第4章 ep.5 鉄槌の兄 ― バルド登場
ゴルドが倒れ、土俵の外に転がった瞬間――。
観客のように見守っていたもう一人の巨漢、兄バルドがゆっくりと歩み出る。
その歩幅は大きくない。だが、一歩ごとに地面が震え、観る者の肺を圧迫するような重圧があった。
全身を鎧う筋肉は弟よりもさらに厚く、しなやかさを伴っていた。まるで鍛え上げられた戦神が人の姿を取ったかのよう。
「見事だ、弟を退けたか」
声は低く、重く、よく響いた。
「だが、スパルディアの誇りを背負うのは俺だ。勇者よ、連戦で挑むことになるが……手加減は侮辱。全力でいかせてもらう」
ガルドは荒い呼吸を整えようとするが、胸が焼けるように熱く、足も鉛のように重い。
「……ちっ……言われなくても……やるだけだ」
吐き捨てるように言い、拳を握り直した。
次の瞬間。
バルドの巨体が視界から消えた。
「――ッ!?」
ガルドが反応した時には、拳が目前に迫っていた。
轟音。
衝撃が腹をえぐり、体が宙に浮く。
だが、必死に足を引っかけて場外に出るのを堪えた。
「ぐ、うぅぅぅ……!」
胃液が込み上げ、膝が笑う。それでも踏ん張る。
畳みかけるように張り手。ショートアッパー。膝蹴り。
どの一撃も決定打になり得る重さ。
ガルドは腕でガードし、肩をずらし、体を捻って受け流す。
しかし防戦一方。攻め手に転じる隙がない。
「どうした! その程度か!」
バルドの声は、叱咤というよりもむしろ期待に満ちていた。
(……剣なら、どうする……?)
ガルドの意識が研ぎ澄まされていく。
呼吸の乱れ。足運びのわずかな偏り。
バルドの巨体の隙を――“剣筋”の感覚で探り当てる。
そして、ほんの一瞬。
踏み込みが浅くなった瞬間に、ガルドの拳が閃いた。
「おおおッ!」
剣のカウンターを模した突き。
拳が顎をかすめ、バルドの巨体がわずかに揺れた。
「……効いたぞ!」
バルドが笑みを浮かべる。
「やるではないか!」
だが、顔色ひとつ変えず立つその姿は、まるで鉄壁。
汗を流し、拳を震わせるガルドとの落差は残酷なまでに明らかだった。
「ちっ……やりきったのに……これかよ……!」
悔しげに歯を食いしばるガルド。
次の瞬間――。
バルドの右拳が稲妻のように閃いた。
ひと突き。
ただの拳とは思えぬ速度と鋭さ。
衝撃波のようにガルドの胸を撃ち抜き、その体を吹き飛ばす。
「うわああああっ!」
土俵の縁まで転がり、かろうじて足を引っかけて踏みとどまる。
観客席から悲鳴が上がる。
「……あ、兄貴ぃ……!」
ラッツが泣きそうな声で叫ぶ。
「……もう終わりだ」
バルドは腕を下げ、重々しく言った。
「いい勝負だった」
ガルドは土俵に立ったまま、震える足を支えきれず――
そのまま意識を手放した。
膝を折ることすら許さず、立ったまま崩れ落ちる。
「勇者は倒れた! 次の戦士、前に出よ!」
バルドの声が響き渡る。
「お、おいおい……どうすんだよ……!」
カイが叫んだ。
モルティナが一歩踏み出そうとする。
「私が……」
だが、その前に小柄な影が割り込んだ。
「俺が行くっす!!」
ラッツが拳を震わせ、真っ直ぐにバルドを見据えていた。




