第二話:黒いライダー
***** 当子side ****/
当子は自分の部屋に居る。 今、目覚めたばかりなのだ。
今日は土曜日なので、会社はお休み。
目覚ましは、いらなかったな、と小さな後悔をしながら着替えをしている。
お休みの日にスーツなのは、緊張感の現われかも知れないけど雰囲気的になんかこれを着ちゃった。
実は、お母さんには、まだ教えていません。当選金の使い方についての否定はされないだろうけど、もう少し慎重に考えてみては?と時間を置く様に説得されそうだから。
もし、時間を置いたら、たぶん、わたしは変えてしまう、それがとても怖いのです。
「いってきま~す」
そう言って玄関を出た。
無意味に辺りを見回してから駅を目指して歩き出す。
土曜日の午前中だからなのか、あまり人とすれ違わずに着いた。皆さん、変に疑って申し訳無し。
そして、電車に乗って当選金を受け取れる銀行へ向かい、手続きをすませた。
なんだか、よくわからないまま、全額預けて来ただけ。その方が安心だし。
さらに電車に乗って、新宿駅で降りる。
そして今、復活コーポレーションという会社の営業所に居ます。 会社名がストレート過ぎて、ちょっと恥ずかしい。
「大木様、ようこそお越しくださいました。 担当の山田と申します。 よろしくお願いいたします」
担当の人が、挨拶しながら名刺をくれた。 普通のおじさんって感じで印象は悪くない。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
いちおう、愛想笑いは忘れない。たとえ引きつっていたとしても。
「弊社へお越しと言う事は、目的はどなたかを生き返らせたいということでよろしでしょうか?
もちろん、生き返らせると申しますと語弊があるのですが、便宜上その言葉を使わせていただきます」
「はい」
「先ほどお書きいただきました相談書によりますと、ご親族では無い様ですが、法律上、本人のご親族の同意が必要となります。 ですが、こちらで代行させていただくことも可能です」
相談書は、担当の方を待っている間に書いていたのだ。いきなり申し込みとかにはならないので、少し安心した。
「出来れば、頑張ってみます。 もしかしたら代行をお願いするかもしれません」
道徳上、自分で責任を持ってやる方が良いと思うので頑張ってみよう。 でも、厳しそうなら諦める前に代行をお願いしてみるのもあるのかな、わたしでは、面と向かってうまく説明できる自信が無いし、きっとノウハウがあるのだろうと思った。
「費用は、おおよそ百億ほどかかりますが、現在キャンペーン中のため二十億弱になります。大丈夫でしょうか?」
「ええと、そこから値引きってできます?」
費用については、調べた時に、ちょっと気持ちが引いたけど、タイミングの良いキャンペーン期間も、その金額も、逆に運命的に思えた。 だけど、せこいかもだけど、やっぱり、お金も惜しい。
ちなみに、費用の大半は、人としての存在の許可を取るために必要らしい。特に日本は高額な方だとも教えてくれた。
一度、居なくなった人間だけど、地位なども含め基本的には全ての個人的財産を引き継げるらしいです。 ただ、物理的に手続きが終わっちゃったのは無理だそうです。
なので、あらかじめ復活予定の場合は、死後のもろもろの手続きをしないらしいです。 今回は、その辺はいろいろ諦めても仕方が無いのです。
「そうですねぇ。
モニター的な事をお願いできるのでしたら、十パーセントほどであればなんとか」
「ありがとうございます。
わたしにもできることですよね? モニター的って」
思ったより値引いてくれたかも。 こだわって無い振りをしようとしても、変なにやけ顔してたかも? だって、二億もあればマイホームとかの夢も合わせてかなえられるもの。
「ええ。 逆にサービスが増える様な感じです。 後ほどご説明いたします」
山田さんは、特に抑揚なく話を進めた。 もしかしてもっと値切れた? いやいや、いったい何を値切ってるのよ、わたし。それも今更だけど……。
「そうなんですか」
いまいち、ピンと来ないけど後で聞けばいいか。
「では、申込書をご記入願います。 あと、記憶はお持ちのメモリカードで大丈夫ですが、クローン制作のためのDNAはお持ちで無いとのことですので、こちらでご親族に相談させていただきます」
