第4章 ep.16 三日間の準備 ― 作戦会議
反乱軍の野営地。
止血を受けたルナリアは、血の気を失った顔で寝台に横たわっていた。
「……リリアは、ただの副官じゃなかった」
声は弱々しいが、その瞳は鋭さを失っていなかった。
「ブートキャンプ。あの地獄で、兵たちは洗脳に近い形で叩き込まれる。
筋肉を研ぎ澄ますことだけを目的に、一日を何十もの号令で管理されるの。
寝ても、食べても、呼吸すらも号令の一部になる……」
ルナリアは唇を震わせる。
「リリアは……その短期間で、軍神と崇められる“忠実なしもべ”に作り変えられた。
バルゴラスの仕組んだ、恐怖と統制の産物よ」
焚き火の炎が、仲間たちの顔を赤く染めた。
誰もが言葉を失い、ただ拳を握り締める。
重苦しい沈黙の中、全員の胸にバルゴラスへの憎悪が募っていった。
静寂の中で、バルドが震える声を漏らした。
「……あれが、本当のリリア殿の“軍神”の力なのか……?」
誰もが黙り込んだ。
ガルドは奥歯を噛み、声を絞り出す。
「……ああ。剣の腕なら、俺が正面から押し勝てるはずだった。
なのに……兵を率いた瞬間、強さがまるで別物になりやがった」
モルティナが悔しげに唇を噛む。
「精鋭兵たち、一人ひとりは普通の兵士と大差ないのに……。
彼女の号令で、まるで“軍団”そのものが巨大な生き物になってた」
カイが真剣な顔で付け加える。
「兵士たちが同時に反応し、穴を塞ぎ、槍を突き出す。
“人間の限界反応速度”を超えてた……。
あんな芸当、個の力じゃ不可能だ。
リリアは、兵の神経を一つに繋ぐみたいに支配してるんだ」
誰もが言葉を失った。
勝てる気がしない――その感覚だけが胸を圧迫する。
ガルドは拳を震わせ、焚き火を睨みつける。
「……くそっ。
あんな化け物じみた力があるなら……なんで今まで見せなかったんだよ、リリア!
なんでいつも、俺たちと同じ速さで、同じ飯食って、同じ汗流して……“ただの仲間”みたいな顔してたんだよ!」
声が掠れ、拳が血をにじませる。
「本気を出されたら……俺は、仲間として立ってられねぇだろ……」
仲間たちもまた、胸を痛めるように沈黙した。
リリアが普段“セーブ”していた理由は、もはや痛いほど伝わっていた。
彼女は仲間の歩幅に合わせるために、自分の翼を畳んでいたのだ。
だからこそ、今の軍神の姿が余計に残酷に映った。
夜、反乱軍の仮設テントに全員が集められた。
地図の上には駒が並び、ルナリアが弱々しい声で説明を始める。
「……リリアは兵を一つの体に変える。“軍神”の号令下では、連携の精度が人の限界を超えるの。
勝つには、指揮官そのものを止めるしかない」
モルティナが真剣にうなずく。
「つまり……リリアを無力化する方法を考えなきゃならないってことね」
カイも腕を組み、珍しく真面目な声を出した。
「正面からぶつかれば、兵の数で押し潰される。
こちらが勝つには、奇襲か、精神的な揺さぶりが必要だろうな」
テント内には重苦しい空気が漂った。
その時、反乱軍の一人が腕をぶんっと振り上げた。
「ならば我らの秘策を! “上裸奇襲”だ!」
「おい待て、何言ってんだ」カイが呆れ顔で突っ込む。
「まず全員で上半身を脱ぎ、油を塗って月光に反射させる!
敵の目をくらませ、その隙に突撃!」
隣の兵士が真顔でうなずく。
「あるいは“控えめ雄叫び波状攻撃”も有効では?
“いち……に……”のリズムで敵の鼓膜を震わせ、平衡感覚を狂わせるのです!」
驚いた顔で感心する正面の兵士。
さらに別のマッチョが拳を握り締める。
「最終兵器――三時間目のスクワットをここで解禁すれば!」
「禁止だ! 筋肉法違反だ!」
会議は一瞬で筋肉祭りに変わり、真面目な空気は吹き飛んだ。
騒がしい議論の中、ガルドはこめかみを押さえた。
頭痛がずきずきと響き、苛立ちがこみ上げる。
(ったく……なんでいつもこうなるんだよ。
本気でリリアを救おうって場面で、油塗ってどうする。
けど……これが俺たちなんだよな。
リリア、お前も笑ってただろ? 俺たちの馬鹿げた作戦会議を……)
剣を握る拳に力を込め、胸の奥で静かに誓った。
(必ず取り戻す。軍神なんて仮面を剥いで……“仲間のリリア”を)




