く浮かび、淡く光ったり消えたりを繰り返していた。完全に死んだ痕跡ではない。どこかでまだ微量な魔力が巡っているのだろう。その光が通路全体にぼんやりとした明るさを与え、灯りを持っていなくても進める程度には視界を確保してくれていた。


【モノローグ/レイン】

 「……中はログ通り……迷宮のようだ……

  しかし、全てが予測通りにはいかないはずだ……」


 遺跡の構造は、あらかじめ《ワールド・ログ》で大まかに把握している。だが、紙に書かれた地図と、実際に自分の足で踏みしめる感覚は全く違う。通路の広さ、空気の重さ、石の冷たさ――それらはどれも、ログの文字だけでは伝わらない。


 フィアはレインのすぐ後ろを歩き、足元を確かめるように慎重に一歩ずつ進んでいた。足音は小さく、通路の反響もほとんどない。それでも、静寂が深いせいで、二人の靴音だけがやけに大きく響いて聞こえる。


 レインは一度立ち止まり、通路の先に視線を向け直した。見た目はただの石の廊下だ。だが、その印象ほど単純ではないことは分かっている。


「……気をつけて進む。ここは、表面の見た目と中身が一致していない」


「……罠、ですよね」


 フィアの問いに、レインは短く頷く。


 彼は指先に意識を集中させ、視界の奥に沈んだあの感覚を呼び覚ました。


《ワールド・ログ 起動》


 静かな、しかし確かな起動感が頭の中に広がる。次の瞬間、現実の光景の上に、淡い文字列が幾つも重なり始めた。床の一部、壁の継ぎ目、天井の角――そこに薄い枠が浮かび上がり、情報が表示される。


【対象:床石ブロック】

【隠し罠】圧力式起動パネル

【起動条件】一定以上の荷重

【発動効果】矢の射出/落とし穴開閉

【回避評価】△(注意深い歩行で回避可能)


 床石一枚一枚に、異なる情報が付与されているようだった。見た目には全く同じ石でありながら、ログの上では「安全」と「危険」がはっきりと区別されている。


【レインの内心】

 「……やはり、罠だらけだな……

  だが、ログがあれば踏む必要はない……」


 レインは一歩引き返し、フィアに向き直る。


「……俺が歩いたところだけ踏んでくれ。それ以外の石には絶対に足を乗せるな」


「……はい」


 フィアは真剣な表情で頷き、レインの背に視線を固定した。


 レインはログに表示される「安全」の床石を確認しながら、一つ一つ確かめるように歩を進めていく。右足、左足――それぞれ乗せる位置を慎重に選び、それからフィアが同じ場所を踏むのを待つ。二人の歩みはゆっくりだが、確実に前へ進んでいった。


 壁には別の表示も浮かんでいた。


【対象:壁面魔法陣残滓】

【機能】警戒結界/侵入者感知

【状態】魔力枯渇/一部のみ作動

【危険度】低(視界内に限り警戒)


 薄く光る魔法陣の痕跡は、今でもわずかに機能しているらしい。だが、完全に作動していないため、大きな危険にはならないと判断できる。


【レインの内心】

 「……やはり、ログがあれば安全に進める……

  罠の位置も、結界の残りも、全て丸見えだ……

  だが、全てではない……」


 情報が見えるからといって、油断していいわけではない。ここは人の手を離れた古代の構築物だ。長い年月の中で何が変質しているか分からない。ログに記録されている情報ですら、追いついていないものがあるかもしれない。


 通路を進むにつれて、空気に含まれる冷気は深くなり、息をするたびに胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚が増していった。遠くのほうで、低くうなるような音が聞こえる。風ではない。地の底から響いてくる何かの鼓動のようにも感じられた。


 フィアは時折、レインの背に視線をやりながらも、周囲を見渡していた。苔に覆われた壁、ひび割れた天井、床に散らばる細かな石片。その一つ一つに目を凝らしているうちに、彼女の表情から最初の怯えだけではない別の感情が見え始める。


 好奇心。

 そして、この場所に自分が関わっているという、言葉にならない感覚。


 レインはその変化を背中越しに感じ取りながら、さらに奥へと歩みを進めた。


 やがて、通路が緩やかに曲がり、その先に薄い光の壁のようなものが現れた。光といっても眩しいものではなく、霧を薄く貼り付けたような、淡い膜だ。


 視界に新たな文字が浮かぶ。


【対象:簡易障壁】

【機能】侵入者識別/通過制限

【条件】アクセス権一部保持者は通過可能

【危険度】低(警告のみ)


 レインは一歩前に出て、その膜に手を伸ばした。じり、と手の甲がくすぐったい感覚に包まれ、微かな痺れが走る。だが、痛みはない。手を引いてみても異常は感じられなかった。


「……通れる。フィアも、俺のすぐ後ろを」


「……分かりました」


 二人は薄い光の膜をくぐり抜け、さらに奥の区域へと踏み入った。


 そこから先――ログの表示が、様子を一変させた。


 視界の端に、今まで見たことのない赤い文字がちらりと瞬き、レインの注意を引いた。


 彼は反射的にそちらへ視線を向ける。


 そこには、見慣れた情報の列の中に、異質な文字が混ざっていた。


ERROR:制御装置異常

状況:予測不能

警告:通常ログ無効


 文字は赤く点滅し、まるで拡散するかのように画面のあちこちへ広がり始める。同時に、通路の先に刻まれていた魔法陣が、不規則な光を放って明滅を始めた。


【レインの内心】

 「……ログが……通じない……!

  ここから先は……何が起こるか分からない……」


 静まり返っていた空気が、一瞬にしてざわつきを帯びる。


 レインは咄嗟にフィアの腕を掴み、後ろへと引き寄せた。胸の奥に冷えた警鐘が鳴り響き、足元の石が、ほんのわずかに震えたような感覚があった。

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