DNAは、採取できれば何でも良いらしいけど、絶対の確証が無い物は避けた方がいいとのことで念のためお願いすることにしました。
メモリカードの記憶データは、それに写真を足せばVR空間で本人っぽいキャラを作れるサービスもあったけど、AIがそういう挙動をするだけって聞いたから全く興味無くて、使い道が無かった。もちろん、それで構わなかったんだけど。
「いろいろすいません」
「いえいえ、高額のお取引ですので弊社も全力でサポートさせていただくのは当然でございます」
その後も、真摯な対応で説明を進めていただけた。
彼が戻ってくるのは、見積では十二月二十五日予定。 なんとクリスマスじゃん、そこに合わせなくてもいいのにな。
ただ、その前に、いろいろとすることがある。
それがモニターとして追加されるサービスのことで、五人のサンプルを作って、その中から一番合う人を選ぶ事になるそうだ。
通常は、作るのは一人だけなので、その人が意に沿わないとクレームになったことがあるらしい。 その辺の免責は、同意書の注意書きにもちろん書いてある。
クローンと言っても全く同じ形にはならないということ、DNA情報だけで無く写真などの外見情報と問診された性格などからAIが逆算したパラメータを作って成長時に補正をかけるのだそうだ。よくわからない。
そして、記憶を戻す時にも百パーセントは不可能なこと、脳細胞の造りにわずかなずれがあり、復元時に欠落するデータがあるそうだ。
それでも、気付くような大きな違いはほとんど無く違和感が少し出る様な感じらしい。
その微妙な違いに文句を付けてくるそうだ。 後で、知り合いに聞いたのは、会社側としては、おそらく最初から相性が悪かったのではと考えているという事だった。
だから、
今回、依頼人自身に選んでもらう方式を試して欲しいとのことなのだ。
わたしも、二十憶も掛けるのだから……十八億だけど失敗はしたくないと思って、そこは快く受けた。
その時は、あまり深く考えることも無く、そもそも、生き返る本人の気持ちなども、良い方にしか考えてもいなかった。
相性には自信があったし、業種として認可されているのだから、ほとんどお任せを決め込んでいたのもある。 微妙な違いって言うのも、そういう思い人なのだから気になるよ絶対……それを覚悟の中に入れてあるだけ。
モニターに要する期間は九日。できれば、土日を二回含めて九日間連続の日程を勧められた。
都合が合わなければ、期間を空けても良いが、その分、納期が先送りになるとのこと。そりゃそうだ。
うちの会社は、週休二日制だから五日分の休暇をもらえば丁度いい。
そして、休暇は、新婚旅行のための分を取り下げていたので余裕で取得することができるだろう。
今日は、ここまでで終わりだった。
次は、親族の同意が取れてからだ。 明日でも大丈夫かな、後で連絡してみよう。
/**** 当子side *****
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復活コーポレーション社社長殺害当日、復活コーポレーション社内。
社内各部門では、警察による聞き取り捜査が行われている。そのため社員は全員、半強制的に社内にて待機となっている。
聞き取り内容は社長に関する情報だけでなく、会社自体の内情もだ。 なお、本日、社員は全員が出社しており、それぞれが他の社員からアリバイを証明されている。
だが、この会社、職種の関係上トラブルの可能性は様々に考えられるはずだ。
さらに、一般レベルでは無い事情も持った会社でもある、軍需産業に類すると言えるのだ。
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同日、夜。
復活コーポレーション社社長を殺害の犯人らしき者が利用した山荘。
建物前の空き地に十台ほどの警察車両が並んでいる。 他にプレス関係者の車両も複数台あるが、全員がその車内で待機させられている。
警察関係者が建物内部も含め調べている最中で、調査現場が道路にまで渡っているのもあるためか交通整理も行われている。
そこに、担当の刑事、大場と立花が到着した。
封鎖範囲の外から手を上げて合図するとその場の責任者らしき者が近づいてきた。
「何かわかってることは?」
大場が聞く。
「別なバイクで移動したみたいですね」
