第3章 ep.6 ミスリルコータス戦
轟音とともに、巨体が姿を現した。
ミスリルコータス――その名の通り、甲羅は白銀を超えた輝きを放ち、太陽の光を跳ね返す。その表面はひび割れ一つなく、まるで神が鍛えた鎧のようだった。ひと息吐くだけで熱波が立ちのぼり、岩場の空気は一瞬にして灼熱に変わる。
「……でっけぇ」
ラッツがごくりと唾を飲む。
「油断すんな」
ガルドは剣を抜き、鋭く睨む。
「ただのカメに見えても、あの殻は要塞だ」
ミスリルコータスが低く唸り、赤い瞳が三人を射抜く。
次の瞬間――口から灼熱の炎が奔流となって迸った。
「モルティナ!」
ガルドが叫ぶより早く、彼女は盾を構え、巨体の前に立ちはだかった。
「ううっ……!」
盾に火炎が直撃し、轟音とともに火花が散る。砂浜の黒岩が瞬時に赤熱し、ひび割れる。
モルティナの腕は痺れ、膝が沈む。それでも歯を食いしばって立ち続けた。
「今だ!」
ラッツが影のように走り出し、岩陰から飛び出して短剣を突き立てる。狙うは関節部――甲羅に覆われていない、わずかな肉の隙間だ。
刃が突き刺さり――弾かれた。
火花を散らして刃は折れ、乾いた音とともに跳ね返る。
「なっ……!?」
ラッツは目を見開き、呆然とした。
「柔らかそうなとこすら硬ぇのかよ!」
ガルドが怒号とともに突進する。剣閃が風を裂き、巨獣の前脚を斬り上げる。
しかし――斬撃は表面を撫でるだけで、火花を散らすにとどまった。
「ちっ……!」
弾かれた反動で腕が痺れ、思わず後退する。
その隙にミスリルコータスが巨体を揺らした。
地響きが走り、岩場が割れる。
衝撃波にラッツが吹き飛び、モルティナが盾ごと押し戻された。
「こいつ……防御も攻撃も桁違いだ!」
ラッツが砂まみれになりながら叫ぶ。
「落ち着け!」
ガルドが吼える。
「俺たちは今までだって勝ってきたはずだ! 思い出せ!」
炎狼との戦い――力押しではなく、ラッツの奇襲が決め手になった。
砂竜との戦い――モルティナが時間を稼ぎ、ガルドが必殺を叩き込んだ。
チームで連携し、隙を作る。それが自分たちの戦い方だった。
「ラッツ! 囮になれ!」
「ひっ!? ま、またっすか!」
「モルティナ! 前を抑えろ!」
「うん!」
三人の動きが重なった。
ラッツは石を投げつけて巨獣の視線を引きつけ、すぐに横へ跳ぶ。ミスリルコータスの頭部がわずかに振り向き、炎の軌道が逸れた。
その隙を突いてモルティナが突進し、盾で押し返す。甲羅と盾が激突し、火花が散った。巨体がわずかに体勢を崩す。
「今だ、ガルド!」
モルティナの叫びに合わせ、ラッツが背後から脚へと飛びついた。短剣の残骸で必死に引っかき、動きを鈍らせる。
ガルドの視界が開ける。
「……ッ行くぞ!」
深く息を吸い、剣を高く掲げた。
《残光連断・一心》
踏み込み――一閃。
刃が走るたび、光の軌跡が空間に残る。
一閃、また一閃。
残光は消えず、幾重にも折り重なっていく。
刃は疾風のように加速し、目では追えぬ速度で斬撃を重ねた。
残された光の線が幾十にも交差し、宙に巨大な文様を描き出す。
――そして最後の一歩。
ガルドは息を吐き、一心を込めた渾身の一撃を振り下ろした。
散り散りだった残光が一点に収束し、凄絶な閃光となって巨体へ叩き込まれる。
「二の型――《残光連断・一心》ッ!!」
大気が裂け、雷鳴のような衝撃が響き渡った。
砂煙が舞い、岩が砕ける。
ラッツが叫ぶ。
「……やったか!?」
煙が晴れた先に立っていたのは――甲羅にひび一つ入っていない、悠然とした巨体だった。
「……嘘だろ」
ガルドの瞳が揺れる。
ミスリルコータスはゆっくり首を振り、赤い瞳で彼らを見下ろす。
その甲羅は、ほんの傷跡すら見せていなかった。
「《残光連断・一心》すら……通じないのか」
ガルドが呆然と呟く。
「じゃ、じゃあ俺ら、どうすんの!?」
ラッツが悲鳴を上げる。
「……硬すぎる」
モルティナは盾を握り直し、汗を滴らせながら低く唸った。
三人の工夫も連携も、すべてが無力化された。
これまで勝利を積み重ねてきた勇者たちの技も――ミスリルコータスには、傷ひとつ付けられなかった。




