9. 父と母の声
一瞬、何処からともなく声が聞こえて来た。僕に話しかけて来た。この声は父さんと母さんだ。
「大丈夫か、鷹斗?」
「元気ないね。何か嫌な事でもあったの?」
ここは昔の僕の部屋? おもちゃが散らかっていて、ランドセルも適当に放り投げられている。懐かしい雰囲気で、僕はその部屋の中に座り込んでいた。
父さん母さんは僕の目の前に座り込んで見つめて来た。僕もしっかりと両親の目を見た。
「僕は謎の力を手に入れたみたいなんだ。信じてくれるかな」
夢とは分かっているが、話を聞いてほしかった。両親に今の自分を。
父さんは真剣な顔をして、何度も頷いた。
「なるほど」
「信じてくれるの?」
「お前の言う事だ。本当に違いないだろ? 嘘を言っている顔じゃない。親だから分かるさ」
母も優しく頷いていた。
「そうよ。きっと鷹斗の事だから、その力を持って悩んでいるに違いないわ。でもその力がどんな時に、誰の為に使うかは判断出来る子だと私達は知っている」
「でも、俺は……使いこなせるか心配なんだ。またあの男に殺されるかもしれない……もう二度と普通の日常に戻れない気がするんだ」
「そうかもしれない。でもその力は鷹斗を選んだ。辛いかもしれないけど、鷹斗が決めた事を貫き通すの。その力を正しく使うのも、貴方次第よ。私達は信じている。鷹斗が幸せに生活出来る日を」
僕は幻かも分からない父さんと母さんに抱きついた。父さん達も優しく抱いてくれた。
何故か二人の温もりを感じた。暖かい感触が。だけどこれは夢なんだ。夢、夢、夢……何だよな。
「……う」
僕が目を覚ましたのは病院のベッドの上であった。僕はあの時、気絶して、そのまま病院に送られたのだろう。刻印の力のおかげなのか、身体の痛みはもう無く、頭が少しだけズキズキするくらいであった。
目を開けると、そこには兄さんが心配そうに近くの椅子に座っていた。僕が起きた事が分かると、兄さんは寄ってきて、僕を労りながら話しかけてきた。
「鷹斗! 目を覚ましたか!?」
「兄さん? ここは、病院?」
「あぁ、駅前で起きた事件でお前は車の破片が頭に直撃して、気絶したって真紀ちゃんから聞いた」
真紀が気遣って言い訳をしてくれたって事か。ありがとう真紀。
「……そう」
「さっき警察の方がお見えになっていたぞ」
「警察?」
「あぁ、高校生に助けられたって言っていて、そんな漫画みたいな事お前が出来る訳ないよな?」
あの時、助けた警察の事か。
本当の事言いたいが、でも家族にバレるわけにいかない。危険は僕一人で負うしかないんだ。僕は兄さんから目を逸らして言う。
「そ、そうだよ。僕はただ人間で、普通の高校生だもん。んな事出来る訳ないよ」
「だよな。一応、警察には現実的じゃないから、こいつじゃないと説明はしていたが、あまり納得はしてなかったな。それに不可解なことに街の監視カメラが全て故障しているって事なんだよ」
「そうなの?」
「だから、お前を疑っているみたいだ。近くにいて高校生だと言う理由でよ」
すると、ドアからトントン軽く叩く音が聞こえると、兄さんは察したように話を中断した。
「おっ、来たみたいだな」
「誰が?」
「お前が守り抜いた人だよ。じゃ、後はお二人で話してこいよ」
そう言って兄さんは軽く手を振りながらそそくさと部屋から出て行った。
兄さんと入れ替わって入って来たのは、白い袋を片手に現れた真紀であった。
「大丈夫鷹斗?」
「あぁ、頭痛いだけで、身体には問題ないから大丈夫だよ。それより、助けてくれてありがとう」
「学校の時のお礼をしたまでよ」
「僕、何日寝ていた?」
「三日も寝ていたよ。身体全体の骨に大ダメージが入っているのに生きてるから、死んでいてもおかしくないって医師の人々もびっくりしていたわ。数日で治ってびっくりしていたわよ」
今回のばかりはこの能力に感謝するしかない。
真紀は袋から学校のプリントを渡しながら言う。
「それよりも、お兄さんにあの力の事言ったの?」
「力を見せれば信じてもらえるかもしれんが、あまり心配事や不安などを与えたくないんだ。今回のことでも結構心配しているみたいだし」
「警察の人に聞いたけど、色々と不可解な事まみれのようね」
「兄さんにも言っていたけど、監視カメラが全て故障したいみたいだね」
不可解な事。もう一つ気になる事が浮かんできた。
「そういえば、あの男ははどうした?」
「あの人はあれ以降見ていないわね。どこの誰かしら」
「……」
あの男の人。刻印と言っていたが、まさかと思うが僕が手に入れたこの能力の事なんだろうか。戦っていた奴も同じ力を持っていた。
僕を助けた男は、襲ってきたアイツの事を知っているのだろうか。
そう考えていると真紀は言う。
「あと、あの犯人も一体誰なんだろう……何であんなに暴れまわっていたんだろう?」
「奴は物体を浮かせたり、瞬間移動のような力を持っていた。それに僕にお前は邪魔なんだよって言っていた」
