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第4章 ep.26 戦場を求めた王 ― 人型との激突

人の姿になったバルゴラスは、砂を踏みしめながら、ふっと目を細めた。

 その瞳は怪物の紅でもあり、人間の理知の輝きでもあった。


「……二百年ぶりですな。人として“立つ”のは」


 声は紳士的、だがどこか懐古の響きを含んでいた。


 ――スパルディア建国の英雄王。

 その名は歴史に刻まれ、人々に語り継がれてきた。

 剛腕で国境を守り、敵対勢力を退け、民に安寧を与えた。

 即位後も善政を敷き、税は軽く、飢饉には倉を開き、隣国とは融和を保った。


 だが、皮肉にも“善政”は彼を苛んだ。

 王の力を必要とする戦乱は訪れず、国は平和に満ち、民は彼を称えた。

 剣も拳も、振るう必要がなくなった。


(平和……ああ、なんと退屈な響きだ)


 夜な夜な、彼は玉座に座しながら考えた。

 己が愛してやまないもの――それは戦争だった。

 戦場でのみ心臓は鼓動し、魂は舞い、己は己であれた。


 ある夜、玉座の間に声が響いた。

 ――魔王の声だった。


『お前の行き場は戦場にある。

 安寧の王ではなく、修羅の闘将として生きろ。

 我が復活の日まで眠り、再び戦場を与えよう』


 その声は甘美で、残酷で、真理だった。

 彼は涙すら流して感謝した。


「……ようやく、私は還れる」


 翌朝、国政を後身に託し、英雄王は姿を消した。

 魔王への服従を誓い、深き眠りにつき――二百年。

 勇者召喚の余波で目を覚まし、戦場の匂いを嗅ぎつけて舞い戻ったのだ。


「勇者殿。あなた方の剣が、私を“呼んだ”。

 ならば、全てをもって応じよう」


 彼の眼は歓喜に濡れ、拳を握るだけで闘技場の砂が震えた。


 リリアの号令が響く。

「――前衛位置固定。右斜め、十度回避で受け流せ」


 だが、その声より早く、バルゴラスの姿が消えた。


「なっ――!?」

 ガルドの視界に映ったのは、黒い残像。

 次の瞬間、横合いから拳が突き抜ける。


 剣で受ける。

 衝撃が刃を通じて肩に走り、骨が悲鳴を上げた。

 昨日までの巨体では考えられない速度。

 圧倒的な筋力はそのままに、機動が軽やかになったのだ。


「が、はっ……!」

 剣を弾かれ、ガルドは後方に吹き飛ぶ。砂を転がり、肺から息が抜けた。


 リリアが冷静に叫ぶ。

「後退禁止! 反撃準備、構えを崩すな!」


 だが声が届く前に、バルゴラスの拳が二撃、三撃と襲い掛かる。

 その速さは、指揮のテンポを追い越していた。


「くっそおおおお!」

 ガルドは咆哮し、必死に刃で受ける。

 残光が走るが、振り抜く前に次の拳が迫り、軌跡を途切れさせられる。


「勇者殿! 速さへの適応は如何ですかな!」

 バルゴラスは笑い、拳を交差させて連撃を繰り出す。

 一撃ごとに砂が爆ぜ、衝撃波が観覧席へ届く。


 ラッツが青ざめて叫んだ。

「や、やべぇよ兄貴! 完全に速さ負けしてる!」


 モルティナは盾を抱え、喉を詰まらせる。

(ガルド……あの速さじゃ、リリアの指揮も間に合わない! どうすれば……!)


 カイは冷静に状況を見ながらも、拳の雨に押される仲間を前に歯を食いしばるしかなかった。


 ガルドの胸に、焦りが募る。

(くそっ……! さっきまでのデカブツなら、リリアの号令で押し切れた。だが今は……!)


 リリアの声は届いている。

 だが、それを身体に落とす前に次の一撃が来る。

 剣を振るう暇も、呼吸を整える余裕も削られていく。


「強い……! だが……まだだ……!」

 ガルドは荒い息を吐き、必死に一撃をいなす。

 刃が拳を擦り、火花が走る。

 その火花の光に、リリアの姿が一瞬だけ映った。


(……あの頃のお前は、笑ってたんだ。冗談ばっかり言って、俺をイラつかせて……それでも、背中を押してくれてた。

 今は冷たい軍人の顔でも……背中を押してくれることは変わらねぇ!)


 折れそうになる心を、ガルドは拳を握ることで繋ぎ止めた。


「さぁ、もっと舞いましょう、勇者殿!」

 バルゴラスの拳が正面から迫る。

 黒い残像が幾重にも重なり、避けたと思った位置に拳が届く。

 その速さは、人の視覚の限界を凌駕していた。


 剣と拳が再び交錯する。

 ガルドの腕が痺れ、砂に膝がめり込む。

 だが、眼光だけは死んでいなかった。


(負けねぇ……! こんなところで、俺は止まれねぇんだ!)

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