三の巻 霧
その前にドンちゃんを見つめて、ある事に気づいた。
「教授、ドンちゃんにご飯ってあげました?」
「そういえば、成虫になってからずっと忘れてたな」
「カエルだって腹は減るんですからね」
朝姫は戸棚からコオロギが何体も入った小さな虫籠を取り出して、二匹を平気で掴んでドンちゃんがいるカゴへと入れた。
コオロギを入れると、ドンちゃんは離れているコオロギの方へと向き、口を開けた。
その瞬間、目にも止まらぬ速さで舌が飛び出した。
「うわっ!」
カエルの舌を出す速度はマッハを優に超える。
その舌が5センチ以上も高速で伸び、コオロギの身体を貫き、先端が直撃してカゴを貫通した。
この光景に朝姫も教授も尻餅をついて驚愕した。
「これは防弾ガラスが必要ですかね……」
「あぁ……」
*
そして数日後、教授と二人で千ヶ賀原山へと向かった。
ドンチャンは分厚いガラス張りの入れ物へと移し、てんとう虫のムっちゃんはまだ特性などは分からない為に、日がよく当たる窓際の虫籠に入れたのだ。
「朝姫くん……少し休もう」
教授は久しぶりに身体を大きく動かしているため、すぐに体力が尽きて朝姫と大きく差が生まれていた。
一方朝姫はまだまだ体力があり、余裕の足取りだった。
「なら、少し休みますか」
教授は安堵した様子で、お茶を飲みながら朝姫に問う。
「にてしも、何故専門家や研究希望者らを拒否したんだい。前も言ったが、相当な援助が得られるんだぞ」
「まだ未解明な事が多いのに、後先考えない研究者達がこの地に踏み込むと一瞬で荒らされるんです。本来の目的を無視して、目の前の成果だけを見ている学者が嫌いです。自然保護を掲げて研究した挙句、没頭しすぎていずれは研究目的から利益に目を引かれて自然を破壊してしまう事だってあるんです」
教授は立ち上がり、自分の腰を叩きながら言う。
「君らしい考えだね。でも、時には深くまで踏み込む必要があるという事は覚えてくれよ」
「もちろんです。その点は理解しています。ですけど、現に踏み込みすぎた結果、人間によって絶滅した生物だっているんですからね」
「それは分かっておるが、その生物達が人々にとって有害か無害かは調べんとわからん。生態を深く理解しなかった結果、有害性を知らずに多くの生命を危機に陥れた事だったある」
「十分に承知してますよ。十分に」
その後、再び歩き出して広場に到着した。二人は休憩し、テントを立てる。
テキパキと組み立てる朝姫と、不慣れな教授に朝姫は手伝ってあげた。
色々と身体を動かした結果、教授は息を切らして折りたたみ椅子に座り、持ってきたうちわを煽る。
「……朝姫君。少し休んだら周りを探索しても良いかい?」
「はい。でも、あまりここから離れないで下さいよ。山は遭難したら、終わりだと思って下さいね。大きな音が出せる物を持ってください。熊よけにもなるし、登山者に気づいてもらえますし」
「……なら、君も一緒に」
教授は素直に従い、朝姫と共に山の中を行動することにした。
テントの付近の草木を調べ、毛虫やトカゲを朝姫が持ち上げて体の隅々まで確かめている。
「色も大きさも既存の同種類とは全然違う」
「この山付近以外では、生息していないのが謎なんですよねぇ」
「生命の変化は長い時間をかけて、環境や遺伝子とは言うが、これは今までの事例にないぞ。興味深いぞこれは!」
そう言って教授は自前の一眼レフカメラで虫を無我夢中で撮り続ける。
「これは時間が掛かりそうですね」
「でも、異常成長した生物が表に出ないのもおかしな話だ。こんなにも生息しているなら、もっと早く報告されてもおかしくないかね?」
「私が竜が見た後でしたよ。その後、変な生物見ただの、夜になると変な鳴き声が聞こえて不気味がって人が減ったみたいで」
あの日以来、このキャンプ場には夜な夜な変な動物らしき鳴き声や、大きな虫などが現れるなど不気味な光景が広がり、客足が減り、キャンプ場も潰れてしまったのだ。
「謎が多い山だな」
「まったくですよ」
*
日が暮れる前に二人は広場に戻った。
お互いに撮った写真などを交換し、パソコンに収めると教授は自分の感じた事や山の状態などをワードに記し始めた。
その間に朝姫がご飯の用意をした。
夜──時間が経ち空は真っ暗になり、ランプとガスバーナー、教授のパソコンの光のみが目立っていた。
夜飯はガスバーナーを使用してご飯を炊き、お湯で温めたカレー。二人は食べながら、この夜空を堪能した。
夏の夜のそよ風は何処か心地よく、草木が揺れる環境の音や、綺麗な夜景。
この空間を感じながら食うカレーは、家で食べるのとはまた別な美味しさを感じる。
「偶にはこうゆうのも良いとは思いませんか?」
「レトルトとはいえ、妻が作ったカレーとはまた違う味わいがあるな」
「この空気がまた良いスパイスになるんですよ」
キャンプ飯を堪能した二人は、レトルトカレーを温めたお湯でインスタントコーヒーを使って二人で椅子に座って飲んだ。
そして深夜になり、朝姫はあの頃の事を思い出した。
「夜は涼しいですね。あの日も、こんな感じだったかな。空を見上げたら、あの龍がいたんですよ」
「やっぱりこの山の環境や状況からしても、龍と思しき生物や異常成長する生物が現れそうな感じではないがね。もしかしたら、あの虫達のように鳥類などが異常進化し、それを錯覚か何かで大きく見えてしまった可能性も──」
その時、森の奥よりカラスが一斉に飛び立ち、西の方角へと飛んでいった。
突然の出来事に二人は空を見上げて、異変が起きたことを察知する。
「何だ?」
「あの時と同じ、鳥達が逃げている!?」
「朝姫君!」
教授が東へと指を差した。
東を向き、空の異様な光景に朝姫は唖然とした。
東の空からオーロラが異常な速度で広がり、二人のいるキャンプ場を超えて、空一帯を覆った。
「何、これ……」
「オーロラが、何故。この規模は日本中を覆っている事になるぞ……」
一面を覆い尽くすオーロラに、二人はずっと見上げたままになっている。
幻想的、神秘的。でも、何故オーロラがこんな所と、様々な感想が頭によぎる。
教授は我に返り、すぐにカメラを出して空を遮二無二写真を撮り始めた。
「す、凄いぞ!これは!日本で、それも本州でオーロラが見れるなんて!」
教授の喜ぶ声に朝姫も我に返り、写真を撮ろうとスマホを入れたバックを開けようとしゃがみ込んだ時、何かに気づいた。
「霧?」
地面が霧の覆われ、徐々に東から霧が押し寄せて瞬く間にキャンプ場は霧に包まれた。
視界が一気に悪く、オーロラは見えなくなり、隣にいる教授が分かる程度にしか視界が制限されてしまった。
「朝姫くん、これは昔もあったのかね?」
「こ、こんな事は昔でもありませんよ!」
スマホを取り、ライトを照らしながら辺りを捜索すると、足元に何か違和感を感じた。何かが自分の足を踏んだような感触を感じた。
ふと、スマホを降ろしてライトを地面に向けると、そこには恐竜のラプトルのような生物がいた。
「ぎゃあぁぁぁ!!」




