噂のワンタン麺
──ここのワンタン麺、美味しかった!
写真と一緒にそんな書き込みが、KayacoさんのSNSに投稿されているのを見つけて、俺は興味をもった。
近い。車でなくでも自転車で行けるほどの距離のラーメン屋だ。
ちょうどもうすぐお昼時。俺はダラダラとスマホでネットを見ていたのをやめ、立ち上がるとズボンを穿き、外へ出た。
美味しいワンタン麺が食べたくなったのはもちろんだが、そこへ行けば憧れのKayacoさんに会えるような気がしたのだ。
店につくと、その前には大行列ができていた。
若いやつがほとんどだが、年配の人も混じっている。誰もが待ち時間に堪えられずに抜ける様子なんてまったく見せず、鋭い目つきで店の入口をまっすぐ見ている。
やはり、彼らもKayacoさん目当てで来たのだろうか。ここがそれほどの人気店だというのは聞いたことがなかった。
なかなか行列は動かなかった。どうやら中にも待機スペースがあり、そこにもお客がずらりと座っているようだ。
Kayacoさんがそんなに、そこまで人気があるとは知らなかった。確かに小説投稿サイト『小説家になりお』で絶大な人気を誇る、人気ジャンルのランキングの表紙に毎日名前が載っているほどの作家だが、素人なんだ、アマチュア作家なんだぞ。おまえら、そんなに彼女の小説が好きか!
ちなみに俺は大好きだった。Kayacoさんはフェイスブックやインスタのほうでは顔出しをしていて、それがとても美人だったということもある。しかし美人など今どき掃いて捨てるほどにいる。俺はあくまで彼女の書く小説が好きなのだ。彼女の優しい精神性にこそ惚れているのだ。
しかしコイツらはどうなんだ? 本当におまえら、Kayacoさんの小説の素晴らしさがわかっているのか? 彼女の精神性に惹かれて今、こんな大行列を作っているのか? 行列を作っているやつらの中には女性もチラホラとはいたが、ほとんどが一人で来ているらしい男だった。おまえら、Kayacoさんの顔を知らなくてもこんな行列を作れるのか? アイドルに群がるハエのような者どもめ、去れ! 俺の前を潔く開けろ!
しかし、考えてみれば自分もそうだった。それまでもファンだったが、彼女の容姿を知ってからはますます急激にファンになった。……俺も似たようなものか。いや、もしくは彼らとまったく同じなのか。よくいるミーハーな、特別なところなどまったくない、砂粒のようなファンのうちの一人か。
そんなことを考え続けているうちも行列は遅々として動かなかった。たまに食事を終えて店を出ていく客の顔は何か詐欺にひっかかって項垂れる者のように曇っていた。
大して美味しくなかったのだろうか。
それともKayacoさんの口には合ったが、あの客の口には合わなかったという、それだけのことなのだろうか。
それとも、もしかしたら──
Kayacoさんがこの店の店主からカネを貰ってあの記事を書いたのだろうか? 繁盛していなかったこの店が、Kayacoさんに『美味しかった』と呟いてもらうことによってお客が爆発的に増加するよう仕込んだということなのだろうか?
いや、何度もいうようだが、Kayacoさんはアマチュア作家だぞ? 書籍化もまだしていない。そんな影響力があるとは思えない。
どういうことだ?
この行列は、どういうことなんだ?
あの、さっき出ていった客の失望したような表情は一体何だったんだ?
そんなことを俺が頭の中でぶつぶつと呟いていると、ようやく名前を呼ばれた。
カウンター席についた。もう2時半だ。並びはじめてから2時間45分が経っていた。
口にする言葉は決まっていた。
「ワンタン麺、麺の硬さはふつうでお願いします」
麺の硬さがふつうなら味も量も何もかもがふつうのワンタン麺を食い終わると、俺は店を出た。
昼の営業は既にオーダーストップしており、行列はなくなっていた。
ふつうだったな……。
Kayacoさんにも会えなかった……。
俺は何のために、あれほどの行列を堪えてまで、このワンタン麺を食ったのだろう?
達成感など何もなかった。
ただ、Kayacoさんにこれほどの人気があったらしいことを知り、そのことには喜びのようなものを感じていた。
──ここのワンタン麺、美味しかった!
人気アイドルの三朝カナさんが自身のSNSでそんな投稿をしているのを見つけ、俺は愕然となった。
あの店……、有名人にどれほどカネを渡してやがるんだ?
あの行列の理由がわかった。
あそこに並んでいた者の中で、Kayacoさんが目当てだったやつの割合は、きっと一割にも満たなかったのだろう。
しかし、俺は……俺だけでも、三朝カナよりKayacoさんを応援したい。
彼女は俺をわかってくれているのだ。俺のために、俺が感動するような小説を書いてくれるのだ。
彼女は、女神だ!
感想を書きまくっても返信を貰えたことはないけど、当たり前だ! 女神から感想返信なんか来たらびっくりするわ!
俺は気を取り直すと『小説家になりお』にアクセスした。Kayacoさんの活動報告が上がっているのを見つけ、開いてみた。
──私が最近ハマっている『なりお作家さん』を紹介しますね! ぶちこまねこさんという作者さんで、主に異世界恋愛モノを書いてらっしゃいます!
ぶちこまねことかいう作者のページへ飛んだ。
読んでみた。
つまんねえ……。
ワンタン麺と違って、web小説は行列に並ばなくても読めたが、推しのオススメするものはやっぱり必ずしも良いわけではないと思い知ったのだった。