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Kの短編

自立歩行大型書店

作者: 雲条 翔

 ついに今日はオープンの日だ。


 田舎の、しかも都市部から離れた郊外に住むサラリーマンにとって、本を買うにはネットで取り寄せるのが一番だと思っていたが、近場に超大型複合施設が出来た。


 それは様々なアミューズメント要素を取り込んだ、大型書店だというのだ。

 本好きな俺としては、スマホのカレンダー機能に開店日を登録し、首を長くして待っていたのである。


 期待していたオープン初日。

 車を二千台も停められる、やたらとだだっ広い駐車場にマイカーを停め、建物まで向かったのだが……。


 聞こえてきたのは、楽しそうな笑い声ではなく、逃げ惑う人たちの悲鳴だった。

 なんだ、何が起こっているんだ……。


 すると、見えていた巨大な建物が、ひとつの生き物の如く、ゆっくりと「起き上がった」ではないか!


 それはまるで、海から姿を現した大怪獣のようだった。

 大型書店が……生きている!


「やはり私の危惧した通りのことが起きた……」


 いつの間にか、俺の近くには、眼帯をつけたダンディーな男性がいた。

 白衣を着て、知的な印象で、いかにも「博士」という感じだが、目に宿る光は怪しげな狂気をまとっていた。

 この状況を憂いているというよりは、自分の願っていた非現実な現象が本当に起きてくれた、と喜んでいるようにも見える。


「知っているんですか、あれを?」


 俺は、巨大な「あれ」を見上げながら、つい博士に呼びかけた。


 博士は「私は、焦沢あせりざわ大助という。大学で、書店生命学の研究をしている」と自己紹介した。


「書店生命学?」


「小さな書店ばかりなら、こんなことが起きるはずはなかった……。最近は複合施設で巨大書店が当たり前になった時代だ。いいかね、人間の脳は、膨大な知識を蓄え、脳細胞はニューロンネットワークで情報をやりとりする。そして、人間という生命体は、自我や人格を持つに至る。ここまではわかるだろう」


 うん、まあ、わかる。


「書店も同じだよ。広い店舗に、膨大な書籍。ネットで在庫管理もしている。つまり、人間の脳と同じなのだよ。書店そのものが自我を持ち、ひとつの生命として目覚めても、何の不思議もない」


 えーと、わからない。不思議だらけだ。


「私は超大型書店は分散し、建物を小型化し、ジャンルを細分化すべきだ、ひとつの巨大な建物に本を一度に集めてしまったら、怪獣のような……自立歩行大型書店が生まれてしまうと、以前から業界に苦言を呈していたのに、ついに生まれてしまったか!」


 やはりこの人、頭のネジが二、三本抜けているようだ。

「自立歩行大型書店」を見上げながら、ひひひ、と気持ち悪い笑い方をしていた。


「自立歩行大型書店」は、さらに生命として進化しようとしているのか、入口ホールをにょきにょきと伸ばして首に変化させ、舞っていた開店記念のアドバルーンを取り込んで、そのまま自分の「目」にしてしまった。巨大怪獣のような外見ではあるが、頭部だけは、カタツムリの触覚のような印象で、目だけが飛び出ている。

 それが、余計にグロテスクでもあるのだが。


 手を生やし、尻尾までにょきにょきと伸ばしていた。まさに怪獣然としたスタイルになっていく「自立歩行大型書店」。


 通報が入ったのか、空には自衛隊の戦闘機がやってきて、威嚇を始めた。


 しかし、「自立歩行大型書店」は西館ホール「古書・歴史書コーナー」の腕で戦闘機を振り払う。

 本当に怪獣映画みたいだ……!


「戦闘機では歯が立たんのは目に見えている! 任せておけ! こんなこともあろうかと!」


 博士は、高笑いしたかと思うと、手に持っていたスイッチを押した。

 アスファルトの下から地響きが轟き、駐車場の一部が左右に割れた。


 駐車場の地下から、せり出してきたのは、「自立歩行大型書店」と似たフォルムとサイズ感を持っているが、機械的なボディの……ロボットだった。

 カタツムリのような触覚の頭部は無く、戦隊モノのロボットみたいで格好良かった。


「私財を投じて、密かに造っておいたのだ! 行くがよい! メカ大型書店!」


 博士がマイクで叫ぶと、「メカ大型書店」は動き出した。搭乗者はいなくても、マイクで命令を出して動かすタイプなのか。


 ズシンズシンと足音を響かせながら、「メカ大型書店」は「自立歩行大型書店」に近づいた。


 だが、気づいた「自立歩行大型書店」は、口から放射火炎……ではなく、大量の紙吹雪を放出した。体内の本を細かく刻んで、吐き出しているのだろう。もったいないなー。


 ちぎれたページの猛吹雪で、「メカ大型書店」は視界が塞がれた。

 ページが顔に張り付き、目を覆っている。

 必死になって「メカ大型書店」は剥がそうとするが、次から次へとページが襲い掛かってくるので、間に合わない。


 その隙に、「自立歩行大型書店」は大きな尻尾を振るって、「メカ大型書店」に攻撃をくらわした! 


 ふっとぶ「メカ大型書店」! 


 倒れた衝撃で砂煙が舞い、俺や博士からは、何にも見えなくなった。


「いかん! メカ大型書店よ、奥の手だ! 武器を使え!」


 ひとつ頷いたあと、砂煙の向こうに、立ち上がる巨大なシルエット。

「メカ大型書店」は、手のひらから光を放出した。その光が凝縮し、一本の剣へと変化する。


「名付けて図書剣としょけんだ。たたき斬れ、メカ大型書店よ!」


「メカ大型書店」は、その剣を頭上から振るい、「自立歩行大型書店」を見事に真っ二つにしてしまった。


 左右に別れた「自立歩行大型書店」の身体が、倒れた。

 一度は生命を宿した建物も、こうなってしまえば瓦礫でしかなかった。


 しかし、平和は守られた。

 ありがとう、「メカ大型書店!」

 沈む夕日のオレンジ色が、静かに「メカ大型書店」を照らしていた……。


 ■ ■ ■ ■


「……こんな感じで、打倒!大型書店!地元密着の小さな本屋を応援してますキャンペーンのプロモーションビデオを作ったんですけど、どうでしょうか皆さん?」


 町内会の会長をしていた焦沢大助は、劇中では自分が一番目立つ博士役を演じて、気分上々だったが、町内会ホールの会議室の町民たちは、白けた目をしていた。


「やっぱりだめみたいだよ、父さん」


 主人公のサラリーマンを演じた、焦沢大助の息子・焦沢一郎が、父の肩を叩いた。

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