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第20話

「樋口、帰るぞ」

 二つのかばんかかえた丞玖が、保健室の入口から顔を出す。

 真咲は眠れない日が続き、次第に食事も喉を通らなくなった。麻美は心配し、何度も父に電話をしていた。

 試験が近い。成績が落ちるのは嫌だったので、麻美が止めるのを振り切って授業に出た。案の定、二限目の途中で倒れ、この時は丞玖ではなく先生が保健室に運んでくれたと聞いた。

 何だろう。眩暈が起きる感覚がどんどん狭まってきている気がする。

 水槽のフグを眺めながら、何となく帰りたくなくて、もたもたしていた真咲の後ろで、躊躇ためらいがちに未優が言った。

「樋口くん。考えたんだけど」

「……何?」

 未優は少し黙って丞玖の顔に目をやり、了解を得るように頷いてから、改めて口を開いた。

戸籍謄本こせきとうほん、取ってみたらどうかな?」

「戸籍謄本?」

 聞き返した真咲に、真摯しんしな視線が向けられる。

「想像しているだけじゃ何も解決しないわ。本当は、ご両親とちゃんと話し合った方がいいと思うんだけれど、それはしたくないんでしょう」

 真咲は頷いた。怖いのだ、とても……。

 未優は小さく溜息をこぼし、痛ましげに真咲を見た。少し麻美の視線に似ているような気がした。

「見たくないものを見ることになるかもしれないけど。それでも、真実を知る覚悟があるのなら」

 そこで言葉を切って、未優は目を伏せた。

「私は、無責任かしら」



 通院の時に保険証として渡されるマイナンバーカード。それを使えば戸籍謄本はコンビニで手に入る。最近は月に一度検査に来るように言われているので、次に行くのは来週の水曜だ。食卓で麻美と向かい合いながら、真咲は動揺を悟られないように平静を保つのに神経を使った。

「真咲くん」

 呼びかけられるだけでビクリと手が震える。

「な……何?」

 声が上ずってはいないだろうか。心臓の音は聞かれていないだろうか。

「ちゃんと眠れてる?」

 心配顔の麻美に、罪悪感が湧き上がる。別に麻美さんが嫌な訳じゃないんだ。真実を知りたいだけなんだ。心の中で言い訳しながらも、直接尋ねることをせずに秘密のまま調べようとしている事が後ろめたかった。

 言葉にしたら何かが変わりそうな気がした。家族が壊れてしまうのを恐れる気持ちと、母の事を知りたい気持ちがせめぎ合い、真咲をさいなんだ。

「うん。よく眠れてるよ」

 真咲は、戸籍を見て真実を知っても胸の内だけにとどめ、何も知らないふりを通すことに決めていた。だから気付かれてはいけない。だまし通さなければ。父と麻美が、真咲にそうしたように。



 学校を休んでの通院。ど平日の水曜日である。検査の結果は異常なし。けれどもう、そんな事はどうでもよかった。

 コンビニのマルチコピー機。行政サービス─証明書交付サービス─暗証番号─戸籍証明書。震える指で画面にタッチする。耳鳴りかと思う程に心臓が音を立てた。

 店を出て、外がすっかり秋の景色に様変わりしていることに初めて気付いた。今まで何も見えていなかったのだ。どうやら相当気を張り詰めていたらしい。

 ファストフード店はここには無い。お洒落な古民家カフェに入り、奥の席に座った。少し薄暗い店内には趣のある古い家具が置かれていた。何を注文すればいいのだろう。メニューを見て、ミルクセーキが目についた。麻美と同じぐらいの年齢に見える女性に希望を伝え、真咲は椅子に座り直した。

 深呼吸し、鞄からクリアファイルを取り出す。テーブルの上に広げた謄本は三枚。紙の端が少しだけカールしていた。

 父、邦彦の名前の下の欄に母の名前があった。名前の横には「除籍じょせき」の文字。出生・婚姻・死亡、それぞれの日付が記載されていた。

「……嘘だ」

 真咲は自分の目を疑った。何度も日付を確認し、紙をめくる。

「そんな……。こんな事って」

 戸籍に記載された雪絵の死亡日は真咲の誕生日と同じだった。真咲が生まれたその日に、雪絵は亡くなっていた。

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