第五話:二人目(弾む心)
***** 当子side ****/
面会日程:十二月十一日
面会可能時間:午前十時から午後十時
今日は、昨日と違って残念だけど曇りだ。
天気も何かしら影響あるのかな。あの人、晴れが大好きだったもんなぁ。
昨日は、昼食の時間が長すぎた気がするので、今日のお昼はファストフードで済まそうと思う。
その分、夜にゴージャスな食事にします。夜十時までだしね。
今日の行き先は、彼の好きな水族館。もちろんわたしも大好き。魚自身に詳しいとか興味があるとかより雰囲気が好きかなぁ。
そして、今日も一時間前に来ちゃった。
でも、今は九時です。そう、今日は朝十時からなのです。
面会室の前には椅子が三脚置いてあります。 昨日と同じ右端の椅子に掛けて、十時を待つことにします。
なかなか進まない時計とにらめっこしつつ時間五分前になると、今日も「お入りください」と担当者さんが扉を開けて誘導してくれた。
だけど、今日は心の準備はできています。
でも、部屋に入ると、やっぱり涙が溢れて来た。
「当子」
わたしの名前を呼んだ目の前に居る男性が彼だとは判ってはいるの。 昨日会ったはずなのに、嬉しさが溢れてくるのだ。
「和希……」
そして、名前を呼んで抱き付く。これは、本能的と言うか、もう無意識の動きだろう。
「当子、どうした?」
和希は慌てる風は無いが、当子の想いに答える様に抱きかえす。
「やっと目覚めたのよ」
そう、そういう設定だ。これは、毎回言っておかないと。
「ああ、そうらしいが、なんとも、よくわからなくてな」
「良かった」
「ああ、よかった。 そして、ごめんな。 たくさん心配かけただろうし、それに……結婚式」
「いいのよ。 今、こうしていられる事がどれだけ嬉しい事か……」
昨日と同じ流れな事が、不思議に納得できる。
「なんか、照れるな。 人、見てるし」
「ごめんなさい、あまりに嬉しくて」
「いいさ、悪い気分じゃ無いしな」
「ふふ」
やっぱり、顔はにやける。
「この後、半日くらい外出していいらしい。 どこか一緒に行ってくれる?」
彼が照れ臭そうに聞いてくれた。
「もちろん。 水族館とかどう?」
「いいね。 体動かすのは、ちょっと自制したいから、そういうのんびりなのがいいな」
「りょうかいっ」
答えると、出発準備は出来てるはずなので、すぐに手を取って引っ張る。
「とりあえず、腹が減ったかな」
勇むわたしを少し押さえに入るのは以前と同じだ。
「ちょっと早いけど、腹ごしらえから行きましょう。 おごっちゃうよ」
そして、彼を引きずる様に手を引くと勇んで歩き出す。
「いってらっしゃいませ」と担当者が送り出してくれた。
彼が、丁寧に会釈している横で、わたしも、ちゃんと会釈した。
「なんか、お行儀良くなった?」
「へへ、まぁね」
とってもにやける。 でも、どういうことよ。
この後、水族館が控えているから、電車での移動を考慮して、まずは駅前のファストフード店で軽く食事を済ませた。
きっと途中で休憩がてらにいろいろ食べるだろうから、その分は空けておくのは当然。
そして、電車に乗って移動、水族館に向かい、まさに以前の様なデートを楽しめた。
それは、なんの違和感も感じ無かったからだろうか。
さりげなく記憶を確認する質問にも問題無く答えてくれた。
昏睡から起きた自分を心配しているから質問されている、と勘違いさせているのは少し罪悪感があったけど。
水族館の後、新宿に戻ってから夜の食事に向かった。
昨日の昼に行ったホテルのレストラン、夜のメニューも確認してていいなと思ってたのです。
そして、予想通り、とてもとても美味しくて、きっとシェフがすごい人なのでしょう……いや、それだけじゃない。今は、一人じゃ無いから。一緒に食べたい人といるからでしょう。
彼も喜んでくれているのは、同じだと思いたいなぁ。
そんな事を考えつつもそろそろデザートかなと思った時に、彼が急に真面目な顔になって言った。
「結婚式って、どうしようか?」
そ、そうよね、気になるよね。 でも、その聞き方には答えにくいけど……。
「あ、えっと、する、いや、したいです」
じゃ無い。もっと、こう、真面目に……。
「ああ、ごめん。 答えにくかったよね」
「そんなこと無いよ。 ちゃんと、考え無いとだしね」
「じゃあ、僕が退院したら、そこからまた始めようか」
「はい」
満面の笑みで答えてたと思う。
「ありがとう」
「それは私の台詞でしょ」
「それを、今、言う意味あるの?」
「あ、そうね、うん」
また、あの忙しくも楽しい準備が始まる。 専門雑誌を買って帰ろう。もう、近所の本屋は閉まってるかな。
全部ゼロから始めるんだ。 あの時は費用を抑える事ばかり考えていたけど今度は違う。
