表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第2章:成長 ――ログ利用編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/60

第22話:バグの出現

 一歩踏み込むたび、森の空気がじわりと重くなるように感じられた。レインは歩みを緩め、耳を澄ませる。鳥のさえずり、風で揺れる枝葉……どれもいつもと変わらない“自然の音”のはずなのに、不思議と胸の奥にざらつくような違和感だけが残り続けていた。


 フィアは隣で小さな花を見つけて微笑んだり、小石を蹴って遊んだりと、明るい空気を保とうとしている。しかしレインの視線は森の奥へと吸い寄せられ、笑顔を返す余裕がない。


(……何かがおかしい。

 モンスターの気配がほとんどない。

 静かすぎる……)


 レインは深呼吸し、《ワールド・ログ》を起動する。


《ワールド・ログ 起動》


 視界が薄く光に染まり、森の木々の輪郭がわずかにシャープになる。草の揺れ方、空気の湿度、足元の微かな振動……ログはあらゆる要素を視覚化し、レインに情報として流し込んでくる。


(……敵はいないはず……。

 でも……何だ、この胸騒ぎ)


 森の奥に、ゆらり……と黒い影が揺れる。


 それは、木々の影でも獣の気配でもなかった。視界の端で、異常な“ノイズ”のように形が崩れては戻る、理解を拒むような存在が蠢いている。


 レインの心臓が、強く跳ねた。


(……あれ……モンスター……?)


「レインさん……?」


 フィアが不安そうに覗き込む。レインは無意識にフィアを後ろに下がらせ、前に立った。ゆっくりと、影がこちらへ滲み寄るように動き出す。


 そして――


 影は、唐突に森の明かりの中へ踏み出した。


 黒く、歪んでいた。


 人の形を模してはいる。だが腕は不自然に曲がり、脚は地面に触れているのか浮いているのかすら判別できない。肉体の境界が揺らぎ、部分的に欠け、黒い靄のような粒子が常に周囲へ崩れ落ちている。


 顔の位置と思われる場所には、瞳だけが赤く点滅し――瞬きのたびに、存在そのものが乱れるように揺れた。


 フィアが小さく息を呑む。


「っ……な、何……これ……」


 レインも答えられなかった。

 だが恐怖よりも先に、いつもの癖が発動する。


(ログ……! まずは情報を……!)


《ワールド・ログ 起動》


 視界に文字列が浮かぶ――はずだった。


 しかし、現れたのは見たこともない赤いエラーメッセージ。


名称:不明

種族:ERROR

HP:■■■■

スキル:■■■■

弱点:不明


 情報のほとんどが黒塗りで、エラーだらけ。


 レインは喉がかすれるほどの衝撃を受けた。


(……な、何だよ……これは……

 ログが……全然読めない……!?)


 ログの文字は正常な情報ではなく、赤く点滅する警告の羅列に近かった。いつもの整然とした情報表示とは違い、視界全体が乱れるノイズのようにちらつき、頭の奥で低いノイズ音のような振動さえ感じる。


 その瞬間、異形の“バグ”が動いた。


 ――音もなく、突っ込んでくる。


 重力すら無視した不自然な速度。

 レインは本能で横へ跳んだ。


「フィア、下がれ!!」


 叫ぶと同時に剣を抜き、バグの前に立つ。


(ログが使えない……!

 弱点も、攻撃パターンも……何も分からない……!)


 バグの腕が伸びる。

 骨も筋肉も存在しないような滑らかな動きで、まるで“空間ごと切り裂こうとする”形で振り下ろされる。


 レインは咄嗟に剣で受け止めるが――


「うっ……!」


 力の質が違った。

 衝撃ではなく、情報そのものを削り取るような感覚。


 レインの腕が一瞬だけ痺れ、剣が震えた。


(……ログの介入が効かない……

 こんな敵、初めてだ……!)


 森の空気が、さらに重く落ち込む。

 風の流れさえ止まったように、世界がこのバグの存在に息を潜めているかのようだった。


 バグは形を維持できていないのか、腕が分裂したかと思うと元に戻り、時には足元が地面に溶けるように沈んだり、瞬時に別の位置へ移動したりと、常識的な動きではなかった。


(動きに一貫性がない……!

