第15話:隠された宝箱
討伐依頼を終えた帰り道、レインとフィアは静かな森の小径を歩いていた。さっきまでの戦闘の名残を感じさせる緊張は徐々に解け、かわりに穏やかな風が二人の頬を撫でる。木々の間から差し込む柔らかな光は、まるで二人の行く手を導くように斜めに揺れ、森全体がゆったりとした呼吸をしているようにさえ感じられた。
遠くで鳥が鳴き、枝が揺れる音が重なる。フィアは落ち着いた様子で歩いていたが、時折、新しい装備に触れるように胸元の軽鎧をそっと見下ろしていた。まだ慣れない感触らしく、手を当てては安心し、また歩き出す。
レインはそんなフィアの表情を横目に見ながら、ふと胸の奥に浮かんだ感覚に従い、足を止める。
(……この森、まだ何かある気がする……)
討伐依頼の帰路とはいえ、森は深く、まだ未知の領域が広がっている。かつての自分なら、そのまま通り過ぎていたはず。だが、《ワールド・ログ》という力を得てから、レインの視界には“普通じゃ見えない情報”が流れるようになった。
ゆっくりと息を吸い、意識を集中させる。
《ワールド・ログ 起動》
視界の端に淡い光が集まり、空間を走るように文字列が広がっていく。周囲の温度がほんの一瞬変わった気がし、音が遠のく感覚に包まれる。
(……森の中に、何か隠れていないか……?)
光の粒子のようなログ情報が、木の陰や地面の下にまで広がり、スキャンのように森一帯を走査する。その光景は、まるで自身が“森の真実”を覗き込んでいるかのようだった。
フィアが心配そうに近づく。
「レインさん……? どうかしましたか……?」
「ちょっと気になることがあって。ログで確認してみる」
軽く答えながらも、レインの意識はすでに深層に沈んでいた。
しばらくすると、視界の奥に、赤く輝く文字が浮かび上がる。
【隠しオブジェクト:存在】
その一行が表示された瞬間、レインの鼓動が跳ねる。
(……あった……! 本当に……隠しオブジェクト……!)
文字が示す方向――少し離れた茂みの奥に、普通の視界ではまったく見えない、しかしログ上では明らかに存在している“何か”が淡く光を放っていた。
レインは茂みの方へ慎重に足を進める。
フィアは慌てて追いかける。
「レインさん、危ないところじゃ……?」
「大丈夫。敵じゃない。……宝箱だ」
「宝箱……?」
茂みをかき分けると、そこには古びた木製の箱が、まるで“ここにいることが前提”のように当然の顔で佇んでいた。普通なら見逃してしまう位置にあり、コケや蔦が箱の表面に絡みついている。
フィアは驚いたように息を呑む。
「……本当に……隠れてたんですね……」
レインは周囲の安全を《ログ》で確認し、慎重に宝箱に手を伸ばした。
(鍵は……無し? 罠も……無し。よし……)
箱の蓋をゆっくりと開くと、中から温かな光が飛び出す。
それはただの金属光ではなく、魔力の粒子が反射したような柔らかい輝きだった。
中にはいくつもの装備品やアイテムが整然と収められている。
・フィア用 軽鎧(防御+5)
・魔力強化の指輪(魔力+10)
・回復ポーション ×3
フィアは目を見開き、箱の中を覗き込む。
「……こ、こんな……すごいものが……!」
声が震え、瞳には驚きと喜びが溢れていた。
レインも同じく驚嘆の気持ちで胸が膨らむ。
(……ログがあるからこそ見つけられた……これが、“チート級”の恩恵か……!)
フィアは恐る恐る軽鎧に触れ、指先でそっと撫でる。
「……着ても、いいんでしょうか……?」
「もちろん。フィアのためにあるような装備だし、強くなるに越したことはない」
そう言ってレインは軽く微笑み、フィアに装備の付け方を教える。
フィアはレインの手助けを受けながら、軽鎧を装着した。鎧といっても金属製ではなく、魔力繊維と革素材を組み合わせた、柔らかく軽い防具だ。動きやすさを重視しており、フィアの華奢な身体でも違和感なく着こなせる。
新しい装備を着るたびに、フィアは少しだけ照れたように、でも嬉しそうに笑った。
その表情を見ているだけで、レインの胸に温かいものが広がる。
(……守りたいと思える理由が、また一つ増えた……)
そして次に、指輪をフィアの指にそっと滑らせる。
細く美しい指に、青白い魔力の光を帯びた指輪がぴたりと収まる。
「……きれい……」
フィアは小さな囁き声を漏らし、宝物を抱くように両手で指輪を包み込んだ。
レインは《ワールド・ログ》を起動し、フィアのステータスを確認する。
【フィア・ノーン】
HP +20
防御力 +5
魔力 +10
数字がふわりと跳ね上がり、明確に強くなっていることが視覚的に示されていた。
(……ログのおかげで、こんなに効率よく準備ができる……)
ただの情報収集ではない。
“戦う前から勝つための準備ができる力”
――それこそが、《ワールド・ログ》の真価だった。
「レインさん……」
フィアが胸元をぎゅっと握りしめ、少しうつむき加減に口を開く。
「……ありがとうございます……私に、こんな……立派な装備を……」
その声は震えていたが、そこには確かな想いが宿っていた。
レインは優しく微笑む。
「フィアが少しでも安全になれるなら、なんだってするよ」
フィアの頬が赤く染まり、目をそらす仕草を見せる。
そんな彼女を見ながら、レインは心の中で静かに誓いを新たにした。
(……絶対に守る。この子の未来を……俺が、変えてみせる……)
二人は宝箱からアイテムを回収し、もう一度森の奥を確認する。
ログには“もう隠しオブジェクトは無い”と表示されている。
「じゃあ、戻ろうか」
「はい!」
フィアが新しい装備で軽い足取りを見せるのを確認し、レインは満足げに頷いた。
森の出口に向かって歩き出すと、夕日が木々の隙間から差し込み、二人の影を長く伸ばしていく。
宝箱を囲んで落ちていた魔力の粒子はまだ空気の中に揺れ残り、その輝きが“特別な出来事だった”ことを物語っていた。
フィアは胸元の軽鎧に触れながら、ぽつりと呟く。
「……これで、少しはレインさんのお役に立てるでしょうか……?」
「もちろん。フィアが強くなるのは、俺にとっても心強い」
その言葉に、フィアの顔はぱっと明るくなる。
レインは夕陽を見上げ、深く息を吸う。
【モノローグ】
「……この力を使えば、どこまでも先を見据えて行動できる……
俺はもう、ただの記録係じゃない……」
森を抜ける二人の姿は、これからの冒険を象徴するように、静かで力強かった。




