第2章 ep.9 修行と食費と、大食い決戦
翌朝。工房の裏でガルドは剣を振り続けていた。
昨日の模擬戦で芽生えた苛立ちはまだ消えない。
(格下相手に、あれだけ手こずった……俺はまだ甘ぇ)
剣の風が砂を巻き上げる。
だが、そんな真剣な気配を吹き飛ばすほどの騒ぎが、すぐ隣の食卓から聞こえてきた。
「んぐんぐっ、ぷはぁぁ! おかわりっ!」
モルティナが山盛りのシチューを平らげ、皿を突き出す。
横でラッツが蒼白になっていた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ! 姉御、昨日買った食材もう底つきですって!」
リリアは上機嫌で胸を張る。
「いいのいいの! 金は天下の回り物〜♪」
「出たぁ! 破産フラグ!」
ラッツは額を押さえ、震える声で抗議する。
「天下の回り物って、結局いっぱい持ってる金持ちが回してるだけじゃないですかぁ!」
「はぁ? 使った分は戻ってくるの! 経済ってそういうもんなの!」
リリアはどや顔で言い返す。
「その“戻ってくる”前に僕らが野垂れ死にする未来しか見えないんですけどぉ!」
「うるさい! 食え食え食え〜!」
リリアがモルティナに次々と皿を差し出すたび、工房の奥から父親の苦笑が響いた。
「……騒がしいな。だが、娘がこんなに楽しそうにしてるのは初めてだ」
彼の目尻はわずかに潤んでいた。
「……ありがとう。娘に居場所をくれて」
その言葉を背に、ガルドは剣を鞘に収め、ずかずかと食卓へ歩み寄った。
「……よし。だったら俺が証明してやる」
「え?」
三人が同時に振り向く。
「食うことなら勝てる! 大食い勝負だ。負けた方が今日の食費を全部出す!」
悔しさに燃える目でモルティナを指差す。
「えぇぇ!?」
ラッツが泡を吹きかける。「ガルドさん、それ完全に死亡フラグぅぅ!」
リリアはにやりと笑い、手を叩いた。
「おもしろい! やりなさいやりなさい! 審判は軍神様のわたしだ!」
そして――始まった。
大皿に山盛りのパン、煮込み肉、スープ、果物。
ガルドとモルティナが向かい合い、わしわしと食い進める。
「……ふっ……まだ余裕だ……!」
ガルドの目は血走り、口元にソースが飛ぶ。
(剣術で負けた悔しさ……せめて食うことで勝つ! これだけは譲れねぇ!)
「んぐっ、んぐっ、んぐっ」
モルティナはまるで吸い込むように食べ、飲み込み、笑顔で次の皿を要求した。
「おかわり!」
「……なっ……!?」
ガルドの額に汗がにじむ。
パン三個目で胃が重くなり、五皿目のスープで喉が止まった。
対するモルティナは、皿を十枚積み上げ、まだ笑顔で手を挙げている。
「おかわり、まだですかぁ?」
「……ぐっ……」
ガルドは最後の肉を無理に飲み込み、青ざめて椅子にもたれた。
「……ま、負けだ……」
「勝者! モルティナぁぁ!」
リリアが両手を上げて宣言する。
「今日の食費はぜ〜んぶガルドのおごりです!」
「おごりぃぃ!? ……胃も財布も死ぬ……」
ガルドは机に突っ伏し、呻いた。
ラッツは涙目で叫ぶ。
「だから言ったじゃないですかぁぁぁ!」
そんな騒ぎの中、モルティナだけが嬉しそうに笑っていた。
「わ、私……みんなと一緒に食べて、こんなに楽しいの初めて……!」
父は静かにその笑顔を見つめ、ぽつりとつぶやいた。
「……あんなに楽しそうな娘は、見たことがない」




