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階段を降りるたびに、足元からギシッ、ギシッときしむ音がする。リリィは細心の注意をはらいながら階段を降りた。


 一階に着き辺りを見渡すが誰もいないようだ。所々に魔光石のランプが灯り二階の部屋よりは明るく感じる。だが薄暗いことに変わりはない。


(あ、れ?ここ、なんとなく見覚えがあるような気が……)


 キョロキョロしながら歩いているとコンっと何かにぶつかり、カタンと何かが倒れた音がする。どうやら机にぶつかったようだ。机の上には倒れた写真立てがあり、恐らくこの写真立てが机にぶつかったはずみで倒れたのだろう。静かに写真立てを立て直そうとして、リリィは目を見張った。


(この写真……!)


 写真立てに入っている写真には、小さな子供たちが建物の前で並んでいる様子が写っていた。笑顔で並んでいる女の子と男の子の周りの子供たちの顔は全て黒く塗りつぶされている。


(これって、小さい時にいた施設の写真だわ、しかも小さい頃の私とレインくん……でもどうして他の子たちの顔が塗りつぶされているの?)


 写真を見てリリィはゾッとする。きっとこれはレインがやったのだ。そして写真を見て昔を思い出し、あることに気がついた。


(今いる場所って、もしかして私たちが育ったあの施設……?)


 どこかで見覚えがあると思ったのだ。薄暗くて最初は良くわからなかったが、さっき降りてきた階段の構造といい一階の様子といい、当時の状態とほとんど変わっていない。


(どうしてここに……)


 疑問に思いながらもまずは脱出経路の確認だ。リリィは過去の記憶を手繰り寄せ玄関まで辿り着きドアを開けようとするが、ドアには鍵がかかっている。魔法で壊せないかと思い魔法を発動しようとしたが、一向に魔法が発動しない。恐らくレインが施設全体に魔法封じの魔法でもかけているのだろう。

 魔法でダメなら物理攻撃で、と体当たりを試みるがドアはびくともしない。何度も何度も体当たりするが、何の効果もなく最後は跳ね返されてしまった。


「痛っ……!」


 リリィはドンッと床に倒れ込む。予想はしていたがやはり脱出は不可能のようだ。リリィはゆっくりと起き上がり考えを巡らせた。ここが幼い頃に過ごしていた施設だとしたら、かなり田舎の方ではあるが大体の場所はわかる。この建物から出れさえすれば何とかなるかもしれない。そう思って他の窓やドアを探そうと思ったその時。


「あれ、リリィちゃん起きてたんだ、おはよう」


 床から魔法陣が浮かび上がりリリィの目の前にレインが出現した。レインは片手に大きなバスケットを抱えていて、そこには飲み物の瓶やパン、果物や肉などが大量に入っていた。


「もしかしてここから逃げようと思っていた?無理だよ、ここのドアや窓は全部封鎖してあるから。どんな手を使ってもここからは出られない」

「どうしてこんなことするの?それにここは昔いた施設よね?どうしてここなの?」

「そうだよ、ここは僕とリリィちゃんが一緒に過ごした素敵な大切な場所。だから二人の最期を迎えるならここがいいなって思ったんだ」


 二人の最期?不穏な言葉にリリィはゾッとする。そんなリリィを見てレインはくすくすと楽しそうに笑った。


「大丈夫、今すぐにってわけではないよ。リリィちゃんとはまだ一緒にここで過ごしたいと思っているしね。そうそう、邪魔者は来ないから。来れないって言った方がいいかな。ここの周辺には魔石を取り込んだ強い魔物が数体いるから誰も近寄れないよ」

「どういうこと?どうしてそんな魔物がそんなにいるの?それにここは田舎だけど近くに街もあったじゃない、そんな魔物がたら街の人たちが大変だわ」


リリィの言葉にレインはフッと笑みをこぼす。 


「この施設はリリィちゃんが去った後にすぐ閉鎖になったんだ。ここ周辺は一時期魔物による大災害に見舞われたから」


 そんな話は初耳だ。施設を出てからは確かに施設の人間とは連絡を取っていなかったが、施設や施設周辺で何かあれば流石に国中で情報が流れるだろう。リリィの訝しげな顔を見てレインは静かに微笑んだ。


「ハイルさんが情報が漏れないように操作したからね。魔法省も把握していないことだよ。この施設のことも街のことも全て最初から無いものにされたんだ。すごい田舎だからね、突然無くなっても別に誰も不思議に思わない。魔物が現れて大多数の人が犠牲になったけど、何とか逃げ延びれた人間は全員ハイルさんに拾われてハイルさんの魔法研究機関に所属したんだ」


 生き延びハイルに拾われたレインたちはハイルの元で魔石の研究をずっと行っていた。今回リリィたちがハイルを魔石の力ごと消滅させ研究機関を壊滅させたことで、その人間たちは皆捕まった。


「そんなことがあったなんて……。でも捕まっていたのに、どうしてレインくんは監獄から出られたの」

「知りたい?教えてあげてもいいけど、そんなことよりお腹空かない?食べ物たくさん買ってきたんだ、夕食にしようよ。時間はたっぷりあるんだ、説明なんていつでもできる。それよりもリリィちゃんと一緒にご飯を食べたいな」


 本当に嬉しそうにはしゃいで笑うレインをリリィは呆然と眺める。この状況でこの男はどうしてこんなにも嬉しそうなんだろうか。リリィは自分の胸元をぎゅっと掴みながら気持ちを落ち着かせるようにすうっと息を吸い、静かに吐いた。


「レインくん、どうしてこんなことするの。お願いだからもうやめて、私はあなたと一緒にはいられない。あなたがこんなに私に執着する意味もわからないし……」

「執着?違うよ、これは愛だよ」


 そう言ってリリィを見つめるレインの目はあまりにも澄んでいて逆に恐ろしいほどだった。




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