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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第3章:再会 ――勇者対立編

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第32話:初めての衝突

 夕暮れの王都の路地。石畳に赤みの差した光が落ち、影が不規則に伸びている。昼間の活気は遠ざかり、遠くの大通りの喧騒がわずかに残るのみ。狭い路地は、まるで外界から切り離された閉ざされた舞台のように静まり返り、そよぐ風すら止まったかのような緊張が充満していた。


 レインとフィアの前方に立つのは、堂々とした体躯の男――勇者カイル。その背筋は異様なほど伸び、目には人間味のある温度が消え失せ、代わりに冷たく光る狂気が宿っていた。かつて仲間として肩を並べた面影は、もはやどこにもない。


 そして、その手には……剣。


 美しい曲線を描く聖剣は、夕日の光を浴びて鈍く光り、その刃に宿る気配は、ただの武器ではない“死”そのもののように重く、鋭く、圧倒的だった。


 その剣先が――無防備に立つフィアへ向けられている。


(……来る……奴は……容赦しない……!)


 レインは全身の血が急速に熱を帯びるのを感じた。背筋がぞわりと震え、手には冷たい汗が滲む。それでも、足はその場に固定されたように動かない。むしろ、フィアの前に立ちはだかるように、自然と体が動いた。


 フィアは完全に気圧されていた。普段よりも色を失った青い瞳は、不安と恐怖で揺れ、彼女の細い肩は小刻みに震えている。それでも、レインの背中が視界に入ると、その震えの奥にある小さな希望が微かに灯るのが分かった。


 そして――カイルが静かに、一歩前へ踏み出す。

 その足音は重く、硬い。石畳に打ち付けるたび、振動がレインの足元を揺らした。


「――」


 カイルは言葉を発することなく、ただ剣をゆっくりと持ち上げた。その動作は流れるように滑らかだが、そこには“殺意”以外の感情が一切感じられない。まるで、目の前の少女を排除することが彼の当然の行動であるかのように。


 レインは反射的に《ワールド・ログ》を起動した。視界に光が走り、情報世界が重なり合うように現実が歪む。


 そして赤い文字が点滅した。


対象:フィア

行動予測:殺害

実行率:64%


(……間違いなく……フィアを狙っている……!

 無意識に……この少女を……殺そうとしている……!)


 レインの喉が一瞬だけ詰まった。しかし次の瞬間には身体が動いていた。


「フィア、下がれ!」


 叫ぶより早く、レインは腰の剣を抜き、フィアの前に飛び出した。動きながらも視界の端でカイルの気配を捉え続け、敵の攻撃の軌道を予測する。


 カイルはレインの動きを見ても驚くことなく、むしろ無感情に、機械的な正確さで剣を振り下ろした。


 ――刹那。


 金属同士が激突する狂ったような音が、狭い路地に響き渡った。

 火花が散り、空気が震え、二人の剣が激しく噛み合う。


「お前ごときが、俺に逆らうな!」


 カイルの声は低く、怒りと狂気が入り混じっている。

 その一言だけで、路地の気温が数度下がったような錯覚すら覚える。


 吹き付ける圧力が尋常ではない――剣越しに伝わる重さ、筋力、気迫。レインの腕が軋む。全身の骨が悲鳴を上げる。


(くっ……なんて力だ……

 このまま押し切られたら、終わる……!)


 それでも、レインは歯を食いしばり、足元に力を込め、剣を押し返した。


(……力の差はある……

 だが、ログがある……情報がある……

 俺は、この手で奴を止める……!)


 フィアはレインの指示通り、路地の端まで素早く後退した。しかし、その表情は恐怖と不安に満ちている。それでも涙は流さず、必死にレインを見つめていた。信じるように、祈るように。


 カイルの二撃目が来た。

 風を裂く音が生々しく耳を切り裂き、刃がレインの顔すれすれを横切った。


 レインはそれを紙一重で避け、逆にカイルの腕に向けて反撃を繰り出す。しかし――


「遅い」


 カイルの動きは異常だった。

 剣の軌道が見えない。

 いや、見えてはいるが“速すぎて追いつけない”。


 それでも、レインは《ワールド・ログ》で勇者の筋肉の動き、視線、重心の移動を瞬時に読み取り、最も危険な攻撃だけをギリギリで避ける。


 ガンッ!

 キィィンッ!


 剣と剣がぶつかるたび、石畳に衝撃が走り、小さな砂埃が舞う。

 周囲の窓ガラスが震え、鳥が一斉に飛び立つ。


(……やはり、圧倒的だ……

 勇者は……怪物だ……!

 だが……下がるわけにはいかない……!)


 レインの呼吸は荒くなりつつあったが、目の奥に宿る決意は消えない。


「――フィアに指一本触れさせるか!」


 叫びとともに、力の限り剣を押し返す。


 だが、カイルは一度退いて間合いを取り、また静かに歩き出す。その姿は焦りも怒りもなく、ただ目の前の障害を排除するだけの存在のようだ。


「邪魔だ、レイン。

 その女は……死ぬ。」


 言葉は短い。しかし、その響きは圧倒的な死の宣告だった。

 吐き捨てるようなその声に、フィアの肩が震えた。


(止める……

 絶対に……止める……!)


 夕暮れの光が差し込む王都の路地で、剣を構えたレインと狂気の勇者が対峙する。

 周囲の空気は張り詰め、先ほどまでの静寂がまるで嵐の前触れのように感じられた。


 まだ決着には程遠い。

 だが――確実に、そして確かに、二人の運命は激突し始めていた。


(……俺は、必ず止める……

 どんな手段を使っても……!)


 レインの目は、次の瞬間に備えて冷たく光っていた。

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