表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第1章:追放 ――ログ覚醒編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/44

第11話:初めての改変

 夕暮れの奴隷市場は、昼間の喧騒とは違う色をまとっていた。西の空はすでに赤紫に染まり、木の柵と鉄の鎖は、その光をほとんど受け取ることなく、暗い影だけを地面に落としている。薄汚れた布で覆われた簡易な屋台、乱雑に積まれた木箱、足元を這うように吹き抜ける冷たい風――そのすべてが、この場所が“普通の市場ではない”ことをはっきりと物語っていた。


 その一角に、レインは再び立っていた。

 目線の先には、鎖につながれた小柄な少女――フィア・ノーン。


 銀色の髪は夕闇の中でかすかに光を返し、青い瞳は伏せられながらも、どこか遠くを見つめるように揺れている。布切れ同然の服を胸元でぎゅっと握りしめる小さな手は、まだ震えを止めていない。奴隷商人たちの視線に晒されながら、彼女はひたすら耐えているように見えた。


(……もう、誰も死なせない……)


 胸の奥で、その言葉が静かに燃えていた。

 勇者パーティーで何もできなかった自分。

 追放され、孤独の中でうずくまっていた自分。

 世界破壊の未来ログを知ってしまい、ただ怯えていた自分。


 そのすべてが、今この瞬間に向かって凝縮されているように感じた。


 レインは深く息を吸う。

 鼻腔に広がるのは、汗と埃と鉄――そして人の絶望の匂い。


(ここで何もしなければ……フィアは今日、死ぬ……)


 《深層ログ》が告げた残酷な未来は、まだ脳裏に焼き付いたままだ。一方で、彼女が“世界救済の鍵”である可能性も、同じログが示していた。


(……だったら――)


 レインは懐から、小さな革の財布を取り出した。

 中には、わずかばかりの銀貨が音を立てて転がる。宿代にも食費にも足りるかどうか危うい、ぎりぎりの所持金。


 ――これを失えば、明日からの生活はさらに厳しくなるかもしれない。

 だが、レインの指は迷わずにその銀貨を掴んだ。


(金の問題じゃない……これは……俺の意思の問題だ……)


 彼の足は自然と前へ進み、フィアの前に立つ奴隷商人のもとへ向かっていく。

 商人は中年の男で、分厚い腹と油の乗った顔をしていた。口元には商売人特有の笑みが貼り付き、その目の奥には“値踏み”の光しか見えない。


「へえ、お兄ちゃん。見ない顔だな」


 ニヤリと笑い、男はレインを上から下までじろりと眺めた。


 喉が一瞬詰まりかけたが、レインは飲み込むようにして声を出した。


「……この子を、買います」


 自分でも驚くほど、声は震えていなかった。

 胸の奥で燃える決意が、声の芯を支えているようだった。


 商人の笑みが、さらにいやらしく深まる。


「ほぉ……この子を? 見ての通り、相当な“訳あり”だ。安くはないぜ?」


 男はわざとらしく肩をすくめ、フィアの鎖を軽く揺らしてみせる。鉄の擦れる音が、少女の小さな肩をさらに強張らせた。


(脅し文句なんて、いくらでも聞いてやる……)