 これじゃあ……ログで未来予測もできない……!)


 レインは呼吸が荒くなるのを感じながら、それでもフィアを守るために前へ踏み出す。剣を構え、じりじりと距離を詰めようとするが、バグはまるで意志を持たない機械のように、ただノイズ的に揺れながらこちらへ迫ってくる。


 フィアは震えながらも、レインの背中を見つめ続けている。


「レインさん……!」


「大丈夫……守る!」


 だが、言葉とは裏腹に心は冷や汗を流していた。


(……勝てるのか……?

 俺、ログなしじゃ……戦ったことなんて……)


 バグの腕が再び伸びる。

 レインは剣を捻り、滑らせるように弾き返す。しかし、弾いたはずの衝撃は軽く、それなのに頭の奥に“ズキッ”と痛みが走る。


(頭に……直接ノイズが入ってくる……!

 まるで、情報の塊とぶつかってるみたいだ……!)


 剣を構えたまま、距離を取る。

 その間に、必死で観察する。


(動きに規則はない……いや……予測不能だけど……

 “揺れる前に、一瞬、影が遅れる”)


 視界の端で、バグの輪郭が一瞬だけ遅れて揺れ、すぐ本体が追いかけるように動いている。


(そこだ……! それが攻撃の合図……!)


 レインは覚悟を決め、フィアを守るように立ち尽くすバグへ向かう。


「うおおっ!!」


 剣を横から叩き込む――その瞬間、バグの姿が一瞬だけ消えた。


「しまっ――」


 背後から、ノイズを伴う衝撃が襲いかかる。

 レインは咄嗟に地面に転がり、間一髪で回避した。


(予測がズレた……!

 影の遅れはフェイク……!)


 胸を押さえながら立ち上がる。


(ログがないってだけで……こんなにも戦いづらい……

 俺の力は……解析と未来予測前提……!

 それがないと、ただの人間だ……!)


 自分の弱さが、容赦なく突きつけられる。

 だが――フィアの存在が、心の奥で静かに支えていた。


「レインさん! 逃げちゃ駄目ですか……!?」


 必死の声。

 その声に、レインは大きく首を振る。


「ここで逃げたら……守れない……!

 ログが役に立たないなら……俺自身が考える……!」


 再びバグが突進してくる。

 今度は動きを読むのではなく、反応で対処する。

 胸の奥の恐怖を押し殺し、剣を低く構え、地面すれすれで斬り上げる。


 剣は、確かにバグの“胴”と思われる場所を捉えた。


 黒いノイズが飛び散り、バグの体が揺らぐ。


(……効いてる!

 攻撃が通る……!)


 だが喜ぶ暇もない。

 バグの体は形を保てず、破れた布のように空間へと溶け、次の瞬間には元の形へ戻る。


(……倒すには足りない……!)


 バグの目が赤く強く点滅する。

 まるで怒ったかのように、攻撃速度が上がった。


「レインさん!!」


「大丈夫だ、フィア!!」


 必死の戦いが続く。

 森の中に剣の金属音と、バグのノイズ音が混じり合い、重苦しい緊張が漂う。


(ログだけじゃ守れない……

 でも……だからこそ――)


 レインは深く息を吸い、最後の一撃に合わせる。

 バグが腕を振る瞬間、レインは逆に懐へ滑り込み、剣を突き立てた。


 黒い破片が散り、バグの体が崩れ――霧のように消えた。


 森が急に静かになる。


 レインは深く息を吐き、膝をついた。


「はぁ……はぁ……」


 フィアが駆け寄ってくる。


「レインさん! 本当に……本当に、大丈夫ですか……!」


「ああ……なんとか……」


 フィアの涙ぐんだ顔を見て、レインはようやく笑みを作った。


(……ログだけじゃない。

 俺自身が動いて……考えて……守らなきゃ)


 そしてバグが消えた空間には、微かな赤いノイズだけが残っていた。


【レインの内心】

 「……この世界には、まだ俺が知らないものがある……

  ログだけでは……守れない……」


 森の奥で赤く光る残留ノイズが、次なる試練を告げるかのように揺れ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