教室のド真ん中
俺は、いつも通りクラスの真ん中で笑っていた。
朝からうるさい、と女子に文句を言われながらも、適当な冗談を飛ばして、周りを巻き込んで笑わせる。そういう役目を、自分で選んだわけでもないのに、いつの間にか担わされていた。
「晃、今日テンション高くない?」
誰かに言われて、俺は少し肩をすくめる。
「毎日こんなもんやろ?静かにしよったら俺じゃないって」
少し笑いながらそう言い、教室の端に目をやった。
あいつは今日も女子の輪の中にいた。
名前は川橋凌。少し高い声で、手振りを交えながら何かを話している。笑い声が1段階だけ派手で、でもどこか作り物みたいに響くのを、俺は知っていた。
_あいつは、ああやってないと壊れる。
そんな事を考える自分に気づいて、俺は直ぐに目を逸らした。
他人の心配なんてしてる場合じゃない。俺はクラスのリーダーで、ムードメーカーで、いつもふざけている"横井晃"で居なければならない。
…それなのに。
川橋がふと此方を見て、目が合った瞬間。
俺の胸の奥が嫌な音を立てて沈んだ。
あいつの笑っているはずの顔が、一瞬だけ何も無いように見えたから。
やがて放課後になり、教室の音は抜け殻のように残っていた。
机を引く音、廊下を走る音、誰かの笑い声。それらが全部遠ざかって、最後に残ったのは、窓から入る風の音だけだった。
「…晃、まだ帰らないの?」
川橋は椅子に逆向きに座って、背もたれに椅子を乗せていた。
女子が全員帰った後の川橋は、さっきまでの派手さが嘘みたいに静かだった。
「フツーに、日直の仕事。ってか、お前こそだよ。珍しく独りじゃん」
「だってさぁ、今日はちょっと疲れたの」
そう言って笑うけど、声が軽すぎる。
俺はそれが気になって、鞄を肩にかけるのを辞めた。
「…なんかあったん?」
「は?」
川橋は一瞬だけカッと目を見開いて、それからすぐに大袈裟に肩をすくめた。
「…なにそれ、リーダーの仕事?クラス全員のメンタル管理?」
「違う」
否定が早く出た。
でも、その先の言葉が続かなかった。
川橋は俺の目をじっと見ていた。
逃げ道を塞ぐみたいに。
「晃さ、ずるいよね」
「…何がだよ」
「自分はふざけたら許されるくせに、他人のことはちゃんと見てるとこ」
その言い方が冗談じゃないことが分かって、俺は息が詰まった。
「見てねえよ、勝手にそう見えるだけやろ?」
「じゃあ朝、目逸らしたのなんで?」
図星を突かれた。
そもそも俺はこいつがみんなと違う理由を知っている。
俺は窓の外を見るフリをした。夕方の空は、昼よりも重たい色をしている。
「…見てほしくなかった?」
川橋の声が少し低く変わった。
「…僕さ、女子達といる時は平気なの。うるさくして、女っぽい仕草して、バカみたいに笑ってれば」
椅子が軋む音がした。川橋が立ち上がったのだろう。
「でもさ、晃にそれを見られたら。…なんか、全部嘘みたいな感じに思える」
気づいた時には、俺は川橋の方を向いていた。思ったより近くにいて、目を逸らす暇もなかった。
「…それ、俺のせい?」
「さあ」
川橋は笑った。でも、目は笑って居なかった。
「ねえ晃。僕がもしこのキャラ辞めたらどうする?」
答えなきゃいけない気がした。
でも、正解が分からなかった。
沈黙の中で、俺は初めて思った。
_守りたいんじゃない。
_失いたくないだけだ。
その感情が何なのか、名前をつける前にチャイムが鳴った。
2人は同時に何も言わずに、その音を聞いていた。
「…、とりあえず帰ろうや、チャイム鳴ったから」
「分かった。」
俺達は気まずい雰囲気のまま、教室を出た。




