第2話 はじまりの鐘 ②
オフィーリアへの菓子折りはまたの機会として、請け負った調査依頼に加え新種の異獣の報告を完了させたシノアは組合の二階にある会議用の個室に訪れていた。
先程の二人から依頼内容について詳しく聞こうと思っていたのだが、通された部屋に入ってからというもののまだ一言も発せられていない。
---え?
何、この気まずい空気。
来たんだからどっちかは何か話してくれよ…。
シノアの気持ちを読み取ってなのか、静寂を破るようにミサが口を開く。
「まずは改めて名乗らせてくれ」
そう言うとおもむろに席を立ち、身纏っていた外套を脱ぎ始めるミサとローク。
その下に隠されていたのは両者共に白銀の甲冑を身に付け、深緋色をした厚手の腰布を纏った姿だった。
それはただの装備という訳では無く、腰布にはこの国の象徴である鷲と剣の刺繍が入っているため一目で騎士団の者だと分かる。
「私はミサ・レオナール。この国の騎士団で副団長を務めさせてもらっている」
胸に手を当てお辞儀をするミサは、朱色を帯びた長い毛髪を後ろで一つに結んではいるものの頭頂部からはぴょこんとアホ毛が隠れきれずに飛び出していた。
端正な顔立ちにキリッとした眉、髪と同じく朱色をした瞳には強い意思が宿っており、気の強そうな反面、浮かべる笑みからはどことなく柔和な印象が受けられた。
「同じく騎士団所属のローク・ベリエっす! 以後よろしくっす!」
対するロークは想像していたよりも随分と若いという印象が強かった。焦茶色の髪はシノアよりも短く整えられており、快活に笑う様が幼さをより一層引き出している。
筋骨隆々という単語は彼の為にあるのでは無いかというほどにガタイが良く、肉体だけで言えば見る者を萎縮させてしまいそうだが、浮かべる表情からは人懐っこい雰囲気を感じる。
とりあえずロークがムキムキの女性でなくて良かった…。
「冒険者のシノア・ククルだ。主に斥候を生業としている」
なんだか全員が立つ雰囲気なので、こちらも一応立ってから簡易的に自己紹介を済ませる。
「騎士団が身分を隠していたにも関わらず何も言わないのだな」
「冒険者という仕事上、身分を隠さないといけないやつとは会うことが少なくないからな気にするな」
「そうか、そう言って貰えるとありがたい」
お互いが席に座ると、真剣な顔つきになったミサが口火を切る。
「早速で申し訳ないのだが、本題に入らせて頂きたい」
ミサの雰囲気に当てられ自然と姿勢を正してしまうが、それを臆面にも出さず頷き返す。
「近年、異獣の活発な動きとそれに合わせたかの様に相次いで報告される新種の発見報告。これに関しては、異獣と最前線で戦うシノア殿も理解しているだろう」
反論する理由もなく、素直に頷く。
「それはこの国だけでは無く、周辺国家でも多発している事案で、私たちはこれに対して早急な原因の討伐を行わなければならない」
「討伐…?」
思わずといった様子で聞き返してしまう。
原因の調査とかならまだしも、討伐ということはあたかも生きているモノが原因ということになる。
「私たち一部の騎士団含め、クラキリシュ国の上層部はその原因がなんであるか大凡の検討がついている」
そんな上層部しか知らされていないような情報を俺なんかが知ってしまっていいものなのだろうか。
聞いたからには逃さないとかならないだろうか。
「直属の研究機関によれば原因であるとされるモノの名前は『ニヴル』。死を司どるとされる悪魔だ」
…ん?
