第2章 ep.12 開戦 ― 悪魔融合
重たい扉が閉まる音と同時に、空気が凍った。
ジルベール・デモーニオの笑顔が、ひと瞬きで怒りに染まる。
「かっこいい? ……面のいい女にそう言われるの、だいっきらいなのよ私」
低く、甘く、軋むような声。
「世界で二番目に可愛いこの私に向かって……なにを言うのかしらぁ?」
「え、でも顔はちょっと――」
「きらいきらいきらいきらい!」
「キモイキモイキモイキモイ!」
リリアとジルベール、謎の応酬。次の瞬間――
肉が裂け、黒い角が生え、背に蝙蝠の翼が開く。
ジルベールが、開戦の合図も待たずに悪魔と融合した。
煌びやかなVIPルームの床に、蹄の音がカツン、カツンと冷たく響く。
「リリアさま、下がって!」
モルティナが盾を前に跳び出す。巨大なタワーシールドがドゴォンと鳴り、悪魔の爪を受け止めた。
「だいじょうぶ、私が守るから!」
「守るのは私の方よォ♡ 消えて!」
影が裂け、刃になって降る。
瞬間移動の残光があらゆる角度から襲いかかり、モルティナの盾面が火花で白く染まる。
「ひぃっ、近い、こっち見ないで!」
「キモイ!(真顔)」
「きらい!(ガチ)」
リリアは顔をしかめ、転送でモルティナの手元にポーションをぽん、ぽんと送り続ける。
――が、念話が飛ばない。ジルベールの魔眼が、監督線を焼き切ってくる。
(指示が……届かない)
リリアの額に冷たい汗が滲む。
「ガルド、ラッツ! 自分で動いて!」
「最初からそのつもりだ」
ガルドは一歩踏み込み、斬り上げる。
一の型――断罪の白刃が、悪魔の翼の骨をギリッと削いだ。
「うへぇぇ! 僕、行くの!? ……行くのかぁぁ!」
ラッツは泣きそうな顔で爆薬袋と糸罠を握りしめ、テーブルの陰に滑り込む。
(姉御は狙われてる、モルティナ姉ちゃんは前で手一杯、ガルド兄ちゃんは斬り合い――僕が通路を作る!)
カジノの床に糸が張られる。
瞬間移動の出現点――光がわずかに歪む場所に、ラッツは地雷と油を微量に撒いた。
「来い来い来い……来た!」
闇がぱんと裂け、悪魔の足が出た瞬間、ラッツの閃光玉。
ジルベールの魔眼が一瞬、瞬きを許す。
そこへ――
「今だ、残光!」
ガルドの二撃目が走る。
ヴァレリアン流剣術・二の型《残光連断》――刃の遅れてくる二閃が、悪魔の胸を十字に切り裂いた。
黒い血がバシャッと絨毯に飛び散る。
「……イタいじゃない……♡」
ジルベールは胸元を見下ろし、舌で血を舐める。
「でも――足りないわぁ」
吸う。
床に散った黒い血潮を、悪魔が逆流させるように吸い戻す。
裂けた皮膚が音もなく閉じ、爪が長く伸び、翼がさらに黒く膨れた。
「え、え、え、回復した!?」
ラッツが悲鳴をあげる。
「致命傷、吸収して全回復……反則ですってぇ!」
「はぁ? これが本気の前菜よォ」
ジルベールが瞬きするたび、姿が消え、現れ、消え、現れる。
千枚通しのような連撃が、モルティナの盾面に雨として降り注いだ。
「んぐっ……ぷはっ……! 大丈夫……まだ、立てます……!」
転送されたポーションをがぶ飲みしながら、モルティナは一歩も引かない。
盾面は痣色に歪むが、倒れない。――倒れない。
「モルティナ、偉い!」
リリアがカートンごとポーションを投げる。
ジルベールの影が伸び、リリアの喉元に鎌の軌跡――
「させるか!」
ガルドが割り込み、刃と刃が火花を散らす。