いっそ、会社も辞めちゃおうかなぁ。 いやいや、堅実に行こう。 今の世の中、何が起こるかわからない……を実践している最中だし。
そして、研究所へと戻った。
「今日は、楽しかったね。 また来るからね」
そう言って、わたしは面会室を出た。
そして、今日も思い出しにやけ状態だ。
「明日よ早く来い」
そうつぶやいて、携帯でタクシーを呼んだ。
「あ、本屋」
ふと、気付いて、さらにぼそっと呟く。
さっきは結婚式という言葉に気分が盛り上がっちゃったけど、考えてみたら、今は本を読んでる余裕なんてどうせ無いから、この期間が終わってからにしようと思います。
/**** 当子side *****
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早瀬は、昨日、駅で黒バイクの男と別れた後、言われた通り近くの派出所に駆け込んだ。
話をすると、具体的に聞かせて欲しいとすぐに警察署の方に連れて行かれた。
警察署に付くとなぜか広めの会議室に通された。 それでも、本来どういう対応なのかも知らないので、少し違和感を感じただけだった。
しかし、部屋がどうこう言う以前に、そこには、警察官だろう二人に加えてあの黒いセダンの四人が待っていたのだった。
「うっ、これは、なんの冗談? 罠? どっきり?」
早瀬は、思った感想が口からそのまま出ていた。 体の重心は入って来た扉の方に傾いている。
「警察署に来てそういう反応をされる理由については、こちらの方からお聞きしている。
ですので、我々からお話を伺いたいと思っておりました」
警察官の一人がある程度の反応は予想していた様に言う。そして、本題は後者なのだろう。
「はは」
早瀬は、枯れた笑いで応じる。
「騙した訳では無いのです。
そして、特にあなたが不利になることや危険はありませんのでご安心ください」
「そうですか」
「先ほどは怖い思いをさせてしまいたいへん申し訳ございませんでした」
タイミングを待っていたのか、彼女を車に引き入れた男がそう言って頭を下げた。あわせて他の三人も頭を下げる。
「事情を教えていただけると思っていいですか?」
早瀬が聞く。
「可能な範囲でですが」
「では、先に聞いてもいいですか?
あなた方が居るって事はわたしあまり話すこと無いと思うので」
友人が保護を求める原因の本人達でもある。
「わかりました。
ただ、一点お答えください。 イエスかノーで構いません」
「なんでしょう?」
「あなたは、復活コーポレーション社社長の愛人でしょうか?」
「はぁ? あ、ノーです。 会ったこともないどころか顔も名前も知らないです」
彼女には意味不明と思える問いだった。
「なるほど、了解しました。
実は、あなたが社長の愛人であり次の殺害ターゲットになると、その殺害方法と時間まで含めて、ある情報筋が掴みました。
それを阻止するために向かったのです。
何処の誰がそんな情報を流したかについては、調査中となりますが……」
「うそでしょ? いや、なんでそんなことに。
それで、あなた方は警察の方なんですか?」
「いえ、警察ではありません。 本件についての協力者というだけでお許しを」
「はぁ」
早瀬は、不満の目を警察官に向ける。
「さて、申し訳ありませんがあなたを狙った容疑者はまだ確保できていません。
情報の出どころも不明です。
そこで、これから、あなたの警護を随時数人で担当させていただくことになります。
ですが、全員距離を置きますので、あまり気にせずに普段通りにお過ごしください。
また、言うまでもなく、この方々からの保護ではなく、あなたが殺害ターゲットであるためです」
警察官の一人は、早瀬の視線もそうだが、話のキリが良いと判断したのか話を進める。
「もしかしてですけど、わたし、囮みたいになるんですかね?」
経緯というか状況的にその考えも浮かぶだろう。
「確かに、その様に解釈されても仕方ありませんが、その分人数は破格に多いですから。
それから、こちらの方々は特別な事情が発生しない限り、今後あなたに関わる事は一切ありません」
こちらの方々、スーツの四人の方に顔を向けながら説明した。
「特別な事情ってなんかずるい言い方だけど、まぁなるほど、護衛をお願いしに来たのはわたしの方ですけど、なんかよくわからないので、いろいろお任せします。
あと、わたしの友人も警護してもらえますか? 既に対象かもしれませんけど」
「お名前をお聞きしてもよろしければ確認いたします。
または、ご本人から連絡をいただければ、すぐに手配いたします。
それとも、今、ご連絡が付けられますか?」
「なるほど、では、話をしてから連絡させます」
「他に何かありますか?
