第10話 Wild goose chase
異獣の処理を終えた俺たちは、メインの小屋の空き部屋を借りて束の間の休息を取った。
旅の疲労もあったためかぐっすりと眠り、目を覚ます頃には既に正午を回っていた。
「いやぁ、本当に申し訳ない! だが助かった!」
ガハハ! と言葉とは裏腹に快活に笑うメインは、俺たちよりも遅く起きただけじゃ飽き足らず後頭部には寝癖がついていた。
昨日の夜はかっこよかったのにな……。
「いや、メイン殿の助けになれたのなら良かった。また次の襲撃が心配だが、私たちも先に進まなければならず…申し訳ない」
「ガッハッハ! なぁに謝ってんだ、今まで大丈夫だったんだ。少し数が増えたところでなんともねぇよ」
自分も先を急ぎたいだろうに、それでも人助けをしてしまうのはやはり騎士の性なのだろうか。
心配そうに眉を寄せるミサは何かを探すように周囲を伺っていた。
彼女が案外かわいいもの好きだと言うことがここ数日で判明したため、何となく誰を探しているのかは見当が付く。
しかしまだこの時間まで眠っているのか、この場に双子の姿は無かった。
「おっさん、モカとラテは?」
「あぁ、なんかお前らに渡したいものがあるとか言って小屋に戻ってったんだが。…そういえば遅いな」
ちょっと待ってろと言い残し、メインは小屋に戻っていく。
最後に別れの言葉ぐらい言いたかったのだが、まさか向こうの方から用があるとは思っていなかった。
メインの言葉を聞いた俺以外の三人は、予想外の双子からのプレゼントにワクワクとした表情をしていた。
ロークとミサは純粋な気持ちからだろうが、リアスは金銭目的なのではと邪推してしまうのは彼女の日頃の行いから来るものなのか、それとも俺の心が汚いのか。
…日頃の行いだな。
俺の心は至って綺麗。
すると、何故か入口ではなくその真反対、小屋の奥の方からメインが駆け寄って来る。
その表情は何処か焦りを含んでおり、額には汗が浮かんでいた。
「こっちに、チビ共、来てねぇか…!?」
「いや、来てないっすけど」
「おっさんが呼びに行ったんじゃねえのかよ」
メインは何を言うでもなく、紙切れを手渡してくる。
そこには拙い字で『ぷれぜんとを、とってきます』と一言だけ書かれていた。
字体と先ほどの状況からそれを書いたのがモカとラテだと一目でわかる。
「裏口が開いてたから、恐らくそっちから外に出たんだろう……」
「大袈裟だにゃ、近くの森なら大丈夫じゃにゃいか?」
「いや、いつも森には立ち入るなってしつこく言ってるんだ…」
メインの顔がみるみる険しくなっていく。
何か俺たちには知らない事情があるのだろうが、それにしても心配しすぎな気もする。
「出立しなければならないのは重々承知してるが…頼む! 一緒に探しちゃくれねぇか」
先程までの少しおちゃらけた態度では無く、誠意を込め、深く頭を下げるメイン。
その様子から、彼が普段から双子のことをどれほど大切に思っているのかが分かる。
個人的には手助けをしてやりたいのだが、今は雇われの身。
自分勝手に指針を決める事はできない。
メインの願いを聞き入れるのか、雇い主であるミサを全員が見る。
まぁ、何を言うかは聞かずとも分かるような気もするが。
「全員、全力でモカちゃんとラテちゃんを探すぞ!」
ミサから指示が飛ぶや否や、各自散会し森の中をくまなく捜索しに出る。
薮の中や木陰、周囲のありとあらゆる場所を探すがそこに双子の影は無かった。
もしかしたら、ここよりもっと遠くに向かってしまったのではと思い始めたその時、リアスが何かを見つけたらしく全員を招集する。
「昨日の蟻の匂いがまだ残ってて分かりづらいけど、ここら辺から二人の匂いがするのにゃ」
リアスの言うとおり、少し近くを調べてみるとまだ比較的新しい足跡が残っていた。