責任者は、すぐに答え始める。
「他にタイヤ痕などは無いんだな?」
「はい、偽装した様にも見えませんので、バイクで間違いないです。
タイヤからおおよその車種も特定できました。
さらに、同車種が近辺の監視カメラ映像から東北道を北上したのがわかり、浪岡ICで下りたのを確認しています。
ヘルメットは変わっていますが、ほぼ間違いないでしょう」
「他の自動車道に逸れるでもなく、終点までも行ってない、と」
「現在、青森市内、および近辺を捜索中です。
あわせて、フェリーの乗客についても調べています。
北海道にも手をまわしてあります」
「既に北海道か……そう思わせて青森に潜伏、逆走して……いや、北海道だな」
「もしかして勘ってやつですか?」
立花が聞く。
「当たりそうな勘だろ」
大場はニヤリと答える。
「もし当たってたら、言ったもん勝ちですけどね」
「貴様は、どう思うんだ?」
「北海道でしょうね」
「理由を聞いても?」
「明らかに追わされてますから、時間稼ぎしつつです。 たぶん、北海道でも何かしら出ますよ」
「なるほどな、ならば相手は自信があるのだろう。 単独犯じゃ無いとは思っていたが」
「そうですね」
「初動さえもう少し早ければと、申し訳無く思うぜ」
「わたしが言うのもなんですが、誰のせいでも無いですよ。 頑張りましょう」
責任者が応じた。
「ああ、頑張ろう」
大場と立花は車に戻るとバイクの走り去った方へと向かった。
他の細かい資料などは車内で確認するのだ。
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翌日、未明。
復活コーポレーション社社長の通夜が行われていた。
検死にはさほど時間を要しなかったのだろう。 死因ははっきりしており、犯人が居ることもわかっている。 証拠になりそうなものは遺体自体にはさほど無かったのだ。
遺体が本人かどうかは現時点では関係無く、それでも本人であるという検死結果は出ている。
参列者は、家族と特に親交のあった友人のみである。 殺人事件としてメディアでも知らされた事もあり、このタイミングでは顔を出し難い人もいるだろう。
復活コーポレーション社の関係者としては、営業部の山田、研究部の主任、あと一人、天才的脳科学者として有名な研究所所長黒木博士が居た。
もちろん、警察関係者が警備として多くの人員をその場と周辺に配置していたため、大掛かりな式に見えなくも無かった。
そして、通夜は、しめやかにすみやかに進んで何事もなく終了した。
ただ、その一部始終を遠方から密かに見つめる者があった。 B国のエージェントの一人だ。
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首都近郊にある某豪邸。
そのトレーニングルーム。 見た目の豪邸に相応しくフィットネスクラブに並ぶような一通りの設備は整っている。 だが、利用しているのは一人。 トレーナらしき者も見当たらない。
そのただ一人の利用者は、名前は黒木タカヤ、二十代の男性で、身長は百八十センチほどあり、鍛えた成果の現れた体、髪は短めだがあまり整えてはいない様だ。 その顔は、きりっとした色男といえよう。
彼は既に四時間ほど、休憩を挟みつつもトレーニングを続けている。
その時、初老の男が入室してきた。 執事の田村だ。
「タカヤ様、お薬の時間です」
田村は、グラスと水差しを乗せたお盆を持っている。
「すみません」
タカヤは、トレーニングを中断し、田村に差し出された水の入ったグラスと小さな白いタブレットを受け取った。白いタブレットは用意された薬で、錠剤が三種類それぞれ一錠づつあるが、三錠を口に含むと一飲みにした。
「昨日の件は仕方のない事です。
それに何かが始まったのかもしれません。
お心を強く持たれてください」
「分かっています。 心配をかけてすみません。
そうですね、今は体を動かすくらいしかできる事が無いからやっているだけです。
焦ってたりはしていませんから安心してください……。
……いや、そうでも無いかな」
田村の表情に何かを感じたのか、言葉を変えた。
「次の連絡もありませんので、休息を優先してくださいませ」
「あなたには隠せませんね、今日はここまでにしますよ」
タカヤはそう答えると、水を飲み干してから田村にグラスを渡してシャワー室へと向かった。