第3話 旅は道連れ ①
第3話始まりです!
千年前、訪れた神々はまず初めに魔術の素となる『魔素』を大気中に拡散、そしてこの世界に定着させた。
当時の人々が元々存在していなかった物質を知覚できる筈もなく、それまで魔素が無いために行使できなかっただけで元の世界同様、魔術を行使できるようになった神々はさらに猛威を振るい人々はより劣勢を強いられる事となる。
そしてそこから時が経つにつれて、神々によって改変された世界に適応した子供たちが産まれてくる。その子供たちは生まれつき魔素を知覚でき、神々と同じ力である魔術を行使できるようになっていた。
そしてその中でも魔術の力を専門とした者たちを魔術師と呼ぶようになった。
魔術師は自らが扱える魔術の研究と実験を繰り返し、文献や己の師から教えを乞うことに多くの時間を費やす者が大半となっている。
なので冒険者のパーティーにおいて魔術師という役割を担う者は、他の冒険者と比べ近接戦闘や体力面に関して大きなハンディキャップを持つ。しかしそのデメリットとも取れる部分を含めても、サポート面や相手に有効な攻撃を加えられるというメリットがそれらを帳消しにしていた。
故に魔術師をパーティーに囲っている所は、体力の少ない魔術師に合わせ歩みを進めたり、戦闘時の配置を後方に回すのが一般的となっている。
しかし---
チラリ、と何てことは無いといった様子で並走するリアスを見る。
直径約30センチ程の非可燃性の光の玉を生み出す魔術『火無光』をリアスが行使し、足元が照らされているとは言え、俺たちが走っているのは夜の森。少し視線を端に向ければそこには闇が広がっており、昼間陽の光さえ通さなかった枝葉の間からは僅かな月明かりなど届くはずも無かった。
それでも唐突に現れる地面の窪みや木の根など、悪路と呼んでも差し支えの無い木々の間を斥候と同じ速度で難なく走る魔術師。
獣人とはそもそもが高い身体能力を持つ種族であり、己の爪と牙で戦う近接戦闘を得意としている。もちろん中にはその特異性を活かし、武器を巧みに扱う者もいる。
彼女が魔術師であるにも関わらず、物事に臨機応変に対応できることに特化した斥候と並走出来ているのはそれらが大きな要因となっているのだろう。
だから決して俺が遅いわけじゃない。
俺はまだ本気を出していないだけ…。
そんな勝手な意地を張っているとリアスの方も見られている事に気付いたのか、こちらを振り向くと同時に眉間にシワを寄せる。
「何を勝手にミャーを見てるのにゃ」
「あ?…見てねぇよ」
なぜこの猫はこうも挑発的に話してくるのだろうか。
別にやましい気持ちで見ていた訳では無いのに、思わず反論してしまった。
「いくらのミャーの肢体が魅惑的だからって、ジロジロ見てるとアマリュゲゲスの餌にするのにゃ」
「だから別に見てね…何て? あま?」
見ていたことは否定しないが、別に魅惑的だと思って見ていた訳では無いということは否定させてもらいたい。
のだが、いかんせんそれよりも引っかかる単語が飛び出してきたことによってその言葉も止まってしまう。
「獲物を生きたまま目玉から貪って、内臓だけを喰らう西猫族の伝統的な家畜にゃ」
「なんだその生物!?」
そんな狂気じみた生き物生まれてこのかた聞いたことも見たことも無い。
そんな生き物飼ってて良いのか?
というか飼えるのか…?
「ちなみに異獣にゃ」
「討伐対象じゃねぇか!」
くそ、見つけたら絶対に根絶やしにしてやる。
世界のためにも…俺のためにも。
…てか待て、家畜ってことは食うのか?
そんなゲテモノとしか思えないものを!?
