第9話
新幹線の座席を向かい合わせにして、一方に真咲と丞玖、向かい側に未優が座った。空いた席には乗客はいなかった為、麻美に持たされた土産の紙袋が置かれている。
「ワクワクするね~」
発車のアナウンスを聞きながら、未優が笑った。白衣ではなくカラフルな私服に身を包み、髪も下ろした未優は、いつもの何倍も綺麗に見えた。丞玖は緊張して無口になっている。自分はお邪魔虫だなと思った真咲はふと、『お邪魔虫』って誰が言ってたんだろう、と思った。たぶん麻美だろう。たまに古臭い言葉を使うから。
列車が動き出し、窓の外の景色が流れていく。少々間が持たなくなった真咲は、鞄からスマホを取り出した。
「『ウミガメのスープ』やらない?」
ある男が、海の見えるレストランで「ウミガメのスープ」を注文した。スープを一口飲んだ男は、それが本物のウミガメのスープであることを店員に確認し、支払いを済ませて帰宅した後、自殺した。一体、なぜ?
一見不可解な状況が示され、それに対して質問をしていくことで真相に辿り着くという、水平思考クイズである。昔からあるらしいが、真咲は最近ネットで見て知った。問題に対して回答者は質問を投げ、出題者はそれに「YES」「NO」「無関係」のいずれかで答えていく。
真相はこうだ。男はかつて数人の仲間と海で遭難し、無人島に漂着した。食料はなく、仲間たちは生き延びるため、死んだ仲間の肉を食べた。しかし男は、それを頑なに拒否した。弱っていく男を見かねた仲間の一人が、「これはウミガメのスープだ」と嘘をついて男に人肉のスープを飲ませ、命を繋いだ。男はレストランで飲んだ本物のウミガメのスープと、かつて自分が飲んだスープの味が違うことからそれを悟り、絶望のあまり自ら命を絶った。
理解できないような難問の答えに、質問を重ねることによって近付いていく。あらゆるパターンを考え、小さなヒントを探す。そして、ある瞬間の閃きにより、誰もが納得できる解答に辿り着くのだ。思考という不思議な力によって、真相は解き明かされる。
未優は知っていたようで、丞玖に説明してくれている。真咲は昨日見付けておいたサイトを開き、問題一覧が書かれた目次の画面を眺めた。
問題は沢山あった。一人が答えを確認してから質問を受ける。なかなかに盛り上がり、あっという間に乗り換えの駅に着いた。
在来線に乗り換えると、窓から見える風景が変わって来る。もう誰も住んでいないような線路沿いの古い家、陽の当らないアパート、煙突から黒い煙の出る工場、斜めの屋根が並んだ倉庫群。どこか物悲しい風景に思えた。
「なあ、世界が明日滅ぶとしたら、今日は何をして過ごす?」
風景を見て思ったのか、丞玖が未優に訪ねた。未優は「そうねえ」と言って暫く考えた後、思いついたようにポンと手を叩いた。
「テーマパークへ行く」
「誰と?」
「う~ん、……彼氏?」
そう言って首を傾げる。丞玖が固まるのが分かった。
「先生、彼氏いるの?」
丞玖の代わりに聞いてやると、未優は「残念ながら」と笑って首を振った。丞玖がホッとしたように、リラックスして座り直す。グーっとお腹が鳴るのが聞こえた。
「お昼にしようか」
乗換え前に買った駅弁を広げながら、真咲はさっきの質問について考えてみた。明日世界が滅ぶような状況でテーマパークが営業しているわけがないが、もし、誰もその事実を知らなくて自分だけが知っていたとしたら、僕は何をして過ごすだろうか。もし地球最期の日が穏やかなら、なにごともなく平穏に過ぎていくのなら。
きっと僕は何もしないだろう。ただ同じように、退屈な日常を過ごすだけだ。その日、世界が終わるとしても。丞玖なら、どうするだろう。世界を救うべく奔走するのだろうか。そうかも知れない。こいつなら、そうするだろう。例え力及ばないと分かっていても。そんな気がした。
窓に目をやると、視界に徐々に緑色が増えて来る。いい天気だった。
「巻き寿司、残すんなら、くれよ」
安心したせいか丞玖は食欲が旺盛だ。「全部取るなよ」と言いながら弁当箱を差し出した真咲は、玉子巻きだけは取られる前に先に口に入れた。