「神?…ていうとなんだ昔話に出てくるあの神様か?」
「そうだ」
にわかには信じ難い話を聞き、反射的に唸ってしまう。
昔も昔。一千年前に突如として現れたとされる『神』と呼ばれし異界の悪魔達。
彼らは当時平穏に暮らしていた人類に対して暴虐の限りを尽くし、地上の全てを支配せんとしていた。
しかし、当時の人々が失われた異界の兵器『遺物』によって元の世界へと追い払った。
そして現在も尚、猛威を振るい続けているのが神の眷属として遣わされていた異獣という存在とされている。
だがそんなものはおとぎ話の中のことで、伝承としてそう伝えられてはいるが子供達に言い聞かせるための架空の物語だと思っていた。
しかし、ここ最近の異獣の動きが活発だということもまた事実であり頭から否定できるものではなかった。
「そもそもそのニヴルとかいうやつは本当にいるのか?」
「ああ、断言する、ヤツは必ず存在している」
そう言うミサからは異様な雰囲気が発せられており、硬く結んだ両の手は力を込めすぎているせいで甲に爪が食い込んでしまっていた。
「何故なら、私は一度ヤツに会った事がある」
衝撃の事実に驚きを隠せないが、話の中に冗談が混ざっている様には思えない。
何よりも小刻みに肩を震わせている様子から見ても、彼女とそのニヴルと呼ばれるモノの間には何かしらの因縁があることは確かだった。
「神様がいることには今は納得しよう。…それで、俺に何を求める」
「異獣との戦闘経験、冒険者の中でも類稀なる実力を持つ斥候と組合から紹介して貰っている。」
なるほど。
どこの誰がそんな嬉し恥ずかしなことを言ってくれたのか分からないが、その賛辞は素直に受け取っておこう。
「シノア殿、どうかニヴル討伐の旅に同行していただけないだろうか…」
ふむ、と顎に手を当て考えるフリをする。
答えは既に出ているのだが、如何せん懸念事項が所々ある。
一体何人の想定で旅に向かうのか、達成時の報酬はどうなるのか、実際には神がいなかったらどうするのか、考えだしたらキリが無い、が……
「いいぜ、その依頼受けよう」
そんなことはお構いなしだ。
どうせ後からでも聞けるだろう。
「本当か!!」
想定では断られる前提でいたのか、思わずと言った様子で立ち上がってしまうミサ。
ロークにいたっては目を子供のようにキラキラと輝かせている。
「ああ、何より---」
面白そうだ、と言いそうになったのを先ほどのミサの様子を思い出しすんでの所で飲み込む。
言いかけた言葉が気になったのか、首を傾げる両者に何でもないと答えると早速気になっていたことの内ひとつ目を聞いてみる。
「ところで、その旅には騎士団も同行するのか?」
ピクリと肩を揺らすミサ。
「騎士団から派遣されるのは私達二人だけだ…騙す様な形になってしまってすまない」
予想以上の人数の少なさに少々驚く。
仮にも神と呼ばれている相手に対して少数精鋭にも程があろう人数は、面白さで依頼を受理してしまったシノアに多少の不安を募らせる。
少なくとも一個師団あたりはいるだろうと思っていたが…。
まぁ、確かにその大人数が動くとなるとかなり目立ってしまうか。
名目的には俺たちは偵察というのが実態なのだろう。
「しかし、騎士団からは人数を派遣できないというだけで、冒険者を雇うことは了承されている」
シノア殿に依頼した様になと言うミサは慌てた様子で取り繕っている。
依頼を断ることを危惧してのことだろう。
「ここの組合からはもう一人、実力のある冒険者がいると伺った。できればその方にもご助力願いたい」
「誰のことだ?」
「リアス・サダルメリクという方らしいのだが、シノア殿はご存知か?」
その名前を聞くや否や思わずと溜め息を吐いてしまう。
「知ってるも何も、ここの組合じゃ有名だよ…はぁ…」
「何故そうも溜め息を吐く!?」
魔術の専門家であるリアスを脳裏に思い浮かべ、思わず唸ってしまいそうになる。
そういえば、この時間ならまだ組合の酒場に入り浸っていたはず。
「まぁ、実際に会ってみた方が早いだろ」
どことなく不安そうにしているミサを尻目に扉を開けようとすると、壁際に立て掛けてある巨大な戦斧と大楯が視界に入る。
体格からしてロークの持ち物であろうと予想し、部屋を後にする。
結局最初の挨拶以外喋らなかったなぁ…。