 レインは静かに息を吐き、握っていた銀貨を一度見下ろした。

 少ない。安くはない。だが、それがすべてだ。


「……これが、今持っている全額です」


 レインは財布ごと、商人の前に差し出した。

 カラン、と銀貨が小さく鳴る。


 商人は片眉を上げ、財布の中身を覗き込んだ。銀貨の数をざっと目で数え、ふん、と鼻を鳴らす。


「ははっ……少ないな。足りねぇよ。もっと出せねぇか?」


「本当に、これが全部です」


 即答だった。

 迷いのない言葉に、逆に商人の方が一瞬だけ言葉を詰まらせる。


「へえ……命懸けの額ってわけか?」


 男の目が細くなる。

 値段を釣り上げるための“試し”のような視線を向けてくるが、レインは一歩も引かなかった。


「この子を、買います」


 短い言葉に、強い意志を込めて繰り返す。


 商人はしばしレインと視線を交わしたあと、肩をすくめて笑った。


「……ったく、変わった奴だな。いいぜ、売ってやるよ。どうせこいつを欲しがる物好きなんて、滅多に出てこねぇしな」


 商人は財布を乱暴に掴み、銀貨の重さを確認するように手の上で揺らした。


「値引きなんざしてねぇからな。損したとか言うなよ?」


 そう言いながら、男はフィアにつながる鎖の鍵へ手を伸ばした。


 カチリ。


 小さな金属音が、夕暮れの市場に響いた。


 その瞬間、レインの視界に――光が走った。


 空気が震えるような感覚が、レインの全身を貫いた。

 視界の端から端まで、白い光の線が走り、その中心に文字列が浮かび上がる。


《ワールド・ログ 更新中》

《深層ログ 閲覧》


 レインは思わず瞬きをした。現実の奴隷市場の光景と、視界に重なる文字の情報が同時に押し寄せ、感覚が一瞬だけ宙に浮いたようになる。


 先ほどまで赤く点滅していた《未来》の欄――“本日中に死亡予定”という残酷な文字列が、ゆっくりとほどけていくように崩れ落ち、新たな情報へと書き換わっていく。


 ――更新前――

 【未来】

  → 本日中に死亡予定


 ――更新後――

 【未来】

  → 生存確定、救出済み


 さらに、その下に別の表示が追加される。


 【未来分岐】

  → 世界救済成功率:+3%上昇


 文字は柔らかな光を帯びて脈打つように輝き、数秒後、残像だけを残してゆっくりと薄れていった。


「……っ……!」


 レインは思わず息を呑んだ。

 足元がふらつき、地面を踏みしめるように力を込める。


(今の……俺が……やったのか……?)


 そう思わずにはいられなかった。

 自分の行動――銀貨を差し出し、フィアを買うと決めたこと。

 その選択が、確かにログの内容を“書き換えた”。


(俺の意思で……未来が……変わった……)


 胸の奥が熱くなる。

 恐怖とも興奮ともつかない熱が、心臓を激しく打ち鳴らしている。


 これまで《ワールド・ログ》は、ただ“世界の裏側を見せるだけの能力”だと思っていた。ステータスや未来分岐を表示し、情報として提供するだけの、観測者の力だと。


 だが――今、目の前で起きたのは“観測”ではなく、“改変”だった。


(俺は……ただの記録係なんかじゃない……)


 勇者パーティーの末席で、何もできないままペンを握っていた日々。

 どれだけ記録しても、未来を変えることはできなかったあの頃。


 今は違う。

 《ワールド・ログ》を通して、レインは“未来そのものを書き換えた”。


(俺の力は……運命を書き換えるためのログ……!)


 理解した瞬間、背筋に戦慄が走る。

 同時に、胸の奥から湧き上がる感動に、思わず目頭が熱くなるのを感じた。


「……あ……」


 小さな声が耳に届いた。

 視線を向けると、鎖を外されたフィアが、ふらりと一歩前へ出ていた。足取りはまだおぼつかないが、確かに“自分の足で”立っている。


 銀色の髪がかすかに揺れ、青い瞳が恐る恐るレインを見上げる。

 怯えの色は消えていない。それでも――その瞳の奥には、ささやかな変化があった。


 ――希望。


 ほんのわずかだが、確かに光が宿っていた。


「……君は、もう大丈夫だ」


 レインはそっと言葉を紡いだ。

 自分でも驚くほど、声は穏やかだった。


 フィアはきょとんとしたように瞬きをし、それからごく小さく、口元に笑みを浮かべた。

 不安と緊張で強張っていた表情が、ほんの一瞬だけ柔らかくほどける。


(……守らなきゃ……)


 その笑顔を見た瞬間、レインの中で何かがカチリと音を立てて固定された気がした。


(この子を……絶対に守る……どんな未来でも……)


 たとえ世界の運命がどれほど重かろうと、勇者カイルの未来ログがどれほど絶望的だろうと――。

 この少女だけは、絶対に死なせない。

 そう心に誓う。


 夕暮れの市場の片隅で、二人の存在はまだ小さい。

 だが、《ワールド・ログ》に刻まれた数字は告げている。

 “世界救済成功率:+3%上昇”――と。


 それは、世界の未来がほんの少しだけ動いた証。

 そして、レイン・アルトリウスが初めて“運命を改変した瞬間”だった。


 この小さな一歩が、やがて世界全体を揺るがす大きな波へと繋がっていくことを、今の二人はまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