第4話 ちょっとだけ
「にゃぁ…もうこの携帯食料飽きたのにゃあ…」
首都であるコンガルドを出立して三日目の昼。
今はクラキリシュ国領土内にある港町に向けて歩みを進めている。
俺たちが歩いているのはその港町と首都を直接繋げている街道だ。
街道と言っても輸送用の馬車等が通るためそれなりには整備が入ってはいるものの、少し脇に逸れれば鬱蒼とした森が広がっており、人の手が行き届いていないのか路面の状態はあまり良いものとはいえない。
そして小休憩を取りつつも着実に港町へ近づいている中、お昼にしようと路傍に寄った時、いよいよ味のあまりしない食事に嫌気がさしたのかリアスが駄々を捏ね始めた。
「飽きたってお前…冒険者なら長期の依頼なんてざらにあるだろ」
「ミャーはそういうのはやらないのにゃ。ワリの良い仕事しかしたくないにゃ」
じゃあなんで今回のは受けたんだよ、とは口が裂けても言えないがせめて自分で気づけという気持ちを込めてジロリと見る。
「でも確かに俺たちも訓練で慣れているとはいえ、こうも連続すると味のするものが食べたくなるっすよね」
と、それで何個目になるのか最後の一口を口に運び、その体躯に見合った量の食事を済ませたローク。
量自体もそうだが、よくこの味のしないパサついたものを美味しそうにガツガツと食べられるものだ。
なんなら俺のもあげようか?
なに、遠慮しくていい。
俺は港に着き次第、良い酒と美味いものを腹一杯食うから。
そういえば組合の個室で話をしていた時は、言葉数が少なかったために寡黙なやつだと思っていたがこの男、実は結構喋るのだ。
この三日の間になぜあの時黙ってたのか聞いたところ、騎士団にいた頃からの決め事でああいう話し合いの場では極力話さないようにと団長から言われているらしい。
その団長曰く、ロークが誤ってこちらの情報を話してしまったり、相手の琴線に触れるような発言を回避するためだとか。
彼は気づいて居ない様だが、要するにアホの子は黙ってなさいということだ。
可哀想な子、ロークっ…。
それでも体格は良いから、何かあった時のために同席することが多いらしい。
不憫な子、ロークっ…!
「あと二日ほどの辛抱だ。港に着いたら美味しい食事処にでも寄ろう」
おすすめの場所があるのだ、と話すミサは女性にしては結構な量を平らげ、己の剣の手入れを始めていた。
ミサとロークの装備は鋼裂蜥蜴を討伐した時の様な白銀の甲冑ではなく、動きやすさを重視とした旅装束に変わっており、目立つ様な格好でも無いため誰が見ても一見して二人が騎士だとは判断できないだろう。
「そう言えば、最終的な目的地を聞いていなかったんだが、どこに向かってるんだ?」
「ああ、港に着き次第船を借り、獣王の治める国ティービーへ向かう」
この大陸とは別の大地にある国、ティービー。
そこでは獣人の王が国を治めており、獣人はもちろん人間から妖精族など様々な種族が共に暮らしている。
その国が有名な点は、何も多種多様な種族が共生していることだけでは無く、もう一つ特筆すべき点がある。
神々が降り立った時代、手を伸ばせば空に届き、一足で大陸を跨いだたというあまりに巨大な異獣が存在していたと言う伝説があり、昔の人々は苦戦しつつも協力することでなんとかその異獣を倒したらしい。そしてその際、最も功績をたてた一人の獣人がその亡骸の上に国を築き上げたという。
その名残は今でも残っており、地表にはまだ朽ちていない巨大な異獣の骨が突き出しているらしい。
「じゃあティービーにニヴルがいるってことにゃん!?」
自分の故郷に全ての元凶である神がいると知り、動揺を隠せず携帯食料を落としそうになっている。
「いや、ティービーは通過点に過ぎない。私達の目的地はさらにその奥、沼地の街ワイルドハントだ」
ヤツはそこにいると付け加え、手入れの終えた片手剣を鞘に納める。
どこか安心したような表情をするリアスを尻目に、出発するための身支度を整える。
食事内容も携帯食料だけであまり荷物を広げていなかったため、各々の支度は存外早く終わり、あと二日で美味い飯が食えると思ったのも束の間。
「---!」
「ッ!?」
「にゃっ!?」
「…!!」
突如として感じるとてつもない魔力の波長に全員が総毛立つ。
魔素を感知できない動物たちですら違和感を感じ取ったのか、鳥たちは空に羽ばたき森もざわつき始める。
次の瞬間にはその魔力は収まり感じられなくなったが、気を抜けば立っていられない程の重圧に防衛本能が警鐘を鳴らしていた。
なんだ、今の…っ。
リアスの固有魔術よりも遥かにデカかったぞ…?
感知できた限り、膨大な魔力の元は脇に逸れた森の中。そのずっと奥の方からのようで、あまりにも規模が大き過ぎたために詳しい地点までは分からない。
短い間だったとはいえ、呼吸をするのすら忘れていたらしく、今頃になって思い出したかの様に肺が酸素を取り込む。
全身からドッと冷や汗が流れ出るのを感じつつ、無意識の内にかけていた手を剣の柄から離す。
「一応聞くが、知り合いだったりしないよな…?」
「ミャーより大きい魔力なんて見たこと無いにゃん!」
「俺、漏らしたと思ったっす」
突拍子もないその発言に全員の視線が森の方からロークへと変わる。
「いや漏らしてないっすよ!?」
両手を横に勢いよく振り、疑惑を晴らそうとする。
この後の判断をどうするか、依頼主であるミサに目線を送ると向こうもその意味を理解したのか、少し逡巡した後、決意したように顔を上げた。
「強力な異獣が現れたのかもしれない、警戒しつつ向かおうと思う」
ミサの指示の元、ロークを前衛として、次に俺とリアスを殿にミサという予め決めておいた隊形で森の奥へと進んで行く。
第4話 ちょっとだけ
次話もよろしくお願いします!




