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第2章 ep.13 戦利品と晩餐

夜風に金の匂いが混じっていた。

 ガラガラと荷車を押す音、麻袋がこすれる音、カチャカチャと金貨が歌う音。

 ――勇者一行は、カジノのVIPルームから**戦利品(=不正蓄財)**を根こそぎ引っこ抜いて、モルティナの家へと戻ってきた。


「ただいまー!」

 真っ先に飛び込んだのはリリア。工房の床に麻袋をどさっと降ろすや――

「金は天下の回り物〜♪ ほら見て見てぇ、世界が私の周りを回ってるぅ♡」

 ざざーーっと袋を破って金貨の山を作り、両手を広げてダイブした。


「姉御ぉぉ! やめてくださいってばぁぁ!」

 ラッツが悲鳴を上げながら、こぼれた金貨を拾い集める。

「擦り傷が金貨で悪化したらもったいないじゃないですかぁ! 血で汚れたら磨きが大変なんですからぁ!」


「ラッツ、そこじゃない」

 ガルドは肩の外套を脱ぎ、無言で椅子にかける。

「まずは治療だ。……親父さん、頼む」


「うむ」

 工房の奥からモルティナの父が現れ、白衣の袖をまくる。

 机の上に並んだのは、売れ残りの期限切れポーション。どれもラベルが色あせ、栓は微妙に曲がっている。


「味は……うん、最悪だが効き目はある。がまんして飲め」

「了解」

 ガルドはためらわず一本を口に運ぶ。苦い。渋い。草と金属を煮た味。

「……効くな」

「でしょ!」

 モルティナは嬉しそうに身を乗り出す。

「私、この味だいすきなんです。ぜんぶ飲めます!」


 父は微妙な顔で視線をそらす。

「……モルティナは昔から、売れ残りを“おいしい”と言って飲んで……。ひもじいから無理して飲んでいるのだと、ずっと思っていたが……どうやら違うらしい」


「はい、味が好きなんです!」

 胸を張る娘に、父の目尻がやわらかく下がった。


「ほらガルドもラッツも、これ飲んで!」

 リリアが転送でポーションをぽん、ぽんと手元に出し、容赦なく二人の口へ押し込む。

「げふっ! にがっ!」

「ぴゃああああ! 喉がしびれるぅ!」

「効いてる証拠よ。経済もポーションも循環がだいじ! 使えば戻ってくるの!」


「それ、結局いっぱい持ってる人が使ってるだけじゃないですかぁ……」

 ラッツは涙目でブツブツ言いながらも、ちゃっかり空き瓶をリサイクル箱に入れる。

「デポジットも回収しないと……!」


 金貨の山は、工房の半分を占領していた。

 リリアはその上に寝転び、ざくざくとコインを泳ぐみたいに掻き分ける。

「ふふふ……これだけあれば引退しても余生は安泰……。今夜から軍神年金生活……」


「お前、軍神になってから一度もまともに働いてないだろ」

 ガルドが額を押さえる。

「そのうえ“年金”ってなんだ。どこの制度だ」

「私の心の中」

「解散だ」

「ひどい!」


 ほどなくして、父の手当てが終わる。

 擦過傷には薬草軟膏、裂創には糸と針、深い打撲には湿布代わりの冷薬膏。

 工房は薬草の青い匂いと金属のひやりとした匂いに満ち、どこか戦利品と家庭が同居した奇妙な温かさがあった。


「……ありがとう、みなさん」

 父がふいに口を開いた。

「娘が……こんなに楽しそうに笑うのは、初めて見た。居場所を、与えてくれてありがとう」


 モルティナが、むぎゅ、と大盾を抱いたまま俯く。

「わ、私も……みんなと一緒だと、怖いことでも頑張れるの。盾、ぜったい落とさないって、思えるの」


「落とすなよ。お前が倒れたら、全員倒れる」

 ガルドは短く言い、ポーションの栓をもう一本抜いた。

 喉を焼く苦味の奥、全身にじわっと温かさが広がる。

(――二の型。まだ荒い。けど、掴んだ。次がある)


「姉御ぉ、喉かわいてません? ポーション温めます? あと金貨拭いときます?」

 ラッツが媚び全開でうろちょろする。

「いいわねぇ、忠誠心は資産ですわよ、ラッツくん」

 リリアは金貨の山にごろりと転がり、遠い目をした。

「……この音、癒やされる。金は心のポーション……」


「本当に殺すぞ」

「ごめんってば!」


 笑いが起き、すぐにいつもの口喧嘩が始まり、工房は賑やかさを取り戻した。

 窓の外には、戦いの夜がゆっくりと遠ざかっていく。


 やがて、即席の晩餐が整う。

 モルティナが大鍋をかき回し、ラッツがパンを温め、ガルドが肉に塩を振る。

 リリアは――金貨の山から離れない。

「お皿は?」

「金貨」

「やめろ」


 湯気の向こうで、父がしみじみと頷いた。

「……モルティナ。食べなさい。みんなと」

「うん!」


 席につく四人。

 最初の一口のあと、自然に――いただきますが揃った。


 骨の髄まで疲れているはずなのに、温かいものが喉を通るだけで、人に戻っていく気がした。

 戦場帰りの体が、家の匂いを思い出す。

 金貨のきらめきは眺めるだけで、腹は膨れない。

 仲間がいるから、味がする。


「……明日はどうする?」

 ガルドが静かに訊いた。

「掃除」

 リリアが即答する。

「この金貨、数えるの。あと“合法的な分配”が必要よ。脱税はダメ」

「お前が言うな」

「私は清く正しい軍神ですぅ」

「“キモイ”しか言わない軍神が」

「やめろ!」


 笑って、食べて、飲んで、また笑って。

 傷が少しずつ人の会話でふさがっていく。


 食後、ガルドは立ち上がり、窓の外を見た。

 街灯の向こう、夜空は静かだ。

(――たぶん、ここで終わりじゃない)

(四天王、魔王。次は、もっと速く、もっと正確に)


 背中で、父の声がした。

「勇者さん」

「……なんだ」

「これからも、娘を頼む」

「任せろ」


 その返事に、モルティナが小さく笑う。

 ラッツは金貨の山に頭から突っ込み、ざくざくと泳いで転んだ。

「いってぇ!」

「お前は本能で生きてるな」

「褒め言葉ですかぁ?」

「違う」


 リリアは椅子の背にもたれ、腕を組む。

「……よし。明日は“ちゃんとした支度”を整える。装備、補給、次の稼ぎ方。そして――」


 彼女は、ガルドの横顔をちらりと見た。

「修行だ。あなたの“二の型”、もっと磨ける。軍神が“監督”してあげる」


「お前の“監督”は、だいたい飲めと使えしかない」

「名監督ってそういうものよ?」

「ちがう」


 また笑いが起きる。

 金貨がからんと鳴り、薬草の匂いが柔らかく広がった。

 戦いの夜は、今度こそ静かに暮れていった。


 ――戦利品は山ほど、傷はそこそこ、仲間は満腹。

 明日からの戦いに向けて、勇者一行はほんの少しだけ、強くなった気がした。

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