第13話 Believe in yourself
「おっさん……メインのおっさん!」
「あ、ああ」
「そろそろ森の出口だ」
やはり双子のことが心配なのだろう、心ここに在らずといった様子のメインは、声をかけられ短くすまんと一言。
森はいつしか、ゴロゴロとした岩場が広がる荒涼とした大地に変わってゆく。
緑から一変、周囲には土と枯れた草木が目立つようになった。
後にいる全員にそこで止まるようにハンドサインを出す。
各自が身を隠せる場所に着いた所で、前方を指さすとそこには岩壁にぽっかりと開いた穴が存在しており、追ってきた跡は確かにその奥へと続いていた。
一見すると洞窟の入り口のようにも見えるその穴の周囲には、同じような足跡が点々と残っており、それらはどれも洞穴を起点として広がっていた。
鼓動探知!
範囲内に確認できるだけでも、数十から数百、奥へと進めばその数はより増すだろう。
「あれが、巣の入り口だな」
「あの狭さだと、俺の戦斧は自由に振れないっすね」
「ならロークは先頭で防御に専念してくれ、その次に私とシノア殿が、後衛はリアス殿。メイン殿は援護と遊撃をお願いしたい」
ミサの指示に頷きで返し、伝えられた陣形で洞窟へと進んでゆく。
内部へと進むにつれ外界の光は徐々に消えてゆき、もはやリアスの十八番となりつつある『火無光』を行使する。
洞窟の内部はやや湿り気を帯び、ひんやりと肌寒い。
壁面は元々洞窟であったものではなく、無理矢理にこじ開けたような、そんな感じがした。
所々、横穴のようなものが伸びており、人一人が通れないものも含めればその数は数え切れない。
俺の発する鼓動探知は生命あるものがどこにどの程度いることは感知できても、地形の把握といったことは出来ないため、一人でも逸れたら合流することは難しいだろう。
「っ…来るぞ! 前方から十体!」
「了解っす!」
全員が停止し、警戒態勢をとる。
ロークが盾を展開し、持ち手を強く握りしめると、暗闇からぼんやりと赤黒い肢体が浮かび上がる。
『Gichichiiii!!』
それは前回も襲ってきた椀型蟻で構成された群勢だった。
狭い通路内では蟻たちの方も一斉には襲って来れないのか、ロークの盾へと吸い込まれるように向かいそれを安全圏から俺とミサが交互に処理してゆく。
「このぐらいなら余裕っすね」
「どうだかな、これよりも多く来られたら否応なしに押し潰されるぞ」
「うげぇ」
大量の蟻に囲まれるのを想像したのか、リアスが苦虫を噛み潰したような顔になっている。
剣に付着した体液を払って鞘に収め、これ以上敵が現れないことを確認すると、再度双子を探すため奥へと進む。
「どうやってモカとラテを探し出すにゃ?」
「もし女王に貢ぎ物として捧げるつもりなら、食糧庫か女王のいる部屋のどちらかにいるはずだ。どっちにしろ、奥に進まないと見つからないな」
「ならば先を急ごう。シノア殿が警戒をして慎重に進んでいることは分かるが、この程度なら多少速度を早めても大丈夫だろう」
「……そうだな、少し急ごう」
先程よりも速度を早めて進み、同じような数の椀型蟻と戦闘を行うこと数回。
洞窟内が徐々に光を帯びてゆき、リアスの『火無光』無しでも見通しが良くなってくる。
光の源は壁面に自生した苔のような植物からであり、太陽光の代わりに魔素を吸収することで洞窟内を明るく照らしていた。
「綺麗なもんすねぇ…」
道幅も奥へ進むにつれ徐々に広がってゆき、やがて大きく開けた場所へと出る。
そこは壁から天井までびっしりと光る苔が生えており、ドーム状の地形を端の方まで見渡せるほどだった。
「…悪い、誘われた」
俺たちが出てきた穴とは反対の穴から大量の異獣が這い出てくる。
鼓動感知を使って、出来るだけ敵のいない道を通ってきたが、今思えばここへ誘導されたようにも思える。
異獣の中には椀型蟻を含め、大顎が異常に発達した鋸蟻、腹部が膨張した爆弾蟻。
どれも蟻型だが、見えるだけでも様々な種類が入り乱れていた。
「き、気持ち悪いのにゃぁ…」
「さっさと蹴散らして、チビ共を助けるぞ」
「おう」
先手必勝。
メインが両手に銃を構え、目に見える敵を蹴散らしてゆく。
「『全能力上昇』!」
リアスの白魔術が全体にかかり、ミサと共に全面へ駆け出す。
メインの弾丸はまるで俺たちを避けるかのように、正確に敵のみを撃ち抜いてゆく。
誤射の心配は無いことを確信し、より極夜と白夜を振るう速度を上げる。
