表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された“ログ係”は、世界の裏設定を読めるようになりました  作者: トワイライト
第1章:追放 ――ログ覚醒編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/24

第10話:選択

 夕暮れの色が濃くなり始めた町外れの路地。その薄暗い細道の真ん中で、レインは両手を膝に当てて息を整えていた。奴隷市場の喧騒から逃れるように走ってきたはずなのに、胸の鼓動はまだ激しく、肺の奥まで冷たい空気が入り切らない。石畳に落ちる影は長く伸び、街灯に灯がともるにはまだ早いこの時間帯は、どこか不安を煽る静けさを内包していた。


 路地には人影がなく、遠くから市場の喧騒が微かに聞こえる程度。それなのに、耳の奥では《深層ログ》に刻まれた赤い文字が脈打つように響いている。あの残酷な未来――“フィア・ノーン、本日中に死亡予定”――その言葉が、まるで心臓に刻印されたかのように消えてくれない。


(……落ち着け……落ち着かないと……)


 そう思っても、胸に広がるざわつきは収まらなかった。

 視界がぐらりと揺れる。

 レインは路地の壁に背を預け、目を閉じて深呼吸を試みた。


(関わらなければ……俺は安全でいられる……)


 頭の中でそんな冷静な声が囁く。


 あの場所に戻れば、奴隷商人に目をつけられる危険がある。

 助けようとすれば、当然相手の怒りを買う。

 武器も技術もない自分では、正面から戦えるわけがない。

 危険を冒す必要など、本来はない。


(そうだ……何もできない……俺は、記録しか取れない……無力のままだ……)


 過去の記憶が連鎖するように脳裏にあふれ出す。


 勇者パーティーの戦闘で役に立てなかった日々。

 仲間たちの視線の冷たさ。

 「役立たず」「何もしていない」という痛烈な言葉。

 追放されたあの日の、胸が裂けるような感覚。


 そのすべてが、今のレインの背中を押すのではなく、逆に足を縛りつけようとしていた。


(……また、何もしないまま終わるのか……?)


 その問いが胸に沈むたび、痛みに似た感覚が広がった。

 安全を取れば、自分は守られる。何も失わなくて済む。

 だが――行動しなければ、フィアは確実に死ぬ。


 青い瞳に宿っていた小さな光。

 震えながらも、どこか希望を求めていた姿。

 鎖の音と共に伝わってきた息遣い。


(あの子を……見捨てるのか……?)


 胸がひどく痛くなる。


 夕暮れの光が路地の上に差し込み、赤と影のコントラストを作る。それはまるで、レインの心の中で揺れ動く“選択”の象徴だった。


(安全か……犠牲か……)


 頭の中では合理的な判断が、何度も“ゆっくり逃げろ”と言ってくる。

 だが胸の奥では、強烈な衝動が逆方向へとレインを引きずっていく。


(逃げるのは簡単だ……でも……)


 レインはぎゅっと拳を握りしめた。

 手のひらに爪が食い込み、痛みが走る。


(本当に……それでいいのか……?)


 夕暮れの路地は静まり返り、レインの呼吸音だけが響く。

 その孤独な空間で、彼は少しずつ、自分の心の奥底に眠っていた“変わりたい”という願いと向き合い始めていた。


 壁にもたれたまま、レインは再び胸に手を当てた。まだ乱れている鼓動が、まるで必死に何かを訴えているようだった。


(俺には……能力がある……)


 そう呟くように思考が浮上する。


 《ワールド・ログ》

 深層へアクセスする力。

 未来を読み、運命の流れを知る力。


 追放された無力な記録係は、今や誰も知らない“情報”を扱える存在になっていた。

 その力で知ってしまった――少女の死が迫っているという事実を。


(知ってしまった以上……もう、何もせずにいられるわけがない……!)


 胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 恐怖。焦り。悔しさ。怒り。

 そして――使命感。


 自然と、あの日のことを思い出した。


 勇者パーティーで置いていかれた気持ち。

 セレナが目をそらしたあの沈黙。

 カイルの冷たい宣告。


(また何もできず、誰も救えず、ただ“記録”して終わるのか?)


 自分の心が、はっきりと拒絶する声をあげた。

 もう二度と、無力のまま立ち尽くすだけの自分には戻りたくない。

 過去の痛みが、今は逆に背中を押している。


(フィアは……今日死ぬ……)


 深層ログに浮かんだ赤文字は、今でも視界の隅で脈打つように残像を残している。


 本日中に死亡予定。


 その文字は、避けられない未来として、レインに迫り続ける。


「……俺が……助けるんだ……!」


 思わず声が漏れた。

 それは決意というより、魂の叫びに近かった。


 レインは顔を上げた。

 夕暮れの色が濃くなっていく路地の先に、奴隷市場へと続く大通りがぼんやりと光っている。

 市場の向こうには、怯え、今にも消えてしまいそうな少女――フィアがいる。


(安全か……犠牲か……そんな二択じゃない……)


 自分の中に湧き上がる感情が、はっきり形を持つ。


(俺は……もう、何もしない自分を選ばない……!)


 それは過去との決別であり、未来への第一歩だった。


「……助ける……!」


 声は小さかった。だが確かに、路地に響いた。

 心の奥で燃えていた炎が、ようやく形となって言葉に変わった瞬間だった。


 レインは一歩、前に踏み出す。

 その一歩が重く、しかし力強い。

 二歩目を踏み出す頃には、胸に溜まっていた迷いはもう霧散していた。


 奴隷市場の広場から聞こえるざわめきが、再びレインの耳に戻ってくる。

 誰かの笑い声、商人たちの声、鎖の音――そのすべてが、今は彼を恐れさせるものではなかった。


 むしろ、レインの心は静かに、しかし確かに前へ進むための力で満ちていた。


(フィアを……救う……それが、俺の選ぶ未来だ……!)


 夕日が完全に沈む前の赤い光が、路地の奥まで照らし、レインの影を長く伸ばす。

 その影は確かに震えていたが、迷いの震えではない。

 決意の震えだった。


 そしてレインは駆け出した。

 フィアが待つ、あの薄暗い奴隷市場へ――

 たったひとりの少女の未来を変えるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