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第4章 ep.13 軍神の素顔

 城門前で火花が弾け、ガルドたちの咆哮が夜を震わせる。

 その音を背に、ルナリアとラッツは闇に溶け込んでいた。


 石畳の隙間に隠された鉄格子を外し、二人は地下水路へと滑り込む。

 湿った空気、腐葉土の匂い、そして冷たい水音。

 ラッツは思わず息を詰めた。


「つ、冷た……! こ、これホントに見つからないのか?」

「声を落とせ。水音に紛れる」

 ルナリアの返事は淡々としている。


 彼女が進むたび、足音が一切しない。

 水に沈む石の上を渡っているはずなのに、まるで影そのものだった。


「な、なんでそんな音しないんだ……」

 ラッツが恐る恐る真似すると――

 不思議なことに、自分の足音も薄れていく。


「……え、今、俺……消えてる?」

「素質はある。気配を塗りつぶす感覚を覚えろ」

 ルナリアがちらりと銀の瞳でこちらを見る。

 その一瞬に、ラッツの背筋を冷たいものが走った。


(お、俺、いるじゃん……! いつも“空気”とか言われてたのに……!

 消えるの、俺得意じゃん!!)


 感動しかけたラッツを、ルナリアの手が制した。

 前方から複数の松明の明かりが差している。


「――敵がいる。静かに」


 二人は石柱の影に身を寄せ、息を殺す。

 水路を見張る兵士たちが、松明を片手に巡回していた。


「見張り三人。動きは単調。合図をしたら、同時に落とす」

「お、俺もやんのか!?」

「やる。できる。……お前の気配は、今は私にも見えない」


 ラッツの胸がドクンと高鳴る。

 ルナリアの瞳は真剣そのもので、そこに“空気”扱いの侮蔑は欠片もない。


「……わ、わかった。やってやるよ」


 松明の灯りが近づく。

 ルナリアが指を二本立て、影の中で小さく振る。

 ラッツは喉を鳴らし、短剣を握り直した――。


 巡回兵の松明が、暗い水路をじりじり照らす。

 ルナリアが小さく指を振った。


「二人、右を私が。残り一人は――お前」


「お、俺!?」

 ラッツの喉がひゅっと鳴る。

 だが銀の瞳は揺るがない。

「お前は“消えて”いる。いまなら刺せる」


 鼓動が耳に響く。

 足は震えているのに、不思議と相手の背中が大きな的のように見えた。


(……いける。今なら、俺にしかできない!)


 兵士が通り過ぎた瞬間、ラッツの影が滑った。

 短剣が水面を切り、わずかな波紋すら音にしない。


「っ……!」

 兵士の口を手で塞ぎ、喉元へ鋭く刃を押し込む。

 力を入れすぎない。必要な分だけ――ルナリアが言った通りに。


 呻き声は出ない。

 兵士の体が沈む前に、ラッツは静かに支え、音もなく壁際へ横たえた。


「……や、やった……? 俺、やったぞ……!」

 短剣を握る指先が震えている。

 だが、今までの“空気”とは違う震えだった。


 ルナリアは無言でうなずいた。

「悪くない。今の一撃……気配を殺せていた」


 その言葉に、ラッツの胸がじんと熱くなる。

(俺……ほんとに“空気”じゃないのか? 忍べるのか……!)


 残る二人の兵士は、次の瞬間にはルナリアの銀閃に沈んでいた。

 矢より速い一撃。滑らかに心臓を貫き、血飛沫すら散らさない。


「……見たか。これが暗殺の基本だ。お前も学べ」

 ルナリアは血を払うと、ラッツに短剣を返す。

「お前の刃は、まだ拙い。だが……影には馴染む。珍しい才だ」


 ラッツの唇が震える。

「……俺、もしかして強くなった?」

「強くない。“強くなれる”だ」


 短い言葉に、彼の胸は今までになく高鳴った。


地下水路を抜け、鉄格子を開け放った先。

 灯火に満ちた石室の中央――そこにリリアはいた。


 椅子に腰掛け、足を組み、背筋を反らした姿。

 まるで捕らわれの身などではなく、軍を統べる将校そのもの。


「……リリア!」

 ルナリアが駆け寄ろうとした瞬間、冷たい声が室内を切り裂いた。


「――まんまと罠にはまったな、糞虫ども」


 空気が凍った。

 ラッツが硬直したまま口を開く。


「え、あ、あの……姉御? な、何の冗談っすか? またいつものおふざけでしょ、ほら、さっさと帰りま――」


「誰が発言を許可した、糞虫ぃいいい!!」


 雷鳴のような怒声が響き渡り、ラッツは腰を抜かした。

「ひぃいぃっ!!」


 そこに立っていたのは、仲間のリリアではなかった。

 顔も声も同じはずなのに、纏う威圧感は軍神のそれ。

 瞳は冷たく研ぎ澄まされ、声は鉄槌のように重い。


「……あの雌豚――銀髪のエルフが潜入した時点で、警備体制はすでに変更されていた。

 そして貴様らが来ることも見越し、陽動作戦に踏み切ることも計算済み。

 各戦力を分断し、個別撃破するため――あえてここまで通したのだ!」


 その言葉に呼応するように、部屋の四方の暗がりから重装兵が現れる。

 全員が無言、だが鎧の紋章はバルゴラス直属の精鋭部隊。

 刃の群れが、彼らを包囲していた。


「違う!リリア!」ルナリアが一歩前に出る。

「もう、無理しなくていいのよ! その演技も、強がりもやめて!」


 だがリリアは冷笑を浮かべる。

「演技などではない。私は――リリア・マッスル軍曹……いや!」


 椅子を蹴って立ち上がり、軍帽を整える。


「スパルディア副官、リリア・マッスル少佐だ!!」


 咆哮が石室を震わせた。

 その声音は、もう“仲間のリリア”のものではなかった。

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