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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第3章:再会 ――勇者対立編

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第29話:勇者との直接再会

 王都の街角は、昼下がりの喧騒に満ちていた。露店からは焼き菓子や肉料理の香ばしい匂いが立ちのぼり、商人たちが客を呼び込む声が通りのあちこちで響いている。騎士団の巡回する金属音、車輪が石畳を走る乾いた音、街路樹の葉を揺らす風の音――それらが混じり合って、王都ならではの雑多で豊かな空気を作り上げていた。


 そんなにぎやかな通りの片隅を、レインとフィアはゆっくりと歩いていた。フィアは初めて見る大きな街に目を輝かせ、あちこちの店先に視線を向けている。だがレインは違った。周囲の気配を探り、どこか落ち着かない。心の奥で囁く不穏な予感が、足取りを重くしていた。


(……この街のどこかに、あいつがいる。

 すでに《ワールド・ログ》でも確認している……

 だからこそ、気を抜くわけにはいかない)


 フィアがレインの袖を軽く引っ張る。


「レインさん……? 大丈夫ですか?」


 その問いにレインは小さく頷いた。しかし、視線の焦点は常に街路の先へ、そして人混みの中へと向けられたままだった。


 ――その時だった。


 レインの視界に、ひときわ強い存在感が滑り込んできた。


 人混みの向こう、歩道の中央。

 周囲の人々が自然と道を空けてしまうような、圧倒的な気配をまとった一人の男が歩いていた。


 濃紺のマント。

 背に負う巨大な剣。

 誰よりもまっすぐで、誰よりも重い足取り。


 その姿を確認した瞬間、レインは思わず息を止めた。


(……カイル)


 昔から変わらない外見。しかし、雰囲気が違う。

 まるで常に戦場に立っているかのような冷たい緊張感が、彼の体から立ちのぼっている。


(……やはり、ここにいたか。

 間違いない……奴の気配は、あの頃とは全く違う)


 胸の内で呟いた瞬間、レインの周囲の空気が微かに重く変わった気がした。

 フィアはその変化を敏感に感じ取ったのか、レインの後ろにそっと隠れるように立ち位置を変える。


「レインさん……」


 心配げな声。

 レインは返事をしようとしたが、それよりも先に、運命が静かに動き始めた。


 勇者カイルの視線が、レインを捉えた。


 ほんの一瞬。

 だが、その一瞬が永遠に伸びたかのような緊迫した感覚。


 人混みの喧騒が遠のき、周囲の音が歪む。

 視界の端が滲み、ただレインとカイルだけが世界から切り離されたような錯覚。


 そして――


「……まだ生きていたのか」


 低く、冷たい声が街角に落ちた。


 その声音には、かつてレインが知っていた友好的な温度は一切なかった。

 懐かしさも、驚きも、感情らしい感情も、そこには存在しない。


 ただ純粋な敵意だけが、まるで刃のように放たれていた。


 人々はカイルの発した声に気づく様子もなく、街の喧騒を続けている。

 だがレインとフィアの世界だけが、静かに凍りついていた。


 レインはゆっくりと息を吸い、カイルの視線を真っ向から受け止める。


「……久しぶりだな、カイル」


 声には極力落ち着きを乗せた。

 しかし胸の奥は、強い緊張で震えていた。


 フィアが後ろで小さく息を呑む。

 カイルはレインの言葉には応えず、ただ静かに歩み寄ってくる。


 一歩、また一歩。

 その度に、王都の空気がわずかに揺らぐ。


 カイルの目は、完全に戦場のそれだった。

 敵を見据える鋭い眼光。

 少しでも油断すれば斬り捨てるという、圧倒的な殺気。


 距離が縮まるにつれ、フィアの手がレインの服をぎゅっと掴む力が強くなる。


「お前は……」


 カイルはレインの目の前で立ち止まり、わずかに目を細めた。


「……気に入らない」


 その言葉は、短く、だがあまりにも重い。

 言葉そのもの以上に、発言の背景にある意図が圧倒する。


(……そうだ。

 カイルはもう“仲間”ではない。

 これは――完全な敵意だ)


 レインは、表情を崩さずにその言葉を受け止めた。

 しかし、胸の奥で波打つ緊張は隠せない。


(深層ログはこうなる未来を示していた……

 カイルの魔王化進行率……19%。

 言葉の一つ一つが、その進行を物語っている)


 街の喧騒の中で、ここだけがまるで別の空間のように静まり返る。

 周囲を行き交う人々は、二人の間に漂う異常な空気に気づいていない。

 だが、レインとフィアだけが、その危険な緊張をまともに浴びていた。


 カイルの放つ圧は、まるで巨大な獣に睨まれているかのような重さがあった。

 その重圧に押し潰されそうになりながらも、レインはその場から動かなかった。


(……逃げない。

 どんな言葉を投げられようと、俺は退かない。

 ここで退けば……未来は、本当に“壊れる”)


 レインは唇を引き結び、カイルから視線を逸らさずに立ち続けた。


「……そうか。

 俺が気に入らないか」


 短い言葉。

 だが、その裏には強い覚悟が滲んでいた。


「なら――俺はお前を止めるために立っているだけだ」


 その瞬間、カイルの瞳がわずかに細められた。


 怒りか、興味か、それとも――嘲笑か。


 しばらく沈黙が落ち、街角の空気が張りつめたまま静止する。

 フィアは息を飲み、レインの背中に視線を注いでいる。


 カイルはしばらくレインの顔を観察するように見つめ、それから小さく“ふっ”と鼻で笑った。


「……生意気になったな。

 追放された記録係が、勇者に歯向かうか」


 その一言で、まるで空気そのものが凍りついたように感じられた。


(……やはり、もう完全に変わったんだ。

 優しさも、仲間意識も……何もかも)


 レインは小さく息を吐き、静かに心を整える。


(だけど俺は――未来を知っている)


 魔王化進行。

 精神崩壊。

 世界破壊のフラグ。


 深層ログで見た未来が、レインの背中を確実に押していた。


「カイル。

 俺は――お前の未来を変えに来た」


 勇者の瞳がわずかに揺れた。それが怒りなのか、別の感情なのかまでは分からない。

 だが次の瞬間、カイルは踵を返し、通りの奥へと歩き出した。


「……次に会った時、お前はただでは済まない」


 その言葉を残し、勇者は人混みの中に消えていった。

 まるで闇に融けるかのように、その姿はあっという間に見えなくなる。


 残されたのは、強烈な圧力の余韻と、胸の奥の痛み。


 フィアが心配そうにレインを見る。


「れ、レインさん……大丈夫……?」


 レインは肩で息をしながら、ゆっくりと頷く。


「ああ……大丈夫だ。

 ただ……思っていた以上に、進行が早い」


 その声は震えてはいなかった。

 だが、悲しみと、焦りと、強い覚悟が入り混じっていた。


(次は必ずぶつかる。

 逃げられない。

 この世界を守るためにも、カイルを――)


 風が通りを吹き抜け、レインのマントを小さく揺らす。

 王都の喧騒が再び耳に戻ってくるが、その音はどこか遠い。


(……準備をしなければ。

 次章は、必ず“直接対決”になる)


 レインはフィアを守るようにして歩き出した。

 夕暮れが王都を染め、物語は次なる緊張と対立の渦へ踏み込んでいく。

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