とはいえ、ここからの話は、おそらくこちらからお聞きした方が話しやすいですよね?」
「彼のことなら、そうかもしれません」
「では、あの黒いバイクスーツの者はお知合いですか?」
「えっと、ノーです」
「何か話しましたか?」
「今回の件、あの人の事も含めて全部話しても良いって。 必要なかったですけどね」
「人間ですよね?」
この質問は、状況上興味本位では無いのだ。
「さぁ? 顔はカッコよかったですよ、ギリ人間の範囲で」
質問の意図を理解しての回答として、能力が人間を越えている事との対比だが、少し濁した感じだ。
「ふむ、他には?」
「そういえば、そちらの方々も悪い人では無いって言ってました。
だから、お礼を言いたかったです。
わたしのことを守っていただけたとのことで、本当にありがとうございました。
言えてよかった」
その笑顔は本心だろう事を皆理解した。
だが、
「なんだと?」
お礼の気持ち自体は理解した上で四人が驚愕した。 それに応じるよりも重要な疑問が含まれていたのだ。
「あれ? なんかおかしいんです?」
「すいません。
そうですね、我々について何か知っているというのは、恐ろしい情報ですから」
少し答えにくそうだった。ある意味痛み分けか。
「ああ~」
友人は、いろんな意味で失言だったかもと思っていた。 すこしだけ頭を抱えたいのは自重した。
「他には何か?」
「無いかな」
話す事が無いのも事実だが、これ以上話したく無い方が強いのだろう。
「そうですか。
それでは、何か思い出したら教えてください。
あと、顔を見られたとのことですので、もう少しご協力願います」
「あの人を犯人扱いは申し訳ないなぁ」
「別に犯人な訳ではありません。 重要参考人といったところです。
できれば、彼にも協力をお願いするために見つけたいのです」
別件の容疑者にはなっているのだが、ここでは触れられない。
「う~ん、まぁ協力はしますけど」
この協力に応じないと解放されないのも容易に考えられる。
「お手数ばかりかけてすいません。
あと、あなたの警護はすぐに始めますが、指揮を担当する予定の者が今は不在でして、後日、本人から連絡をさせます」
「はぁ」
好きにしてください、と、ため息交じりで疲れ気味に返事をした感じだ。
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夜間、未明。
都内のとある場所。 パソコンなどが複数並んだ狭い部屋。
照明は、間接照明が少しあるが、ディスプレイの光がメインで部屋全体としてはやや暗い。
その部屋の主だろう三十代くらいの男は電話をしている。 スピーカから聞こえる相手の声は黒木博士の様だ。
「やつら、良い感じで介入してくれましたね。
本人の活躍シーンを派手にするのにとても良い演出になりました。 代わりに、いろいろバレちゃったかもしれませんが」
(「かまわんさ、やつらの出番も早く終わることになるわけじゃし」)
「そうですね。
それよりも、思いもよらぬ副産物があったので、そちらの方も進めてみてよろしいですかね?」
部屋主は少し嬉しそうに提案する。
(「もう進めてるんじゃろ? まぁ、後は任せるよ。 こっちは準備を間に合わせにゃならん」)
「了解」
部屋主は電話を切ると、パソコン画面のひとつに目を向ける。
そこには一人の女性の写真とその情報らしきものが表示されている。
「それにしても、美人さんだな。 年頃もちょうどいい。
まぁ、せめてものってやつだ。
許せよタカヤ、これが老婆心ってやつだから、たぶん良い意味でってな。
ん? 老人心か?」
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A国、大統領執務室。
「今しがた、日本大使館より連絡が入りました」
補佐官が事務的に報告する。
「ふむ、直通回線では無いのか……まぁいい、聞こう」
「”復活コーポレーション社の関係者を危機から救っていただきありがとうございました”とのことです」
「なるほどな。
先に報告のあった件だな」
「はい」
「しかし、常人では無い者の乱入か…………もう少しだけ情報を集めたら、タイミングを見てお茶を濁して撤収させろ。
用意周到だったのだろう、向こうの動きが早い、次点が読めないうちは、もううかつに動けん。 先手を強引に打つほどの物量も投入できない。 それどころか手遅れとしか思えん。
日本側は今後も期待してるみたいだが、そんなの知ったことでは無い。
やはり、外部から眺めて、機が見えたなら戦力を一気に投入する」
大統領は少し考えてから現状は特に策なしという苦渋の指示を出した。
「承知しました。
……ですが……」
「どうした?
事を重要視するわりに、手ぬるいと言いたいか?」
「いえ……」
「いいのだよ。 今はこれで」
大統領は一瞬だけ笑みを浮かべた様に見えた。
「はい。
ところで、今朝の国防大臣との面会はどの様な用件で?」
補佐官は何かを察した様にはっきりと答えてお辞儀した。
そして、話題を変えたかったのか別な話を切り出した。
「あ、ああ、次の選挙の話だ。
たいして中身の無い話だったよ」
大統領は、いつもよりもほんの少しだけ早口に答えた。
「そ、そうですか」
補佐官はこの話題も避けた方がよかったのかと後悔した。