第2章 ep.1 勇者交代!? 軍神リリア爆誕
神殿の大広間に、淡い金光が満ちていた。
祭壇の上で、元おじさんの美少女――リリアは片手を挙げる。
「はいっ、このへんで勇者はリタイアしまーす。お疲れさまでしたー」
神官たちがざわついた。
「ゆ、勇者が……?」
「しかし彼女は美しい。つまり正しい……いや、正しくないのでは?」
女神セレスティアが静かにため息をつく。
「本来、勇者の席を空席にはできません。世界の骨組みに関わるからです」
「ほらね! 空席ダメなら……はい、代打ガルドくん!」
「は?」と、ガルド=ヴァレリアンが目を瞬かせる。
「待て。俺はただの冒険者だ。勇者なんて――」
「あなたは“ただの”ではありません」
女神の声が、澄んで大広間を満たす。
「この世界で人が強く在ろうとするとき、**職業**という“加護”が与えられます。
それは称号ではなく、魂の形。
職業を得た者は、能力に補正がかかり、スキルの熟練が格段に伸びる。剣士は斬り、賢者は悟り、料理人は世界を旨くするのです」
「最後のやつ、急にお腹すくんだけど」とリリア。
女神は続けた。
「勇者は特例。全能力に小さく広く補正、そして上限レベルは九十九。ただし――」
女神の指がガルドを指す。
光が奔り、彼の手の甲に紋章が刻まれた。
次の瞬間、ガルドの身体から“何か”がすっと抜け、同時に芯が太くなる感覚が走る。
「――現在レベルは一に戻る。だが、君が積み上げた“身についた力”は残り、そこから伸びが加速する」
ガルドは拳を握って開いた。動きは軽いのに、足裏が地をよく掴む。
長年研いだ型が、より深く身体に絡みつくようだ。
「……なるほど。やれるかどうかじゃない。やるしかない、というわけか」
「きゃー! やれやれ系来たー!」
リリアが手を叩く。「じゃ、私は引退して自由の身――」
「ダメです」女神は微笑んだ。「あなたには軍神の加護を与えます」
「いやいやいや、なんで昇格してんの私!」
女神は指先で空をつまみ、ひらりと振った。
――次の瞬間、祭壇の隅に置かれた羽根ペンが、リリアの手元へ“ぽん”と転移する。
「軍神は監督。戦場の視座、仲間への念話、そして物資の転送。あなたの怠惰と口の達者さは、指揮にこそ向いています」
「褒められてるのかディスられてるのか分かんない!」
リリアは羽根ペンを振り回す。「じゃ、とりあえずカジノのチップを転送――」
「禁制物資は不可です」
女神の微笑みは母のそれだが、口調は冷ややかだ。
広間の隅で、ラッツが小さく手を挙げた。
「えっと……僕は……その、足を引っ張ってばかりでしたけど」
「引っ張ってなどいません」
女神はラッツへ視線を落とす。
「先の戦いであなたは、恐怖に足をすくませながらも、罠を置き、進路を拓いた。
小さな勇気は、やがて大いなる勝利の道筋になります。あなたには――」
光がまたふわりと降る。
「**盗人**の加護を与えましょう」
「……えっ。盗人?」
ラッツの顔がみるみる青くなる。
「それ、弱そう……なんかこう、かっこよくはない……」
女神は首を振った。
「シーフは敏捷補正、隠密、罠、急所狙い。影こそ戦の王道です。
あなたにはその“影の度胸”がある。だから伸びる」
「影の度胸ってなんですかぁぁぁ……」
俯いたラッツの肩を、リリアがぽんぽん叩く。
「大丈夫大丈夫。カジノで稼げばだいたい解決するから!」
「解決の方向がおかしい」とガルド。
女神が咳払いをひとつ。
「では、要点を整理します。
一、勇者はガルド。上限九十九、現レベルは一。ただし“身についた技”は保持し、成長補正が付く。
二、リリアは軍神。戦場の指揮・念話・物資転送を担当。勇者パーティの監督責任を負う。
三、ラッツは盗人。敏捷・隠密・罠系の熟練上昇。影から味方を勝たせる役」
神官の一人が手を挙げる。
「質問です。軍神様、物資転送はどれほどの距離まで?」
「戦場一帯。視界外でも、味方を“仲間”と認めていれば届く。ほら」
リリアが指を鳴らすと、祭壇の裏から干し肉がぽん、とガルドの手元に落ちた。
「……これは助かるが、なぜ今なのだ」
「監督って、選手の栄養管理も仕事でしょ?」
「あなた、今それっぽいこと言ってサボる気でしょう」と女神。
広間にくすくす笑いが広がったが、その笑いは女神の次の一言で凍りついた。
「――告げます。魔王の四天王の一角が、すでに動き出しています。
本来ならば、あなたたちはギルドの修行イベントを経てから臨むはずでした。
しかしあなた(リリア)がイベントをスキップしたため、時勢が前倒しになりました」
「うっ……耳が痛い。てへぺろ」
リリアがそっと視線を逸らす。
女神は厳かに続ける。
「ゆえに猶予は短い。鍛錬と資金調達を並行しなさい。
勇者、軍神、盗人――この三つ巴の構成なら、やりようはある」
リリアがぱっと顔を上げた。
「ね、聞いた? 資金調達が必要。つまり裏技レベリングに必要なポーション資金をカジ――」
「そこだけ声が大きい」とガルド。
だが彼は干し肉を噛み切り、背筋を伸ばす。
「……やるべきことは分かった。俺は剣を磨く。だが、守ると決めた者を守れる強さが要る。
女神よ、勇者として問う。俺の“努力”は、これからも通用するのだな?」
「通用しますとも」
女神は柔らかく微笑んだ。
「努力は、あなたの職業の土台。加護は土台を高くし、成長の角度を変えるだけ。
あなたが歩く一歩は、これから先、より遠くへ届く」
ガルドは静かに頷いた。
ラッツは涙目で拳を握る。
「……ぼ、僕、がんばります。影でも、役に立ちたいんで……!」
「よしよし、まずは影の財布から始めようか!」
リリアが人差し指を立てる。
「作戦名:一攫千金! 軍神式レベリング計画。第一段階――大都市のカジノに向かいます!」
「賭博を“計画”に入れるな」とガルドは頭を押さえた。
「だが資金は要る。……行くぞ。寄り道は最小限だ」
「はーいっ。じゃ、とりあえず非常食を転送っと」
リリアがぱちんと指を鳴らす。
――ぽん。
ガルドの懐に、干し肉三十枚がぎゅうぎゅうに詰まった。
「多い! 重い!」
「鍛錬よ、鍛錬!」
「……胃が痛ぇ」
笑いが、再び大広間に戻ってきた。
だがその笑いの向こう、誰も気づかぬ高空で、黒い影が静かに旋回している。
四天王の偵察魔鳥が、神殿の塔を一瞬かすめ、闇に溶けた。
勇者は交代した。軍神はいやいや就任した。盗人は肩をすくめつつ、影に立つ覚悟を決めた。
ここからが本番だ――と、女神セレスティアはひとり頷き、真新しい勇者紋を見つめた。
世界の命運は、今日もどこかだるそうに、しかし確かに回り始める。




