第4章 ep.6 小さき拳 ― ラッツVSバルド
土俵の中央で、巨躯の戦士バルドが仁王のように立ち尽くしていた。
その足元には、意識を失ったガルドの姿。
誰もが息を呑み、次の戦士を待つ。
沈黙を破ったのは、か細い声だった。
「……俺がやるっす!」
よろめく足取りで、ラッツが土俵に飛び込んだ。
小柄で、頼りなさげで、全身が震えている。
だがその眼差しだけは、火を宿していた。
「ラッツ!? 無茶だ!」
カイが思わず叫ぶ。
「あなたじゃ相手にならない!」
モルティナも制止しようとする。
それでもラッツは首を振った。
「だって……兄貴が、あそこまでやったんすよ!
俺だって仲間だ! 何もできねぇなんて嫌だ! せめて一発でも……ぶん殴ってやるっす!」
バルドは沈黙し、やがて重々しく頷いた。
「……よかろう。スパルディアの戦士は挑戦を拒まぬ。
小兵であろうと、勇気を示す者には全力で応じる」
その言葉に、ラッツの心臓が跳ねる。
恐怖と誇りが同時に燃え上がり、拳を固く握った。
合図もなく、バルドの巨体が迫る。
地を割るような踏み込み。圧力だけで肺が潰れそうになる。
「で、でけぇ……!」
それでもラッツは拳を振るった。
豆粒のような打撃。だが真正面からぶつけた。
バルドは驚いたように目を細め――その拳を受け止めた。
「……確かに届いたぞ」
次の瞬間、鉄拳がラッツの腹を抉った。
体が折れ曲がり、土俵に転がる。
肺が焼けるように痛い。それでも、膝を震わせて立ち上がった。
「まだ……終わってねぇっす……!」
(……俺、最初はあにきが大っ嫌いだった……)
ギルドにいた頃、いつも殴られ、いびられて。
勇者になったと聞いたときは、心底妬んだ。
でも――その背中を見続けて思ったんす。
勇者は、この人しかいない。
俺も……この人の力になりたいんだ。
バルドの掌底が顔を打ち抜き、ラッツは再び倒れる。
血と砂を吐き、視界が滲む。
それでも、手をつき、再び立つ。
(モルティナは最初からリリアのお気に入りで……女の子なのにタフで……。
力も体力もない俺と比べて、ずっと恥ずかしくて、悔しくて……でも、憧れてたんすよ)
(守られるだけじゃ嫌だ。俺だって……誰かを守れる人間になりたい!)
横からのラリアット。
視界が真っ白に弾け、再び大地に叩き伏せられる。
それでも立ち上がる。
「はぁっ……まだ、立てるっす……!」
(カイさんは軽口ばっかりで信用できねぇ奴だって思ってた。
でも……あの人の武器があるから、みんな戦えてる。
だったら俺も……みんなが戦える理由になりたい!)
鳩尾に拳を食らい、膝が折れる。
吐血しながらも――ラッツは最後の力で立った。
(姉御……俺はあんたに巻き込まれただけ。
でも、一目置いてるって言ってくれたの……すげぇ嬉しかったんす)
(ビビりの俺でも、胸を張って言いたい。
“あんたを守れる仲間だ”って!)
「まだだぁぁぁぁッ!!」
血に濡れた拳を握り、最後の突撃を見せた。
決着
小さな拳が、バルドの胸板に突き刺さる。
豆粒のような打撃。だがその一撃は、魂を込めた一発だった。
バルドはしばし黙し、やがて視線を落とした。
己の拳を見る。
拳皮は裂け、血が滲んでいた。
「……見事だ」
重い声が響く。
「私の負けだ。拳が……腕がもうあがらん」
仲間たちが息を呑む。
「真の戦士とは、強さを求めるもの。
だが私はいつしか筋肉ばかりを追い、本懐を忘れていたのかもしれん……」
バルドは膝をつき、深く頭を垂れた。
「小兵よ――いや、勇者の仲間ラッツよ。お前こそ真の戦士だ」
ラッツは拳を握ったまま、がくりと膝を折る。
だが、その顔には確かな誇りが宿っていた。
(やっと……俺も、守る理由になれたっす……)
そのまま意識を失い、静かに土俵に倒れた。




