【第一部完】堕ちた神童とリタイア勇者 ―それでも冒険は―
※この話で第一部は完結となります。
スパルディアは戦勝の喜びに包まれていた。
城の大広間では徹夜の宴。兵も反乱軍も市民も混じって肉を頬張り、酒をあおる。
ガルドは国王即位を断固辞退し、結局バルゴラスへ押し付ける形となったが――「初代国王の再臨だ!」と誰もが納得し、さらに盛り上がった。
その余波は翌朝にも残っていた。
◇
「……はぁ? 働け? やだね♡」
豪華なトレーを枕代わりに寝そべるリリア。ガムをくちゃくちゃ噛みながら、だらしなく足を組んでいた。
大広間は空の皿と酒瓶で散乱し、まだ人々は片付けに追われている。
「軍神殿。勝者の翌朝は鍛錬にあてるものだ。節度を持て」
バルゴラスが険しい声で諫める。だがリリアはにやりと笑った。
「ち、うっせーなぁ……やんのかコラ」
挑発。
親指で自分の胸を指し、肩を揺らして続ける。
「うちのガルド様が黙ってねぇぞゴラァ! 三下がヨォー!」
場が凍った。
ラッツとカイは呆れ、モルティナはおろおろする。
ただ一人、ルナリアだけが両手を組んで恍惚と呟いた。
「イキってて可愛い♡」
リリアはさらに勢いづく。腰に手を当て、足で机を蹴りながら声を張り上げた。
「おいバルゴラス! お前ごときがあたしに説教? 笑わせんな! この国はもう、うちのガルド様のもんだぞ! わかったら頭下げとけ、三下ぁ!」
「……確かに、黙ってられねぇな」
ガルドの声が低く響く。
彼は立ち上がり、黒銀剣の柄に手をかけた。
「えっ」一同が息を呑む。
カイが慌てて叫ぶ。「おいおい!リリア恋しさに頭やられたか!?」
だがリリアはにやにやと手を揉み始める。
「へっへっへっ。だってよぉ〜バルゴラスくんよぉ〜! ガルド様ぁ!やっちまってくださいよ♡」
媚びるような声で拝む仕草。ルナリアは涙ぐみ「尊い……!」と呟いた。
ガルドが剣を抜いた瞬間、大広間の空気は戦場に変わった。
◇
剣閃が走り、皿が砕け、壁のタペストリーが裂ける。
「ひぃぃ!ガルド様ぁ!? リリアを斬るのは違うっしょ!? 死ぬ死ぬ死ぬ!」
リリアは必死に媚びる。
「ほらぁ! 相手はバルゴラスくんでしょ!? リリアじゃなくて! ねぇ〜♡ ガルド様ぁ〜♡」
だがガルドは冷たい眼で一歩踏み込み、剣を振り下ろした。
「……あってるよ。てめぇと決着ついてねぇだろ、軍神リリア」
その一言で空気が変わる。
ガルドは、かつて「軍神リリア」と死闘を繰り広げた記憶を抱えたまま――今度こそケリをつけようとしていた。
「やっべ……マジで本気だこれぇぇ!!」
その瞬間、影が走った。
リリアは抱き上げられ、柱の陰に降ろされる。
「リリア、ここで待っててね♡」
囁いたのはルナリア。甘い笑顔は次の瞬間、怒りに歪む。
「お前……リリアに……何をするつもりだった?」
呼吸が荒くなり、矢羽を引き絞る。
「リ、リリアを……はぁ、はぁ……殺す殺す殺す殺す!!」
白銀の矢が放たれ、ガルドの剣と衝突。火花が散った。
剣と矢が交錯する轟音。
――ガルドとルナリアの戦いが始まった。
柱の陰でリリアは青ざめて震える。
「やば……ほんとに殺し合い……」
汗を垂らしながら、全力で駆け出した。
「……逃げなきゃ!」
夕日に向かって走り、城門を抜けるまで振り返らなかった。
――そしてリリアは三日帰らなかった。
◇
夜。焚き火のそばで鍋をつつく一行。
ラッツ「兄貴ぃ……やっぱちょっとやりすぎだったんじゃ」
ガルド「……うっせぇ」
ルナリアは涙目で叫ぶ。
「りぃりぃあああーー!!どこにいるのーー!?……全部、あなたのせいよ! せっかく結ばれたのに!」
ガルドは視線を逸らし、ぼそっと返す。
「……結ばれてねぇよ」
ルナリア「結婚式だっていつ挙げよーか相談してたのに!」
ガルド「……お前一人でだろ」
ルナリア「子どもは二人がいいねって言ってたのに!」
ガルド「……だからおま……」
ルナリア「うるさぁああい!殺す殺す殺す殺す!!」
ラッツ「……はあ、ここんとこずっとこれっすね」
モルティナ「……喧嘩、だめ」
カイ「しかしリリアの嬢ちゃん、どこ行ったんだろな」
その時、空を切り裂くように伝書フクロウが舞い降り、一通の手紙を落としていった。
ガルドが無言で拾い上げ、しばらく逡巡してから封を開く。静まり返った場に、彼の低い声が響いた。
――あなたたちなら、もう大丈夫。
魔王だって倒せるし、きっと世界に平和をもたらせる。
私がいなくても、みんななら前に進める。
……でも、ごめんね。
勇者一行を裏切って、剣を向けてしまったこと。
あの時はそうするしかないと思ったけど、それでも謝りたい。
一緒に旅した時間は、私にとって宝物だった。
本当にありがとう。
ps. 探さないでください。
読み上げが終わると、誰も言葉を発せず、ただ沈黙だけが広がった。
ルナリアの瞳は今にも涙で溢れそうになり、モルティナは胸に手を当て祈るように俯く。
ラッツとカイでさえ、気まずそうに視線を逸らしていた。
「……」
ガルドは黙ったまま、手紙を裏返す。そして、小さく鼻を鳴らした。
「……住所、書いてあるぞ」
「え?」一同が声を揃える。
ガルドは読み上げる。
「エルディナ王国、アストレア魔法学院……だとよ」
ルナリアは手紙を握りしめ、震える声で呟いた。
「……え、探しちゃだめって書いてあるのに住所……?どういうこと……そうか、これはSOSに違いないわ!」
「ほっとけよ、あんな馬鹿」ガルドは吐き捨てるように言った。
ラッツが鼻で笑う。
「SOSって……いやいや、凡ミスっすよ。探すなって書いてんのに住所フル記載とか」
カイも肩をすくめる。
「間違いなく凡ミスだな」
「……でも、でも、もしかしたら……」モルティナが不安げに声を漏らす。
ルナリアはぐっと顔を上げ、涙で濡れた頬を拭いながら叫んだ。
「バカはあなたたちよ!そんなわけないでしょ!早く助けに行くわよ!」
「……っち」
ガルドは短く舌打ちし、立ち上がる。
「わーったよ。行きゃいいんだろ」
その声音は不機嫌そうだったが、口元はほんの僅かに緩んでいた。
またリリアに会える――その事実を、彼自身も楽しみにしているかのように。
そして、低く呟く。
「……冒険が終わるのはまだ早いぜ、元勇者さんよ」
――リリア救出編? 再び。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
現在、第二部を準備中ですので、また続きでお会いできれば嬉しいです。
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