第1話 穿つ運命ならば ③
第1話終わりです。
大小一対の片刃の双剣であるシノアの相棒。
左には黒曜のような輝きを秘める『極夜』、右には一回り大きい純白の『白夜』。
淡く輝きを纏う二振りを鞘に納め手頃な小石を拾い上げると、鋼裂蜥蜴の目を掻い潜り、明後日の方向へと石を投げる。
物音に反応し音の発生源の方へ瞬時に顔を向けるが、そこには冷たく広がる闇しか広がっていない。
鋼裂蜥蜴が違和感を抱き始め、それが囮であったと気づくのも束の間、その僅かな隙を逃さず瞬時に距離を縮めるシノア。
接近する気配に気づいた時には既に遅く、懐まで潜り込んだシノアは鋼裂蜥蜴が振り向くと同時に双剣を鞘から滑らせ喉元を切り裂く。
---と、思っていたが、どちらも金属音を響かせ弾かれてしまう。
驚きと共に目元をヒクつかせるシノアは、鋼裂蜥蜴からの追撃を警戒し瞬時に後退する。
「あれぇ、こういうのってお腹側が弱点って決まってない…?」
眼前に獲物を捕捉したことによって、持ち前の大きな顎で食らいつこうとする鋼裂蜥蜴。
ギリギリまでそれを引き付けすんでのところで右に躱し、左前足の関節部分に白夜による一閃を放つが、やはりこれも失敗に終わってしまう。
「どうやって動いてんだよ…」
流石に関節まではその鱗も覆ってはいまいという推測のもと繰り出した攻撃だったが、異獣にはその常識は通用しないらしい。
避けたシノアの背後にあった巨木を代わりに咥えた鋼裂蜥蜴は、それをそのまま根元から引き抜くと、次はお前だと言わんばかりにシノアを睨み噛み砕く。
ばらばらと崩れ落ちる木片を見て、思わず冷や汗をかいてしまう。一度でもその顎に捕まれば命は無い。
「やってやろうじゃねぇか」
しかしその挑発的な態度を向けられ、逆に闘争心を駆り立てられると両の剣を今一度握り直す。敵を目の前にして左の目を瞑り、肺にある空気を全て出すように、深く、呼吸をする。
シノアの内にある魔素が身体中を巡り、高速で魔力へと変換されていく。
練られた魔力はやがて瞑る左眼へと収束し、ゆらりと溢れ空気が揺らめいていた。
やがて瞼を開けると、黄金色の瞳が射抜くように鋼裂蜥蜴を捉えていた。全てを見透かす様な黄金の輝きは、見つめる対象の全てを逃すまいと巡る。
『泉慧の瞳』
その異様な雰囲気と濃密な魔力を帯びてゆくのを見て、本能的に危険を察知したのか佇むシノアを仕留めんと鋼裂蜥蜴が攻撃に移る。
食らえばひとたまりも無いだろうその鋭い爪と牙による猛攻がシノアを襲うが、その全てを最低限の動きで避ける。その度に黄金の瞳は忙しなく動き、すれ違い様に放つ斬撃は吸い込まれるように鋼裂蜥蜴の外皮へと当たっている。その戦いは側から見ればまるで、シノアが相手の先の動きを知っているかのようだった。
しかし、細かに繰り出すシノアの攻撃もまた全て頑強な鱗に阻まれ、どれも致命打には至らない。
どちらも一進一退の攻防を続けていると己の攻撃が攻撃が擦りもしないことに痺れを切らしたのか、シノアを押し潰さんと鋼裂蜥蜴が右前足を大きく振り上げる。
大気中に広がる魔素が鋼裂蜥蜴の意思に呼応し集約すると魔力として練られ、やがてそれはひと瞬きの間に岩として形成されると右前足の根元までをも覆っていく。
数倍に膨れ上がった体積と質量による大振りの攻撃が、重力に加え異獣の強靱な膂力を以て高速で叩きつけられる。
爆発音と共に激しい地響きが辺りに轟く。森が創り出す暗闇とは別に、衝撃によって巻き上げられた砂埃が土煙となって周囲を覆っていく。
不明瞭となった視界の中で勝利を確信した鋼裂蜥蜴は笑みにも似た唸りを低く上げる、が、その顔はすぐに強張り妙な違和感を感じるのだった。
その原因は自分のものでは無い魔力の波長と土煙にうっすらと浮かぶ二つの光によるものだった。
風を切る様な音と共に淡く明滅するその光はやがて目の前から消えたと思うと、自らの右側から黄金の輝きを伴って飛び出してくる。
「惜しかったな…!」
ようやく薄まった砂塵から現れたそれは仕留めたはずの獲物であった。
跳躍したシノアは、気付けば初めの頃より輝きを増した二振りを上段に構え妖しく笑う。
脳内で警鐘が鳴っているのを感じた鋼裂蜥蜴はその攻撃を咄嗟に避けようとしたが、未だに右前足を覆う岩の重さが足枷となり動ける筈も無く己の自慢の鎧を信じるしかなかった。
その様子を見てさらに獰猛な笑みを浮かべたシノアは、その意志に呼応するように激しく光を帯びる二振りを×字に振り抜く。
放たれた斜め十字の一閃は鋼裂蜥蜴の堅牢な鱗を容易く切り裂き、煌めく光の筋は止まる事なく後ろの木々にまで達していた。
木々が滑らかに切り裂かれて行くとしばらくして、鋼裂蜥蜴と共に音を立てて崩れていくのだった。
最早肉塊と化した鋼裂蜥蜴を見て確実に絶命したと判断し、思わずその場に仰向けとなって倒れ込むシノア。
放たれた斬撃によって森にはぽっかりと穴が開き、広場の様になった空間に陽の光が差し込む。
「だぁー! 疲れたぁ!」
気持ちの良い日差しに当てられ、いつの間にか元の虹彩に戻っていた瞳を閉じると、このまま眠てしまいそうな程の倦怠感に襲われてしまう。
しかしここは未だ森の中。血の臭いによって他の異獣が集まって来るかもしれないために渋々といった様子で上体を起こす。
残った気力を振り絞りのそりと起き上がると、鼻腔を血の匂いが満たし不快感と共に生暖かい液体がシノアの鼻から流れ出る。
傷を負っていないにも関わらず地面にポタポタと垂れ落ちる鼻血は、泉慧の瞳の使用による脳の過負荷によるものだった。
相棒である二振りを丁寧に鞘に収めると、どろり、と流れる鼻血を袖で無造作に拭い懐から雑用のナイフを一本取り出す。
死してなお凶悪さを醸し出す鋼裂蜥蜴に歩み寄ると、死骸から鱗を一枚剥ぎ取り魔力を流す。すると難なく剥ぎ取れた鱗が生前の様に鋭さを兼ね備えた鋼の様な鱗へと硬質化していく。
生きている間は衝撃をものともしなかった鱗が、何の変哲もないナイフで剥ぎ取れたのは鋼裂蜥蜴が微量ながらも全身に魔力を巡らせていたためであった。
何度かそれを繰り返し試しても硬さを取り戻すことを確認したシノアは、組合への報告のため漸く帰路に着けるのであった。
第1話 『穿つ運命ならば』
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