十の巻 都会の空気
凛花と子竜を連れて、教頭の車へと向かった。
朝姫がスマホの時計を確認すると、自分達が来た時間から1日ほどしか経っていない事に気づいた。
「向こうとこっちだとそこまで時間の差は無いようなのね」
「浦島太郎とはまた別のようだな」
教頭と話していると車へと到着した。
教頭はいつも通りに鍵を開けて入り、朝姫も続いて入ろうとするが、凛花は不思議そうな顔をしていた。
「これが兄さんが言っていた鉄の乗り物……って奴ですか?」
凛花は車を初めて見たのだ。
この世界の人間には慣れ親しんだ車でも彼女にとっては全てが未知数な形をした物であった。
「大丈夫よ。車って乗り物で、ドラゴンに匹敵する速度を走るのよ」
朝姫が安心を確約して手招きすると、凛花と子竜は車に乗り込み、シートベルトを装着させてあげた。
子竜は朝姫の膝の上に乗り、寛いだ顔で寝始めた。
「まるで猫みたいね」
「では、まずは君のアパートに向かうぞ」
「はい」
教授がエンジンを掛けると凛花と子竜はビクッと驚いた。
「うわっ!?何?」
「大丈夫大丈夫!竜が羽ばたく準備をしてるのと同じよ」
「ほ、本当に動くんですか?これ」
「竜が空を飛べるんだからこれが動いたっておかしくないわよ」
そして車がゆっくりと動き始めると、凛花は身体を丸めるように力を入れて周りをキョロキョロと挙動不審になっていく。
震える凛花を朝姫が宥めながら車は東京へと戻って行った。
※
出発から数時間が経ち、最初は怖がっていた凛花は途中からぐっすりと寝てしまっていた。
子竜も寝てしまい、朝姫は龍の里で書いたノートをずっと見つめていた。
そして昼過ぎになり、東京の街中へと入り、人通りの多い場所に入った。
「あれ、寝てた?」
「気分よく寝てたわね。車に乗った感想はどうだった?」
「とても気持ち良くて……ってここどこ!?」
目が冴えて、外を見たら見た事ない鉄の城ことビル群、周りを走る大量の車やバス、自分達の里にはいない髪の色や服装の人間。
そしてそこら中にある電子掲示板や電子看板から流れる映像など全てが初めてで、目が最大限に開いていた。
「これが現界の村?全てが光ってて何だか眩しい……」
「街よ。それも日本を代表する東京って街よ」
「ここが東京……」
東京の街並みに見惚れる凛花。朝姫自身も東京に初めて来た時の自分を思い重ねて優しく見守った。
「でも、みんな服装も髪の色もめちゃくちゃだけも、別の界域から来たの?」
「みんな日本の人々よ。こっちだと、若い人は髪の色を変えたり、あんな感じの今風?な服を着るのが流行りなのよ」
「変なの」
そのまま凛花は外を憧れの眼差しで見つめながら、車はビル街を抜けて住宅密集地に移り、朝姫のアパートに着いた。
「では、ワシは一度研究室に戻って撮った写真のデータを纏めるから、明日からまた頼むよ」
「分かりました!今回はご苦労様でした!」
教授は二人を送ると大学へと車を走らせて行った。
そして朝姫が部屋に案内しようとすると、凛花は鼻を抑えて眉毛を尖らせていた。
「どうしたの?車酔いでもした?」
「あの……この付近変な匂いが……」
気分が悪くなったのか?車酔いが分からないのか?と思ったが、凛花は周りをキョロキョロと不審そうに見ていた。
その姿にある事を気づいた。
「もしかして、ここの空気が合わないのかな?」
「なんか煙のような臭いとか、何か籠った匂いというか。とにかく味わったことのない臭いに、ちょっと気分が……」
確かに生まれてずっと自然に囲まれた場所で過ごして来た凛花にとって東京の街中は自然がない真逆の場所であった。
建物に囲まれ、コンクリートの道路があり、工場もある。
すべて里になく、そこからの匂いが凛花の鼻に大きな刺激を与えていたのだ。
「とにかく、私の部屋に行きましょう。そこなら少しはマシだから」
「す、すいません」
朝姫はすぐにアパートへと案内をした。
古臭そうなアパートの二階に連れて行き、部屋へと入った。
ドアを閉めると凛花は思いっきり息を吸って、吐いた。
「ふぅ……」
「少ししたら臭いは慣れると思うから。大丈夫よ」
「本当ですかね……」
「えぇ、それに私の部屋には自然の匂いがするルームフレグランスが置いてあるから──」
そう言いながら狭い入り口から、すぐ前にある引き戸を開けると、そこは一人暮らしらしい狭い部屋だった。
だが、多くの服が散乱し、ノートも大量に転がっており、カップ麺やコンビニ弁当なども放置しており、全てが杜撰な光景であった。
そんな汚らしい部屋に凛花でも、怪しんだ目で朝姫を見つめた。
「本当に自然の匂いがするんですか?」
「ちょっと、待っててねぇ〜」
と苦笑いしながら凛花を入り口に残したまま部屋を閉めると、ドタバタと大きな音が部屋中にこだました。
そして数分後、部屋に入れられた凛花は衝撃を受けた。
「さっきまでと違って綺麗〜」
「ざっとこんなもんよ」
散らかっている部屋が綺麗に掃除されており、見違えるように綺麗な部屋になっていた。
だが、古いアパートだからか部屋の至る所に凹みや天井にはシミが複数あり、ガラスにはヒビ割れた箇所にテープが貼られているなど、古臭さは否めなかった。
それでも凛花にとっては、全てが新鮮で嬉しそうに部屋に入った。
そして入った瞬間にあることに気づいた。
「この匂い、花?」
「えぇ、さっき言ったジャスミンって花の香りのするルームフレグランスよ。自然や花の匂いが好きでね」
パソコン机に置いてあるルームフレグランス。
ジャスミンの香りを放ち、部屋中を香り立てていた。
「とってもいい香りですね!私も外よりもここの方が安心します!」
「よかったわ。気に入っていただいて」
凛花の気分も良くなった所で、朝姫は現界でのルールを簡単に教えた。
現界での生活の仕方、車や電車などの交通機関、建物やショッピングセンターなどの事など覚える事はいっぱいあるが、少しずつ覚えてもらおうと取り敢えずは簡単に教えたのだ。
「覚える事が多いけど、取り敢えずは今言った通りの事を守ってほしいんだ。それがこの現界のルールよ。そっちとそこまで変わらないと思うわよ」
「分かりました!其方の世界に習って、勉強をがんばります!」
「凛花ちゃんのように簡単に話が通じるなら私も助かるわ」
「だって、それが現界のるーる?って奴でしょ。それなら、部外者の私はそれに従って生活しますよ」
素直に従ってくれて心から安心した朝姫。
「そう言って頂けるとありがたいわ」
「慣れるまでは朝姫さんの後ろに着いていきますね!」
「うん。まずは服を着替えようか。その服じゃ、現界だと不思議に思われちゃうから」
「そうですかね?」
少し古い民族衣装は流石に現代には似つかわしくないと、朝姫は棚を調べ始めた。
「私の上京した時に持ってきた、お古の服がここに入ってるはず。凛花ちゃんになら着れるはず」
そして何着か見つけて、凛花に着せた。
慣れない服で少し恥ずかしそうにする凛花だが。
「どう……ですか?」
「すごい似合ってる」
黒色の薄手のシャツに、青いジーンズと普通な格好だが、凛花のスタイルが良いのか自分が着た時よりも、とても似合っていて少し悔しさを感じた。
「私より着こなしている……」
「そうですか?」




