第24話:次なる目的
夕暮れが森に差し込む。
深い緑を染める赤橙の光は、静けさと同時にどこか強い余韻を残している。バグとの死闘と、管理者存在の示唆。それら全てが重なり、レインの胸には今までにない緊張と、揺るがぬ意志が同時に漂っていた。
森の小道に立つレインの頬に、ひんやりとした風が触れていく。
その風は、まるで「ここからが本当の始まりだ」と告げるかのように、静かに吹いては森の奥へ抜けていった。
(……俺は、この力の正体を知らないまま進んでいいわけがない。
《ワールド・ログ》――未来を見て、未来を書き換えて、運命すら変えていく力。
だがそれが、何のために存在し、どんな代償を求める力なのか……俺はまだ知らない)
レインはゆっくりと手を握り込む。
さっきまでの戦闘で染み付いた汗が、まだ手のひらに残っている。その感触が、今日一日の出来事の重さを静かに思い出させてくれた。
(フィアを救えた。あの子供も救えた。
だが、勇者カイルの未来ログ……世界破壊。
管理者ログ……“Irregular Confirmed”。
俺を監視している何者かが、確かに存在している。
分からないまま、この先へ進めば――取り返しのつかない未来が来るかもしれない)
森の奥で揺れる木々の影が、まるで巨大な何かの影のように感じられる。
それでもレインの目は揺らがない。恐怖はある。だが、それ以上に――知りたいという強烈な欲求が胸の奥を燃やしていた。
(俺は……知る必要がある。
何が世界を動かしているのか。
俺の力は、どこから来て、どこに繋がるのか。
未来を変えるとは、どんな代償を伴うのか。
そして……俺が守りたい仲間たちの未来は、どうすれば救えるのか)
胸の奥に、強く静かな決意が宿る。
「レインさん……」
ふいに、優しく揺れる声が隣から聞こえた。フィアだ。
彼女もまた、この森の夕景を見つめながら、レインと同じ方向を見ていた。
その横顔は、以前のような怯えや不安ではなく、確かな意志を帯びている。
レインは彼女のその変化に気づき、驚きとともに少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
「私は……あなたと行きます」
一言の中に、彼女の全てが込められていた。
疲れた声ではなかった。
怯えた声でもなかった。
強く、まっすぐで、揺るがない声音だった。
フィアの手は小さく震えている。だがその震えは、恐怖ではなく決意の震えだとレインは悟る。
「……フィア……」
レインは優しく微笑んだ。
それは、ただ守るだけの存在ではなく、互いに支え合う“同行者”として見つめる笑顔。
「ありがとう、フィア。
二人で、この先の真実を確かめよう」
その言葉にフィアは嬉しそうに顔を輝かせ、胸の前で手をぎゅっと握った。
森の外へ続く小道は、夕暮れの光で淡く照らされている。
すでに風の温度も落ち始め、夜が迫ってくる気配が濃くなりつつあった。
二人は森を抜ける前に、一度荷物を降ろして休むことにした。
レインは背負っていた布袋を地面に下ろし、紐を解きながら中身を確認する。食料、回復薬、装備の手入れ道具……今ある全てを丁寧に整えなおす。
フィアも隣で自分の荷物を整理し、軽鎧の留め具を確認していた。
その表情には緊張もあったが、それ以上に前へ進むための覚悟が滲んでいる。
「よし……これでいいか」
レインは深呼吸し、《ワールド・ログ》を静かに起動する。
《ワールド・ログ 起動》
視界に淡い光が広がり、文字列が静かに浮かび上がる。
《同行者登録:フィア・ノーン》
《深層領域へのアクセス条件:一部達成》
光の粒子のようなログ表示が、ゆっくりと空気中へ溶けていく。
(深層領域……やはり、この力の奥にはもっと大きな何かがある。
フィアの覚醒条件も進んでいる……。
管理者ログの存在……
全部、避けては通れない道だ)
森の風が、レインの髪を揺らす。
枝葉がざわめき、木々の影が揺れる。その揺れが、まるで“これから向かう場所への案内”のように感じられた。
(この先へ進むには……避けて通れない場所がある)
レインは視線を空へ向ける。
夕暮れ色から夜へ変わり始めるその空は、まるで深層へ続く階層のように深い青色を帯びていた。
「……次に向かうのは、古代遺跡だ」
ぽつりと呟く。
フィアが顔を上げる。
「古代遺跡……?」
「ああ。世界に残る古い記録。
深層ログへのアクセス手段。
俺の力の起源に繋がる“何か”が、あの遺跡には必ずある」
レインは確信していた。
管理者に繋がる鍵がそこにある。
バグを生み出す異常の源がそこにある。
勇者カイルの運命を書き換えるヒントも、きっとその奥にある。
夕暮れの光が二人の影を長く伸ばし、森の地面に淡く刻む。
(ここから先は……もう後戻りできない。
でも、フィアがいる。
二人でなら……きっと進める)
静かに、しかし確かな決意が胸に宿る。
「行こう、フィア。
俺たちの次の目的地は――古代遺跡だ」
フィアはまっすぐにレインを見つめ、その瞳に揺るぎない光を宿した。
「はい……! 一緒に、行きます!」
小さな体に宿る意志は、かつての怯えた少女のものではない。
レインの隣に立ち、共に世界の真実へ踏み込む覚悟を持った、確かな“旅の仲間”の表情だった。
二人は荷物を背負い直し、森の外へ向けて歩き出す。
足元の落ち葉を踏む音が、二人の歩みを軽く鼓舞するように響いた。
森の出口へ近づくに連れ、夕暮れは一層深まり、空は夜の色を濃く帯び始めていく。
光と闇が交錯するその狭間を抜けることが、まるで“次のステージ”へと進む儀式のようにも感じられた。
(古代遺跡……
深層ログ……
管理者――
全ての答えは、きっとそこにある)
レインの胸に、強く、静かな熱が宿った。
【モノローグ】
「……次は古代遺跡だ。
全ての答えが、そこにある――」
夕陽に照らされ、森の出口へ伸びる二人の影がゆっくりと揺れる。
その後ろ姿は、まるで新たな章へ踏み出す勇者たちのように、迷いなく前だけを見て歩いていた。
物語は、深層ログと古代遺跡をめぐる新たな冒険へ――静かに幕を開けようとしている。




