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 レインがラムダロス監獄から脱獄したと知らされてから一ヶ月が経った。その間、リリィにレインが接触するかと思われたが特に何も起こらずただただいつも通りの日常が続いていた。


 そんなある日、ユリスの元に一通の手紙が届く。



「ベラさんからお手紙が?」

「そう。俺との縁談が無かったことになるのが不服だそうで、一度きちんと説明してほしいって。リリィにも俺と一緒に来てほしいそうだ」


 いつも通りの真顔のはずだが、どことなく不満そうな顔でユリスが言った。


(ずっと小さい頃から仲良しだった幼馴染……か)


 ベラは最初ユリスの兄であるライムと結婚したがっていたようだが、ライムが駄目だとわかると今度はユリスに矛先を向けたのだ。

 ライムに恋人がいる時も結婚するまでは諦めることなくしつこく言い寄っていたらしいので、ユリスに対してもきっと同じことをするだろう。


「俺としてはレインのこともあるしこんなくだらないことは一刻も早く決着をつけたい。でもわざわざこんなことにリリィを巻き込みたくない」

「私は大丈夫です。一緒に来てほしいと言うのであれば一緒に……」

「ベラはリリィにどんな酷い言葉を浴びせるかわからないよ。それにありもしないことをでっちあげて俺たちの仲を引き裂こうとするかもしれない。もちろんそんなことはさせないけど」


 床を睨みながらユリスが低く静かに言う。確かにユリスの兄ライムから聞いた話でもベラはあまり良い性格をしていなさそうだ。リリィの中に不安がどんどん広がっていく。


(でも、だからってユリスさんを一人で行かせたらそれこそベラさんが何をしでかすかわからないもの)


「ユリスさんが一人で行く方が嫌です。私は何を言われてもユリスさんが一緒なら大丈夫です」


 キリッと意思の強い瞳をユリスに向けてリリィが言うと、ユリスはそれを見て嬉しそうに笑い、リリィの手をそっと優しく握る。


「ありがとう、リリィ。一緒にちゃんとベラに諦めてもらおう」


 手を握られたリリィはユリスを見ながら微笑み頷いた。



◆◇◆◇



「ユリスお兄さま!お待ちしておりましたわ」


 長く赤みがかったブロンド色の髪をふわりと靡かせてユリスの腕にしがみつくその女性は、ルビー色のくりっとした瞳でユリスをうっとりと見つめる。


(すごい、ライムさんから聞いていた通り、誰もが納得するほど美しく可愛らしい方だわ……)


 ベラの姿を一目見てリリィはそのあまりの美貌に目を見張る。そしてそんなリリィを見てベラはユリスの腕に絡みついたままフフ、と意地悪そうに微笑んだ。


「あら、そちらがユリスお兄さまの恋人?思っていたよりもはるかに平凡でユリスお兄さまに不釣り合いな方ね」

「腕に絡みつくのはやめてくれ。それに大切な俺の恋人に対してそんな風に言うのは失礼だ」


 ユリスは自分の片腕からベラを引っ剥がして言う。相変わらず真顔だがその顔はあきらかに怒りを含んでいた。

 そんなユリスにベラは一瞬驚きすぐに不満そうな顔でリリィを見る。


(あんなどこにでもいるようなパッとしないつまらなそうな女がユリスお兄さまの恋人?ふざけないで、ユリスお兄さまの隣に相応しいのはこの私よ)


 コホン、とひとつ咳払いをしてベラは不満そうな顔を隠し、可愛らしい笑顔を浮かべて口を開いた。


「それでは応接室でお話しましょう。美味しいお茶も用意してありますから」



 応接室に通されたリリィとユリスだが、そこにある椅子は二対しかない。


「さぁ、ユリスお兄さまどうぞお座りになって。あら、ごめんなさいユリスお兄さま以外の客人の椅子は用意してないの」

「ベラ、いい加減にしないか。彼女に嫌がらせをしたところで俺の気持ちは余計に君から離れていくだけだ」


 うんざりした顔でユリスが言うと、ベラはショックを受けた顔で悲しそうに両手を胸の前で握る。


「そんな、ひどいのはユリスお兄さまの方よ。小さい頃はどんなときだってそばにいて何があっても助けてくれたじゃない。大きくなったら結婚しましょうって誓い合っていたのに」

「小さい頃は君の本性に気づかなかったからね。それに結婚しようと言っていたのは兄貴の方だろ。しかも君から一方的に」

「そんな……」


 ユリスの言葉にベラは両手で顔を覆いわっと泣く素振りを見せる。それを見てリリィは呆気にとられ、ユリスはさらにうんざりした顔でため息をついた。


「君のその可愛らしい顔で可哀想な振る舞いをすれば誰もが助けてくれるっていう見え透いた振る舞いが俺は昔から嫌いだ。だが君ほどの女性なら寄ってくる男性だってたくさんいるだろうし選びたい放題だろ。今の俺には大切な人がいる。君との縁談は絶対にありえないから諦めてくれ」


 リリィの手をしっかりと握り締めながらきっぱりと言い切るユリス。そんなユリスの言葉を聞いてリリィはユリスの手を握り返しユリスを見て微笑んだ。


 はぁ、と両手で顔を覆うベラからため息がもれる。そして顔をあげるとその顔には涙一粒も見当たらず泣いた跡さえ見えなかった。


「わかりました、そこまで言われてしまえば私としてももう諦めるしかありませんね」


 ベラの言葉にユリスとリリィは笑顔になって見つめ合う。


「ですが、このままはいそうですかと引き下がるのも癪です。それにユリスお兄さまとはずっとずっと長い付き合いですのよ。ですのでせめて最後に二人きりでお話がしたいですわ」


 ベラの言葉にユリスは一気に顔を顰める。


「ほんの少しの時間でいいの。私にお兄さまとの時間をくださらない?それくらい良いわよね?私、あなたにお兄さまをお譲りするんだから。それに二人きりの時間をくれたら今後はもう二度とお兄さまに近づかないって約束するわ」


 有無を言わせない圧力でベラはリリィへそう告げた。




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