第3章 ep.19 四天王バルゴラス
女神の声が工房を震わせた。
『勇者ガルド……四天王バルゴラスが接近しています! い、今のあなたたちにはまだ早い! ……えっ、その剣は……!? そ、それアルテマウェポン級!? なんで序盤で完成してるの!? あなた、また何かやらかしたでしょ!?』
隅に転がっていたリリアが、半べそをかきながら手を挙げた。
「だ、だってぇ……バルゴラスこわいんだもん……修行とかめんどくさいし……てっとりばやくつよくなりたかっただけじゃん……ぐすっ」
その時、工房の外から大地が低く唸った。
黒いひび割れが走り、瘴気が吹き出す。
ただ吸い込むだけで心臓を鷲掴みにされるような圧力。
荒野が裂け、夜空を背に巨影が姿を現した。
漆黒の鱗に覆われた筋骨隆々の戦士。二本の角、巨大な翼、燃える眼光。
――四天王の一人、バルゴラス。
「初めまして、勇者御一行様。私は四天王バルゴラスと申します。……よしなに」
意外にも丁寧な挨拶に、一瞬だけ空気が緩む。
「おいおい……四天王様がわざわざ俺らに何の用だ?」
ガルドが剣を構え、問いかける。
「ふっふっふ。上官たるもの、自ら先陣を切るのが務めであります。それに――あなた方は大分お強い。部下を死地に送るなど愚行でありましょう」
「たしかに!」とリリアが反射的に頷き、
「黙ってろ!」とガルドがすかさず怒鳴った。
「まぁいい。ちょうどお前んとこに殴り込みに行く予定だった。省けて助かるぜ。……腕のいい職人に会ってな、こいつで試し斬りさせてもらう!」
ガルドが《ソル・エクリプス》を肩に担ぎ、残光を走らせる。
「おお! 喜んでいただけましたか!」
バルゴラスの口角が吊り上がる。
「その意気やよし――では、参りますぞ!」
夜の荒野で、剣と拳が衝突した。
ガルドが一閃すると、黒炎が閃光へ変わり、空に残光の軌跡が咲く。
大地に紋様が走り、衝撃で岩盤が弾けた。
「すげぇ……これが、俺の剣……!」
刃が心臓の鼓動と同調する。斬るほどに体が軽くなる。
「むぅ……!」
バルゴラスの巨体が初めてよろめいた。
すかさずモルティナが盾を掲げる。
「はああああ!」
《アイギス・オブ・フェイス》の女神紋が輝き、巨腕の拳骨を正面から受け止めた。
轟音が荒野を揺らす。
岩山を砕く威力が、光に弾かれて四散する。
盾越しに全身へ温かな力が流れ込み、仲間を守る意思がさらに強くなる。
「……受け止めた……!」
モルティナが震える声でつぶやいた。
その間も、ガルドの《ソル・エクリプス》は残光を重ね、夜空を赤黒い軌跡で染め上げる。
光と炎が乱舞し、まるで勝利の幻想が目の前に広がっていくようだった。
「いける……! このまま押し切れる!」
――しかし。
「……ふむ、見事。だが……まだ余興」
バルゴラスの傷が赤黒い瘴気で瞬時に塞がった。
圧倒的な再生力。
「勇者殿。ここからが本気であります」
翼が一閃する。
竜巻の衝撃波が荒野を薙ぎ払い、仲間たちを吹き飛ばした。
モルティナは盾で必死に受け止めるも、あまりの重さに膝を沈める。
「くっ……う、重い……!」
ガルドが飛び込み、斬撃を畳みかける。
だが巨体を貫けない。
「遅い」
低い声と共に、バルゴラスの手刀が突き出された。
ガルドの胸に直撃し、内臓を揺さぶる衝撃が走る。
「ぐはっ……!」
血を吐き、膝をついた。
「勇者よ、称賛に値する力だ。だが、まだ及ばぬ!」
バルゴラスが拳を振りかぶる。
とどめ――そう思われた瞬間。
轟音。爆炎。
直撃したのは――ガルド。
「がっ……!」
血煙の中に崩れ落ちる。
静まり返る戦場に、リリアがすてすてと歩み出てきた。
口元を歪め、媚びるように両手をすり合わせる。
「ぐへへぇ! やりましたよ、バルゴラス様! 勇者のクビ、ご所望でしたよね!? 肩とかこってません? お揉みしましょうかぁ?」
一同、沈黙。
「お……おい、リリア……てめぇ……」
血に染まりながら、ガルドがかすれ声で吐き出す。
バルゴラスの眼が血走った。
「……き、貴様ぁーーッ!!!」
「は、はいぃっ!」
リリアが直立不動で震える。
「仲間を売るとは何事だ! 戦士の真剣勝負を汚すなど言語道断! その卑しい性根、叩き直してくれるわ!」
バルゴラスが咆哮し、翼を広げる。
次の瞬間、巨大な爪でリリアを掴み、空へと舞い上がった。
「ひぃぃぃーーーッ! 許して! 本当にごめんなさぁーーい!」
リリアは鼻水と涙を撒き散らし、もがき叫ぶ。
「ガルド! なにやられてんの!? さっさと助けなさいよぉぉぉ!」
ガルドは地に伏したまま、遠ざかる姿を見上げる。
「……そういや……あいつにやられたんだったな……」
荒野に残された仲間たちを、沈黙が包んでいた。