靴の跡はちゃんと二人分あり、それがモカとラテのものであることは間違いないようだった。
これならばまだそこまで遠くには行ってはいないはず。
そのまま足跡を辿っていくと、ロークが何かを拾い上げた。
「メインさん! なんかあったっす!」
「これは…」
ロークが手に持っていたものは、モカとラテがお揃いで身につけていた髪留めだった。
一つしかないが、どちらかのものでまず間違いないだろう。
問題はそれを見つけた場所には、何かが争った形跡があることだった。
状況から考えれば、髪留めは単に落としてしまった訳では無いことが分かる。
二人分の足跡以外に、複数の痕跡。しかし、それは見るからに人のものでは無かった。
土には六つの小さな跡が残っており、木の擦れ具合からその足跡を残したものはそれほど背丈が高くない。
心当たりが無ければここに何がいたかを推察するのは時間がかかっただろうが、この痕跡はつい最近にも見かけたことがあるものだった。
「椀型蟻だな」
「まだ近くに潜んでいたのか…」
途中から双子の足跡は消え、代わりに轢きづられた様な線と椀型蟻のものと見られる歩行跡が点々と森の奥へと続いていた。
「まさか連れて行かれたってのか!?」
「昆虫型の中でも椀型蟻は獲物をその場では殺さず、生きたまま巣へと持ち帰る習性がある」
確証は無いが、まだ二人が生きていることを聞きホッと胸を撫で下ろすメイン。
「だが、それは巣にいる女王へと献上するためだ」
椀型蟻は新型の異獣では無く、比較的古くから発見されているため大体の生態と情報は把握している。
「時間はあるとは言えないな……どうする?」
ここでミサへと問うたのは、予想よりも深刻な状態にこのまま捜索、もとい救助を続けるかの確認だった。
巣へと連れて行かれたとなれば、大量の異獣との戦闘は免れず、仮に全てを倒し切れたとしても双子が生存しているとは限らない。
それならば本来の目的である、港へ向かう方が理にかなっている。
「無論、急いで向かおう」
しかし、彼女は騎士であった。
その中でも根っからの騎士である彼女には、見捨てるという言葉は残っていない。
分かりきっていた答えに、あのリアスも含め既に双子救出への気概を持っていた。
「すまん、恩に着る…!」
急いで痕跡の跡を辿り、森の深部へと進んでゆく。
俺の後に続くメインを確認し、昨日から気になっていたことを問いかけてみる。
「おっさん、こうなった以上聞いておきたいんだが---」
「モカとラテのことだろう」
ちらりと様子を見ると、眉根を寄せ難しい顔をしたメイン。
「俺も詳しいことは分からんがな、あの二人にはそれぞれ特別な力が備わってんだ」
「特別な力っすか?」
「ああ、固有能力とは別格のものでな。モカは事象を倍増させ、ラテは半減させる力を持ってる」
文字通り別格の力を有していたモカとラテ。
その言葉の意味を理解し、思わず息を呑んでしまう。
倍と半減。
言葉にしてみれば単純。
しかしその本質は、世界の理を捻じ曲げてしまうほどの力を秘めている。
「つまり行使した魔術は倍になるし、相手の威力は半分になるって事っすか!?」
「ああ。…その力が目覚めたのは最近なんだが、俺らには感知できない何かがチビ共から流れてるらしくてな。それを感知した異獣どもは、どう言うわけかあいつらを狙ってきやがる」
椀型蟻が一斉に襲ってきたことにはそういう裏があったのか。
感知できない何か、が気になるところだが、少なくとも魔力では無い事は確か。
あの双子から感じられる魔力量はそこまで大きくなかったはずだ。
リアスの持つ『星織りの巫女』とはまた違った形式の固有能力なのだろう。
「何にせよ、急ぐしかないな」
思っているよりも遠くまで続いている跡に、出来れば追い付くこと願い速度を
上げていく。
第10話 Wild goose chase




