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追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第2章:成長 ――ログ利用編

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第23話:管理者の影

 森の奥に、ようやく静けさが戻り始めていた。

 さっきまで空気を震わせていた不気味なノイズは消え、風が葉を揺らす音と、遠くで小さく鳴く鳥の声が、少しずつこの場所を「いつもの森」に戻していく。だが、その静けさの中に身を置いているレインとフィアの胸の内には、まだ戦いの余韻が生々しく残っていた。


 レインは大きな倒木に背を預け、ゆっくりと腰を下ろす。全身にじんわりとした疲労が広がり、握っていた手のひらには、いつの間にかじっとりと汗がにじんでいた。握り締めていた剣をそっと隣に置くと、金属が木肌に触れて小さな音を立てる。


「……はぁ……」


 短く吐き出した息が、思っていた以上にかすれた音になった。

 喉の奥が乾き、胸の奥ではまださっきの戦いの緊張が抜けきっていない。頭のどこかで、いつもなら冷静に回っている思考が、今だけは重たく沈んでいるような感覚すらあった。


 少し離れたところでは、フィアが木の根元に腰を下ろし、胸の前でぎゅっと手を組んでいた。新しい装備に守られているとはいえ、先ほどの“バグ”との戦いは彼女にとっても相当な恐怖だったのだろう。青い瞳は落ち着かず揺れ、何度もレインの様子を窺うように視線を向けてくる。


「レインさん……本当に、大丈夫……ですか?」


 不安と心配の入り混じった声。

 レインはその声に顔を上げ、無理にでも笑みを作ってみせた。


「ああ……ちょっと疲れただけだよ。フィアこそ、怪我はないか?」


「わ、私は……大丈夫です。レインさんが、守ってくれたから……」


 そう言いながらも、フィアの手はほんの少し震えていた。

 レインはその様子を見て、胸の奥がじくりと痛むのを感じる。


(……本当は、俺だって怖かった。

 ログが効かない相手なんて、今まで一度もいなかった……)


 視線をそっと森の木々へと向ける。

 緑に覆われた幹。その影の向こうに、さっきまで異形のモンスターが存在していたことが、いまだ信じられないような、不自然な違和感として残り続けていた。


(《ワールド・ログ》の表示が……“ERROR”で塗りつぶされていた。

 名称:不明、種族:ERROR……

 HPもスキルも、全部、黒塗りで……)


 これまで、レインにとって《ワールド・ログ》は絶対だった。

 人間もモンスターも、環境も未来も――すべてはログの中に記録されており、レインはその情報を「見る側」として一方的に利用してきた。見えないものはない、とすら思っていた。


 だが、さっき現れた“バグ”は違った。

 ログの枠組み自体を逸脱したような存在、情報として定義されていない何か。あれはもはや「モンスター」という言葉で片づけられるものではない。


(……ログが効かない相手……

 しかも、あの歪んだ姿……あれは自然に生まれたものじゃない。

 誰かが、どこかで、意図的に……)


 レインは無意識に拳を握りしめる。

 指先に爪が食い込む感覚が、かすかな痛みとして意識に登ってくる。


「レインさん……?」


 フィアが心配そうに近づいてきた。

 レインはそれに気づき、拳をゆっくりとほどいてみせる。


「ああ……ごめん。考え事をしてただけだ」


「さっきの……あの黒いモンスターのこと、ですよね……?」


 彼女の声には、恐怖だけでなく、理解しきれないものへの戸惑いが混ざっていた。

 レインは小さくうなずき、視線をもう一度森の奥へ向ける。


「……あれは、普通のモンスターじゃない。

 多分、この世界の“外側”から――何かが干渉してきた結果だ」


「外側……?」


 フィアはその言葉の意味を測りかねているようで、呟きを繰り返すだけだった。


 風がまた、木々の隙間を抜けていく。

 葉が擦れ合う音は穏やかだが、それでもどこかざらついた響きが混ざっているようにレインには感じられた。まるで森そのものが、見えない何かの存在に怯えているかのようだ。


(……誰かが、裏で操っている。

 あのバグも、ログのエラーも……

 全部、“何者か”の意志がなければ起こらない)


 ゼクトの言葉が頭の中でよみがえる。


『世界の外側から……“監視”されているということを』


(監視……そして、今回のバグ……

 偶然なんかじゃない。これは――)


 その瞬間だった。


 レインの視界が、唐突に“切り替わった”。


 自分の意志ではない。

 《ワールド・ログ》を起動した覚えもない。

 なのに、視界の中央に強制的に文字が浮かび上がる。


 世界が一瞬、色を失う。

 空気が固まり、時間が止まったかのような感覚――


<< Administrator Log >>

Irregular Confirmed


 それは、今まで見てきたどのログとも違う、異質な文字列だった。

 形式はログに似ている。だが“送り手”が明らかに違う。

 そこにはシステム的な無機質さと、冷徹な意思のようなものが同時に宿っていた。


「っ……!」


 レインは反射的に息を呑む。

 心臓がどくん、と大きく跳ね、その鼓動が自分でもはっきりと聞こえるほどだった。視界の中で赤い文字だけが強烈な存在感を放ち、周囲の森の景色が薄い霧の向こうに押しやられていく。


 だが、その文字は――本当に、一瞬だけだった。


 まばたきするほどの短い時間で、表示は霧散するように消えていく。

 ログの履歴にも残らない。

 《ワールド・ログ》を再起動しても、さっきの表示はどこにも残っていない。ただ、レインの記憶の中に焼き付いているだけだ。


(今のは……絶対に、俺に向けて出された……!)