ロークの方もこの広さの空間ならば戦斧を存分に振るうことができ、盾をしまい戦闘に参加している。
あいつのいるところだけ嵐が来たみたいになってるな…。
動ける魔術師ことリアスは、討ち漏らした異獣を的確に処理している。
通常の魔術師とは違い、盾役を必要としないのはやはりとても心強い。
しかし、リアスの背後から忍び寄る、椀型蟻にしては大きい影。
爆弾蟻だった。
「リアス!」
急転換し、後方へと駆け出す。
「わかってるにゃん!」
リアスはその気配に気づいていたのか、ニヤリと笑うと背後の爆弾蟻へと長杖を向ける。
リアスを襲うべく、高く飛び跳ねた爆弾蟻はリアスによる『風刃』によって容易く切り裂かれる。
腹部が異常に膨張し、その巨体からか機敏には動けないながらも敵近くに寄るとその名の通り自爆する異獣。
爆発すれば、その威力は軽く人を吹き飛ばせるほどの火力を持つが、爆弾蟻が自爆する前に倒してしまえば爆発はしない。
しかし爆弾蟻の恐ろしい点はそれだけでは無い。
頭部の損傷によって倒せればなんということは無いが、腹腔部内に貯蔵されている体液は強力な酸性を帯びており、外気と反応することで瞬時に人肌を溶かす程の威力を発揮する。
そして背後からの襲撃を難なく切り抜けたと、ピースサインをしてそれを誇示するリアスの様子からしてその特性を知らない。
速度を上げ、慣性を殺さずに勢いのままリアスを突き飛ばす。
俺の勢いをそのまま受け止め、衝撃のままにリアスが地面に倒れ伏してしまう。
「な、にするにゃん!!」
「がぁ…っ」
突如、右足に激痛が走る。
見れば足首から膝下にかけて、爆弾蟻の蟻酸により焼け爛れていた。
立つこともままならず、その場に突っ伏してしまう。
「シノア!」
飛び上がるように起きたリアスが、俺のせいでできた擦り傷など構わずに駆け寄ってくる。
「ローク、援護を!」
「了解っす!」
異変を察知したミサが後退し、ロークは戦斧を背負い盾を展開する。
「『不滅の聖域』!」
俺を中心として、円状に土属性の防御魔術が展開される。
阻まれた蟻たちは、侵入を試みようと攻撃を繰り返すが、そのどれもが容易く弾かれていく。
「シノア殿、傷を見せてみろ」
傷の状態を見たミサは、思わずといった様子で顔を顰める。
皮膚は溶け、蟻酸は肉にまで達しているのか、所々では骨が露出している部分すらある。
「こいつはひでぇな…」
「リアス殿、白魔術で回復を…リアス殿!」
「わ、わかってるにゃ」
「いや、大丈夫だ…! 余計な魔力を使うな」
魔素を変換し始めたリアスに制止をかけ、うつ伏せの状態からゆっくりと座り込む。
「何いってるのにゃ! 変な見栄はるんじゃ——」
「いいからっ…俺は、大丈夫なんだ……」
「っ!」
何かに気付いたのか、ミサが驚きにより声を漏らす。
リアスがその視線を追った先では、蟻酸によって溶けた足が傷口からぐじゅぐじゅと蠢いていた。
見ていて気持ちの良いものでは無いそれは、徐々にではあるが傷口の再生が起こっており、反応によるものなのか蒸気を伴っている。
やがて傷口が完全に回復し、足の先まで動くことを確認すると、何も無かったかのように自力で立ち上がる。
「隠してて悪いな…気持ち悪いだろ」
若干の静寂が広がる中、聞こえてくるのは蟻の鳴き声だけだった。
普通の人間であればあり得る筈のない事象に、全員が言葉を失う。
だから、こればっかしは誰にも言えなかったんだよなぁ…。
ここでお別れか…ああ、新しいズボンも買わなきゃだな。
「まぁ、ミャーの肉壁にはなるから良いんじゃにゃい?」
気まずい空気の中、始めに口を開いたのは意外にもリアスであった。
「それはどうかとも思うが、隠し事は誰しも持っているものだからな。むしろ傷が治ったのなら良かった」
「そ、そうか…ありがとな」
無理をして言っているような雰囲気でもなく、本音で思っているであろう言葉に思わず面食らってしまう。
遅かれ早かれ、いつかは気付かれると思っていたが…まさかこんなにすんなりと受け入れられるとは…。
「よっしゃ、動けるならさっさと片付けちまうぞ」
両手にある銃を構え直し、ロークの援護へと向かうメイン。
「無理はしないでくれ」
「何かあったら遠慮なく盾にするのにゃ」
ミサとリアスが続く。
その背を追う俺の足取りは、傷を負う前よりもどこか軽くなった気がした。
第13話 Believe in yourself