「シノア殿、目撃地帯というのはそろそろだろうか」
「あ、ああ」
まだ見ぬアマリュゲゲスに想いを馳せていると、唐突に声をかけられる。その方向には銀色の甲冑に身に纏うミサとロークがいた。
先行している俺とリアスに続いているとは言え、いやでも目に入ってしまうのはロークの装備である。ミサは比較的取り回しのしやすい片手剣なのに対して、ロークは部屋に立て掛けてあった大楯を左に持ち、身の丈程はあろう巨大な戦斧を背負った状態で追従していた。
ロークが装備することによって部屋にあった時よりも迫力を増しており、初めその武器を身につけて来ると聞いた時は、果たして狭い森の中をその重装備で付いて来れるのかと疑問に思ったものだ。しかし蓋を開けて見てみれば汗一つかかず器用に装備を取り扱い、その図体からは想像できない俊敏な動きで木々の間を抜ける様はまるで動く要塞のよう。
というか一言で言うなら引く。
あの重量でこの速さに付いて来れるのは恐怖でしかない…。
そもそも緊急依頼が舞い込んできたにも関わらず、何故この四人しか森の中を走っていないのかというと。
いくら酒を飲んでいたとしても下戸を除けば、緊急の依頼があればスイッチが切り替わるのが冒険者というものだが、オフィーリアが連絡をしてきた時点で既に大半がお開きムードで帰宅を始めており流石に装備を外していたとなると時間もかかる。
そんな中任務から帰還したばかりでまだ装備を外していなかった俺と、この日は夕方から準備をしたが結局任務に赴いていなかったリアス。残るミサとロークはいつ何時に戦闘が発生しても良いように準備を怠らないというのが騎士の常識らしく、パーティーのバランスを見るのに丁度良い機会だと言い付いてくることとなったのだ。
「そろそろの筈なんだが…」
昼間とは違って見えるとはいえ記憶を頼りに暗闇の中を進んで行くと、前方から僅かに一筋の光が差し込む。その光を頼りに森を抜けると、不明瞭とは真反対の開けた場所に辿り着く。
そこは鋼裂蜥蜴に最後の一撃を放った場所であり、森の情景とは別の濃紺色をした夜の絨毯からはいっぱいに広がる星々と月の明かりがあたりに降り注いでいた。
「ここがオフィーリア殿が言っていた、新種の目撃場所か?」
視界が鮮明になったため『火無光』を解除し、辺りを見渡すミサとリアス。
ロークは日頃の訓練通りなのか盾役としての責務を全うし、大楯を構えいつでもカバー出来るように周囲を警戒していた。
オフィーリアの話によれば、派遣された後発隊が異獣の遺骸を回収しようと現場に到着。しかしそこには遺骸の姿はどこにも無く、疑問に思っていた所、突如として大型の異獣が後発隊を襲撃。
後発隊は壊滅にまで追い込まれ、生き残った一人曰く襲ってきた異獣の容姿は討伐したはずの新種のものと酷似していたとのこと。
証言通り、後発隊が襲われた場所に着いてみれば、そこには異獣の影どころか後発隊の遺体すら見当たらない。
「場所を違えたか?」
「もしくはもう逃げたかっすね」
「血の臭いはするけど、なんの気配も感じないにゃん」
ピクピクと獣の耳と鼻を使い周囲を探るリアス。
おかしい。
数時間が経っているとはいえ、人の遺体どころかあの巨大な異獣の遺骸が消えるなんてことあるのか…?
ミサが言った通り、場所を間違えたのか…?
いや、嗅覚の鋭いリアスが血の匂いはすると言ってる。つまりこの場所で間違いないはずだ。
念の為、鼓動探知を広げ周囲を探るが何の気配も得られない。
嫌な冷や汗が額を伝い、生暖かい妖しい風が森の奥から吹いていた。
何か残ってないかと辺りを観察してみると、ふと視界にあるものが映る。
「リアス、あそこら辺を照らしてくれないか」
「…仕方ないにゃあ、『火無光』」
状況が状況なだけに流石におちょくる気にはならなかったのか、魔術を行使すると30センチ程の光球が宙に浮かび上がり周囲を照らし出す。
月明かりよりも眩い光で照らし出されたそこには、夥しい量の血痕と昼間の個体と思わしき竜鱗が地面から突出していた。
なんだ?
どうして、地面から鱗が飛び出してるんだ…?
近くに寄って調べてみると、遺骸のあっただろう場所だけが綺麗な土になっており、血痕はその周囲を囲む様に残されていた。
「埋められてる…」
確か昼間の個体は土属性の魔術を行使していたはずだ、となると同一のものと思われる個体が同じ魔術を使える可能性は高い。
じゃあ一体なぜ遺骸を埋めたんだ?
まさか異獣に埋葬の概念なんてあるはずも無いし…。
そう思いつつ、もう一度周囲を見渡しても目に入るのは眩く光る『火無光』と暗闇の広がる夜の森のみ。
ロークが警戒を解き、装備を確認するためなのか『火無光』の元まで歩み寄る。
と、その様子を見てようやく気づく。
「待てよ、光だ…!」
そうだ、異獣は決して知能が低い訳じゃない。
ましてや新種の異獣ともなれば、どれほどの戦闘が出来るのか情報は無いに等しい。
これは罠だ、遺骸を回収しに来ることを知っていた新種は、暗くなっても俺たちが来たことが分かるようにしていたんだ!
わざと遺骸を隠し見えにくくさせて、明かりを灯させることで…!
感覚を研ぎ澄まし、鼓動探知を広げると先ほどまでは感じられなかった気配を感じ取る。
その気配はぐんぐんとこちらへと距離を縮め、次いで獣人の鋭敏な聴覚も異変を感じ取ったのか警戒体制を取る。
今更『火無光』を解除しても意味がない。
なら今狙われているやつに知らせるしか術はない!
ヤツが向かう方はちょうど---
「ロークッ!!」
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