第3章 ep.4 ーサブクエストー ビーチの危険区域へ
炉の火が静かに揺れ、工房に一時の沈黙が訪れていた。
呪いの大剣騒ぎも収まり、ガルドは深いため息をついて鞘を軽く撫でる。リリアは頬をふくらませたまま椅子にふんぞり返り、ラッツは気まずそうに周囲をうろうろしている。モルティナだけは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「……まあ、仕切り直しだな」
ガルドが低く呟くと、リリアはわざとらしく鼻を鳴らす。
「ふん。そうね。……でさ、本題に戻るんだけど」
リリアが机に肘を突き、工房のカウンターに身を乗り出した。
「アダマンタイトシリーズ探しにきたんだけど? ないの?」
「ア、アダマンタイト!?」
カイが思わず工具を落とし、目を剥いた。
「おいおい、冗談だろ。アダマンタイトなんざ伝説級の素材だぞ。あるわけねぇ!」
「えーーー!」
リリアは椅子の背もたれにどかりと寄りかかり、天井を仰ぐ。
「あっ、そういやゲームだと終盤で作る武器だったわ。……しまった、来るの早すぎたか」
「終盤?」
ラッツが首をかしげる。
「姉御、その“終盤”ってどこのこと言ってんすか。俺らの冒険、まだ序盤も序盤っすよ」
モルティナは小さく呟いた。
「アダマンタイト……おいしそー!」
「おいおい、勘弁してくれ」
カイは額を押さえながら苦笑する。
「じゃあさ!」
リリアが勢いよく身を乗り出した。
「一振りで山がえぐれる剣とか! 物理無効の防具とか! そういうのないの!?」
「あるかぁ!」
カイが即答した。
「……少なくとも、今の俺には作れねぇ」
「は? なんでよ」
「素材がねぇんだよ」
カイは真剣な眼差しを向け、炉の火に照らされる横顔がいつになく職人らしかった。
「ビーチの危険区域に“ミスリルコータス”って魔物がいてな。そいつの殻を素材にすりゃ、最高の一振りが作れるんだが……」
「ミスリルコータス?」
ラッツが首をかしげる。
「鈍間そうな名前だろ? だがあいつはレベル60前後の化け物だ。殻はミスリルより硬くて、下手な剣じゃ傷ひとつ付けられねぇ。リゾート地帯だから討伐に行く冒険者も少なくて、素材はまるで流通してない」
「なるほどー!」
リリアがパチンと指を鳴らした。
「サブクエストね。それなら問題ないわ。この子たちが倒してくるから!」
「こいつらって……俺ら!?」
ラッツが素っ頓狂な声を上げる。
「おいおい、正気かよ」
カイは呆れ果てた顔をした。
「勇者でもなきゃ無理だぞ」
「勇者だもん、ほら」
リリアはガルドたちを顎で指した。
「はぁ?」
カイは頭を掻く。
「まあ、兄ちゃん(ガルド)はそこそこやれそうだが……。ミスリルコータスは素早くねぇから、逃げるくらいはできるだろ。……やってみな」
ガルドは静かに頷いた。モルティナは「素材が手に入れば……私の盾も強化できるかも」と目を輝かせる。
一方、ラッツは青ざめた。
「マジすか……。いやでも、姉御も一緒に――」
だがリリアはぷいと顔を背け、腕を組んだ。
「鈍間なカメくらい勇者なら倒せるでしょ? あたしは行かなーい!」
「……ふん。お前、いつもなにもしてねぇだろ。俺らだけで十分だ」
ガルドが挑発的に言い放つ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
ラッツが慌てて割って入った。
「姉御いないと心配だよ! ガルドの兄貴、謝ってくれ! 不機嫌なの、兄貴のせいなんだから!」
「俺のせいじゃねぇだろ。元凶はこのバカ軍神だ」
「謝ったほうがいいと思うよ~。みんな仲良くしよ!」
モルティナがおっとり笑う。
リリアの耳がピクリと動いた。
「はーい!……あっ、ふんっ」
反射的にモルティナの言葉を受け入れそうになり、慌てて踏みとどまる。
「……しょうがねぇな。わるかったよ」
ガルドが渋々と呟いた。
リリアはじっと見つめて――
「……若い?」
「は?」
「私って若いよね?」
「…………」
「若いよね!? リピート・アフター・ミー! WA・KA・I!」
「…………」
「行ってらっしゃい♡」
リリアはふっと肩の力を抜き、空気に溶けるように存在感を消した。
「姉御ぉーー! 何やってんすかガルドの兄貴!」
ラッツが泣きそうな声を上げる。
「……だってむかつくんだもん」
ガルドはそっぽを向いた。
モルティナは苦笑を浮かべ、背の盾を軽く叩いた。
「まあ、行こっか。素材を持ち帰れば……リリアさんもきっと機嫌直すよ」
「はぁ……俺らでやるしかねぇか」
ラッツが肩を落とす。
三人は潮風を受けながら、工房を後にした。
炉の火の音が遠ざかり、代わりにビーチのざわめきが耳に届く。
リゾート客の笑い声を背に、彼らは次第に人影の少ない小道へと進んでいった。
その先は“危険区域”――ミスリルコータスの住処。
勇者と仲間たちの小さなサブクエストが、今まさに幕を開けようとしていた。




