迸る赤、濡れた薔薇色
迸る赤。
濡れた薔薇色。
ひしゃげた頭を、何回、何十回、打ってもまだ足りない。
最愛の妻が死んだ。殺された。笑顔が俺を人間にしてくれた、優しい女性だったのに。
それまで自分は空っぽだった。心は冷たいところに囚われて何にも揺り動かされない。
出逢いの春の空気のように、妻は俺の心を溶かした。一緒に生きて行きたいと願った。願いは叶うと思っていた。どんなことであっても、本気で全力で挑めば叶うと。
なのに妻は死んで、願いは呆気なく破れた。割れて壊れた。
俺は妻を殺した男の首根っこを掴み、何度も机に打ち付けた。赤い色はどんどん溢れた。
「生き返ってくれ」
俺は、男を尚も打ちのめしながら、そうして本当は自分が打ちのめされながら、横たわる妻に懇願した。彼女は、もう笑わなかった。俺が願えば、大抵のことは聴いてくれた人だったのに。
「頼む、これだけで良い。これっきりで良いから。他はもう、一生、何も望まないから」
生き返って。
迸る赤。
濡れた薔薇色。
妻も男もぴくりとも動かない。もう、動かない。
人が死ぬとはそういうことだ。
俺は男を掴んでいた手を離した。びちゃり、という鈍い音がする。暑い。夏の蝉が狂ったように鳴いてうるさいうるさいうるさい。
俺は妻の横に座った。どこもかしこも赤い。俺は自分も赤くしてしまおうと思った。そしたら妻と俺でお揃いだ。台所から包丁を持ってくる。
首にあてる鋭利。
「逢いに行くから」
涙が零れて赤い色に混ざった。
迸る赤。
濡れた薔薇色。