「物を浮かせていた?そう言えば、学校で私達にハサミが飛んできた時も……」
「あぁ、真紀も思ったか。同一犯の可能性が高い。断定するのは早いが、学校関係者が犯人かもしれない。翔吾君の事も関係しているかもしれない」
「分かれば少しは楽になるんだけどなぁ」
「楽になっても、戦う事になったら負けるかもしれない。あの男には関わるかと言われても、あんな光景を見せられたら彼を止めに入るしかないだろ……犠牲者が出てからじゃ遅いんだよ」
今は犯人がどうこうよりも、まずは相手の能力を理解する事が大事だ。もし相手が分かっても、もし攻撃され対処法を分からないと死ぬのは僕だ。そして犠牲者が出たら、もう遅いんだよ。
「鷹斗、私に出来る事はない?」
「出来る事……」
真紀の好意には十分に感謝している。でも、これ以上危険な目に遭って欲しくない。そんな気持ちでいっぱいだ。
でも、僕の気持ちを他所に真紀は真剣な眼差しをしていた。
「鷹斗の事だから、危険な目に遭って欲しくないって思っているでしょうけど、私は手伝いたいの! 危険な目に遭っても役に立ちたい!」
「……でも」
「私は弓道部よ! 鍛えてるのよ! 何が来てもコテンパンにやっつけるわよ!」
元気な姿を見せる真紀。そんな根気強さに僕は負けた。
「分かった。一つだけ頼む」
「何を?」
「翔吾君の身の回りの事を調べてほしい。最近何が起きたかとか、様子は変わったかとかを。でも、本人や家族には近づかないように。本人に気づかれるのが一番まずいからね。でも、少しでも何か分かれば、あの力を持つ奴に近づけるかも知れない」
「分かったわ! 任せなさい!」
真紀は行動派な性格だから、下手に注意を入れないと何をしでかすか分からない。本当は僕が退院してから調べたいが、また何か起こされる前に少しでも詮索しておきたい。
相手が次に何するか分からない現状で、出来る事は他人に頼る事だけだ。もう、誰も傷つけたくないから。
「じゃあ私、早速行ってくるね!」
「あぁ、無理だけしないでくれよ」
出て行こうとする真紀は、笑顔で僕に顔を近づけてきて言う。
「頼っていいのよ。どんな時でも、どんな状況でもね。鷹斗がその力を持っていても、私達と生きる世界は変わらないんだから、いつもみたいに元気な姿で退院してよね!」
そう言って僕の頭を軽く撫でて、真紀は出て行った。
嬉しかった。自分はまだ人間なんだ。人間をやめたと思っていたけど、やっぱり僕は人間なんだ。
肩の力も抜けて、また僕は眠りに着こうとした。今は、休みたい気分だ。ゆっくりと──
「寝る前に少しだけ話をしたいがね」
その声に僕の眠気は吹き飛んだ。そこにいたのは僕を助けたあのフードの男だった。
「あ、貴方は……」
「これでゆっくりと話せるな」
「……」
僕は警戒する体が痛み、まだ動ける状態でもない為僕は無抵抗で話を聞く事にした。
「何の用ですか……」
「率直に言うが、お前は刻印の事を知っているか?」
「刻印……一体何なんですか?」
「……知らないか。まぁいいか。刻印は人智を超えた不可思議な力だ」
「そんな事で信じれる訳ないですよ!いきなり火を操れるようになって、身体能力を上がって訳わかんないですよ!」
「貴様には簡潔に教えてやる。刻印は大昔から存在して不思議な力だ。その起源は未だに不明でいつ、誰が、何処で刻印を最初に手に入れたのかすら不明だ。だが、この刻印は様々な種類がありその人物に特定の力を与える。お前の場合は炎の刻印だ。かつて何千人以上の人が刻印を持っていたと言われている。だがこの刻印の力を巡って戦争が起きた。殆どの刻印を持った者が戦死や封印をして戦争は終わり、刻印はこの世から抹消された」
文字通り簡潔に教えられたが、それでもはっきりと意味が分からない。僕は更に男に詰め寄った。
「じゃあその刻印ってやつが今、僕が使えるようになったのですか?」
「それが分からんからお前の元に来た。刻印の事を知らないならもう用はない」
男は僕の答えを聞くと窓へと寄った。
「最後に一つ言う。刻印の事で深く関わろうと思うな。そして詮索するな」
「だからと言って、また奴が何かしらの行動を起こして誰かが傷ついたりしたら──」
「多少の犠牲は仕方がないさ。そうやって闇の刻印は封印されていったんだからな」
「……僕は彼を放っておく訳には行かないさ。また何かやらかす前に彼を止めますよ。犠牲者をこれ以上出す訳には行かない。どんな事が起きても、彼がまた現れたら絶対に止めます!」
「……そう思うなら好きにしろ。だが、止めると言っても一度暴走した力を止めるには殺すしか道はない。その状況になったとしてもお前はその言葉を貫き通せるか?その事をじっくりと考えて行動しろ」
「分かってますよ。それくらいのことは……」
男はそのまま窓から飛び降りで姿を消した。
「……絶対に止めてやるさ」