 背筋に冷たいものが走る。

 フィアの声が遠くから聞こえてくるように感じた。


「レインさん!? 今、何か……!」


 レインははっとして、フィアの方へ顔を向けた。

 彼女の青い瞳は大きく見開かれ、レインの様子を探るように揺れている。


「……今、レインさんの目が、一瞬光ったように見えました……」


 レインは短く息を吐き、胸の中で言葉を整理する。

 どう説明すべきか。何を、どこまで伝えるべきか。

 ほんの一瞬で考えが駆け巡る。


「……今、ちょっとだけ……変なログが、出てきた」


「変な……ログ?」


「《Administrator Log》って表示されて……

 “Irregular Confirmed”……異常を確認、って意味だ」


 口に出した瞬間、その言葉が現実味を増していく。


(……管理者ログ……管理者が、俺の存在を“異常”と認識した……?)


 そう考えた瞬間、身体の芯がじわじわと冷えていくのを感じた。

 あの表示は、たまたま表示されたものではない。

 《監視対象に指定されました》という赤文字のログ、バグの出現、そして今の《Administrator Log》。


 すべてが一本の線でつながり始めている。


(この世界の“裏側”には、確かに誰かがいる。

 俺たちが暮らしているこの表層の世界を、

 外から眺めて、記録して、管理している存在……)


 胸の奥で、ざわざわとした不安が膨らむ。

 自分たちの運命、勇者の運命、世界破壊の未来――

 あらゆる“流れ”を決めているのは、本当にただの運命なのか。

 それとも――“管理者”と呼ばれる何者かなのか。


「……レインさん……?」


 フィアが小さく名を呼ぶ。

 彼女は、ログの内容を正確に理解しているわけではない。それでも、レインの表情から、この事態がどれほど重大かを感じ取っているのだろう。


 レインはフィアの視線を受け止め、ゆっくりとうなずいた。


「大丈夫だよ。今すぐ何かが起こるわけじゃない。

 ただ……はっきりした」


「はっきり……した、こと?」


「この世界は……俺たちの知らないところで、誰かが見ている。

 そして、俺がやっていること――未来を変えることを、“異常”として認識している」


 そう告げる声には、自分でも驚くほどの静けさが宿っていた。

 恐怖は確かにある。だが、それと同じくらい強い“確信”もあった。


(……この世界は、自然に流れているだけじゃない。

 誰かが、どこかで“ログ”を書き、ルールを敷いている。

 俺は、そこに干渉した。だから――見られている)


 森の中に沈む夕暮れの光が、木々の間から差し込む。

 影は長く伸び、まるでこの世界の奥深くへ続く“縦の線”を描いているかのようだった。


(ゼクトが言っていた“監視”。

 俺の視界に突然現れた《Administrator Log》。

 バグという名の異常な存在――)


 頭の中で、バラバラだった断片がひとつの像を結びつつある。

 それは、個人の戦いでは到底届かない高みにいる“何者か”の影。

 世界のルールそのものを握っている存在。


(……この世界には、管理者がいる)


 その結論に至った瞬間、レインの胸にひやりとした感覚が広がった。

 同時に、静かな怒りにも似た感情が、じわりと沸き上がってくる。


(誰かが、上から運命を決めている。

 勇者の破滅も、フィアの死亡予定も、子供の事故も――

 全部、ただの“設定値”として扱われているなら……)


 レインはゆっくりと立ち上がり、空を見上げた。

 木々の枝葉でそのほとんどは隠れているが、その向こうに広がる空のさらに上――そこに、“管理者層”があるような気がしてならない。


「……レインさん?」


 フィアが心配そうに問いかける。

 レインは彼女に振り返り、今度は先ほどよりもはっきりとした笑みを浮かべた。


「大丈夫。怖いけど……はっきりしたからな」


「はっきり、した……?」


「うん。俺は、もうただ守るだけじゃいられない。

 フィアや、出会った人たちを守るためには……

 この“管理者”の存在も、避けては通れない」


 自分で口にして、改めてその重さを噛みしめる。

 世界の裏側にいる何者かを相手にするというのは、あまりにも大きな相手だ。

 だが――それでも。


(未来を変えたことが“異常”だとしても、

 俺にとっては、それが“正しい”と思える。

 だったら、たとえ相手が世界の管理者だとしても、俺は――)


 拳を静かに握る。

 その手はもう、震えていなかった。


 森の静寂の中、さっき一瞬だけ浮かんだ赤い文字の残像が、まだレインの心のどこかに焼きついている。


 ――Irregular Confirmed。


(“異常”で結構だ。

 管理者が何を決めていようと、俺は俺の選択を貫く)


 木々の間から差し込む夕暮れの光が、レインとフィアの影を長く伸ばしていく。

 その影は、まるでこれから続く長い道のりと、その先に待つ“見えない敵”の存在を象徴しているかのようだった。


 レインはその光の中で、もう一度静かに決意を胸に刻む。


(……《ワールド・ログ》を持つ俺だからこそ、見えるものがある。

 だったら、最後まで見届けてやる。

 この世界のログの、その最深部まで――)


 夕風がそっと吹き抜け、二人の髪とマントを揺らした。

 その風は、これから始まる“世界と管理者との物語”の幕開けを、静かに告げているようだった。

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