手首、肘、肩――力の流れを半拍ずらす。
**受けきらず、滑らせる。一の型の心**で培った“揺れない軸”が、悪魔の重さを逸らす。
(……手応えが、違う)
ガルドは気づく。
ラッツの罠が、リリアの転送が、モルティナの時間稼ぎが――剣の呼吸と重なり合っている。
そして、自分の剣筋が、戦場の中で洗練されていくのを。
だが現実は残酷だ。
第二波。
ジルベールは悪魔核の魔力を一度放出し、次の瞬間、吸い戻して新たな肉へ縫い付ける。
――再生。先ほどよりわずかに軽いが、こちらは消耗が激しい。
「くっ……はぁ、はぁ……」
ラッツは膝をつき、懐から最後の煙幕を取り出す。
「まだ……やれる……!」
白煙。視界が割れ、ジルベールの影が浮遊する。
ガルドは目を閉じた。
耳、足裏、刃の温度――すべての感覚で、相手の居場所を聞く。
(親父の言葉だ――心・技・体)
(俺は一年、十年分を一の型で心に叩き込んだ。勇者になって、戦いながら体もついて来た。残るは――技)
足の裏で砂を噛む感触。
踵、土踏まず、つま先。
肩、肘、手首――半拍遅らせる。
先に光が走り、遅れて刃が届く。
**遅速**の二重奏。
「――ヴァレリアン流剣術、二の型・真」
薄く笑い、刃を伏せる。
「《残光連断・一心》」
一撃目が空を切り、二撃目の“残光”が瞬間移動の出口を先回りして斬る。
ジルベールの胸に、遅れて十字の白い線が点り――爆ぜた。
「――ッッ♡」
悪魔の翼が散り、角が砕け、宝石を巻いた腕が宙に踊る。
ジルベールの身体が椅子ごと赤い絨毯へ倒れ、深く沈んだ。
静寂。
ラッツが、口をぱくぱくさせる。
モルティナが、盾の陰でそっと息を吐く。
リリアが――にやり。
「……やっぱり」
ジルベールがうつ伏せから、笑いながら顔を上げた。
紅を引いた唇が、苦痛と陶酔で震える。
「あなた、いい男ね……。本当に、いい男……♡」
そのまま、金糸のフリルがしゅるりとほどけ、巨体は力を失って沈黙する。
魔眼の光が消え、部屋に甘い香水だけが残った。
「……勝った、の?」
モルティナの声が震える。
「勝ったさ」
ガルドは刃を拭い、鞘に戻す。
膝が笑う。心臓が暴れる。視界の縁が白い。――それでも、立っている。
「だからぁ!」
リリアが腰に手を当て、どや顔で宣言する。
「最後は私の采配が――」
「お前、最後まで“キモイ”と“転送”しか言ってねぇだろ」
ガルドが即ツッコミ。
「うるさいわね! それが監督よ!」
「胃が……もう無理ですぅ……」
ラッツが柱にもたれてずるずる座り込む。
「えへへ……みんなで勝てた」
モルティナは大盾に頬を寄せ、嬉しそうに目を細めた。
ふっと、天井のシャンデリアが揺れる。
金貨の山がからんと鳴り、赤い絨毯に戦いの跡だけが残る。
――悪魔は倒れ、**軍神の采配と、不沈の盾、道化の罠、そして剣の“技”**が勝利を掴んだ。
それでも、ガルドは知っている。
まだ遅い。まだ足りない。
いま完成したばかりの「二の型・真」は、始まりにすぎないのだと。
「……行くぞ」
剣士は振り返らずに言った。
「まだ先がある」
「了解、次のステージ!」
リリアが指を鳴らし、笑う。
モルティナは「はいっ!」と大きく返事をし、ラッツは「お手柔らかにぃ」と涙目で立ち上がる。
夜のカジノに、四人の足音が続いた。
幕は一度、静かに下りる。だが物語は、ここからさらに熱を増していく。




