2.奇妙な運命と奇跡
僕が見た最後の光景──アスファルトの上に流れ落ちている夥しい量の赤黒い血。血や土が汚く付着している腕や顔。そして僕を弾き飛ばし、前方が凹んでいる車。
大勢の人が僕を囲んで、なにやら声を荒げているが何も聞こえない。懸命に心臓マッサージをする人もいるが、何も感じないし、痛みも感じない。
意識が朦朧とする中、僕が助けた少年は泣きながら僕の手を握りしめていた。到着した救急隊員の人達も必死に人工マッサージを行った。でも、何も感じないし、少しずつ視線が細くなり、前が見えなくなって来た。
もう死ぬのかな? でも、少年に大きな怪我はなくて、良か──
何も考える事も出来ず、もう意識がこの世から去ろうとした瞬間、僕の身体に異変が起きた。止まりかけた心臓が突如、激しく鼓動を強め始めた。そして徐々に身体中が熱くなり、まるで灼熱のアスファルトの上に立っている時のような熱さが身体全体を襲いかかった。
すると、動かなくなった手が少しずつ動き始め、手を開いたり閉じたり出来る様になった。息も徐々に吹き返し、救急車のサイレンも音もはっきりと聞こえた。目を開けると、大勢の人々が囲んでおり、周りは大騒ぎとなっていた。
僕が起きた事で、人工マッサージを続けていた救急隊員の人も少年も驚きを隠せなかった。
「き、君!? 大丈夫か!?」
「お兄ちゃん大丈夫!?」
身体の痛みは何処かへと消え行き、身体が動かない感覚も消え、まるでいつもの元気な自分に戻ったような気分だった。
僕はすぐさま立ち上がり、驚いている少年へと話しかけた。
「だ、大丈夫かい?」
「……僕は全然だけど、お兄ちゃんは?」
「僕も無事だったみたい」
「でも、車に──」
僕が何故無事だったのか、分からない。でも、今はいつもの自分に戻っていた。
救急隊員の人達もすぐさま駆け寄り、僕の身体を心配そうに見ながら言う。
「き、君本当に大丈夫なのか? まだ動いちゃダメだよ! 病院へ行こう!」
「いや、僕は……痛みなどもなく。大丈夫のようです」
「で、でも、その身体の傷。普通に考えて、車に轢かれてピンピンしているはずがないよ!」
手や足、そして頭からも血が流れて、服も汚れているも痛みは殆どなく、まるで怪我なんてしていないような感覚だった。
はっきり言って病院に行く事よりも、今の自分の身体に起きた異変の事を考えるので必死だった。
「い、いえ。当たりどころが奇跡的に良かっただけですよ。僕は怪我もなくピンピンしています」
僕は元気そうに足をあげたり、手を振ったりして元気な素振りを見せつけた。
そして息を吹き返した事を知った警察が慌てて駆け寄って来た。元気そうな僕を見て、呆気に取られていた、
「本当に大丈夫なのか君!?病院に行こう!」
「いや、それは」
今から長々と色んな事を聞かれるのだろうが、それどころではない。今の事で、頭の中がパンクしそうになり、その場から立ち去ろうと走って人混みへと逃げ込んだ。
「お、おい君!!」
「僕、用事があるんで。それでは!」
「君! 名前や通っている学校を教えてくれ!」
「名乗るほどの者でもないですから!」
漫画のヒーローのような寒いセリフを吐いて僕は買った雑誌とバックを持って、そそくさと走り去って行った。名前がバレたり、親や学校に心配をかけたくないと言うよりも、この不思議な感覚が気になってしょうがなかった。
自分なのに、自分の感覚とは全然違う何かが身体の中にある。熱く、何か力が沸っている気がする。僕はそのまま見た目は血に汚れ、ボロボロな状態のまま、家へと走って行った。
その頃──事故現場では警察と運転手が事故車を不思議そうに見つめながら事情聴取を行っていた。
「これは一体……何でしょうか」
「私もあの少年のぶつかった時、一瞬だけ大きな炎が車を包んだんです。でも、車にはガソリン漏れなどありませんでした」
「なら、これは一体……」
運転手と警察が見ているのは、白い車のボンネット部分に真っ黒い焼けた人影の跡が残っていた。
僕は必死に走り、人気のない公園へと走った。
「はぁ……はぁ……何だ僕に何が一体なぜ」
パニックになり、言葉があやふやになるが呼吸を整えてトイレに駆け込んだ。顔を洗い、頭や手の血を洗い流した。傷口を見ると完全に塞がっており、傷は最初から無かったような状態になっていて、自分でも心底怖くなった。
「……とりあえず家に行こう。このまま頭がおかしくなっちゃう。うわっ!」
おぼつかない足取りで公園を離れようとした時、石に躓いて倒れてしまった。その時、体勢を崩れないように地面に手を伸ばして力強く突きつけて、体勢を整えた。
「危なかった。早く帰ろう……」
すぐに立ち上がって小走りで家へと帰って行った。
だが、僕は気づいていなかったが、その手をつけた地面に真っ黒に焦げた手形が残っていた……
*
俺が見た最後の光景──ホームから線路に突き落とされた。ゆっくりと落ちていく感覚の中、大勢の人は駅のホームでスマホをいじっている。だが、ただ一人だけ俺を笑って見つめている奴がいた。
俺が毎日パシリに使ったり、サウンドバックにしたクソメガネの翔吾がニヤリと笑っていたのだ。俺を嘲笑っている顔が憎い。あいつを殺してやり──
その瞬間、身体の奥から謎の震え上がる感覚が襲いかかり、横から来ていた鉄の塊こと電車が眼前に迫った所で俺の意識は途絶えた。
──何かを感じた。暗闇の中で自分の手が開いたり閉じたり出来る感覚が。動かせる。手、そして足も。眩しい光が差し込んで来た。
目を開けると、俺は線路脇の生い茂って草むらの中で寝転がっていた。
「はっ!? 生きてる!?」
自分の身体を何度も触り、怪我がないか見るも傷一つ無く、痛みすら感じていなかった。
線路には電車が止まっていたが、先頭の車両には血は一滴もついておらず、俺の肉片すら散らばってなく、当たる瞬間にテレポートでもしたんじゃないのか?
これは奇跡なのか? それとも死んだから夢でも見ているのか? 色んな考えが頭を過ぎるも何も答えは浮かばなかった。だけど、俺は生きている。少しずつ嬉しさが増す中、俺を突き落とした翔吾の事が憎くて仕方がなかった。
俺は線路のフェンスを登って、慌てて駅へと戻って様子を見に行った。時間が経ったのか、警察や救急車がサイレンを鳴らしながら駅前に乱雑に止められていた。俺が轢かれた事で大騒ぎになっており、駅のホームは警察が蔓延り、眼前に封鎖されていた。
駅構内には電車に乗れなかった大勢の奴らが、何事も無かったかのようにスマホを弄りながら運転再開を待っていた。
その中に翔吾の奴の姿があった。落ち着かない様子で常に右や左などを右往左往に目を動かしていた。汗も尋常なないほど掻いていて、俺が轢かれたのに遺体もないし、自分が突き落とした事がバレてないかなど不安が過っているんだろう。
そんなあいつを見ているとイライラが止まらなくなって来た。
「あの野郎……」
俺はあいつに今すぐに一発焼きを入れようと歩き出して、怒りから拳を強く握った。
その時、いきなり翔吾の奴が苦しみ出して、自分の首を押さえ始めた。同時に自分の手に激しく鼓動する自分とは違う他人の脈の感覚と音が新鮮に伝わって来た。
翔吾は息が出来なくなったのか、息が細々となっていく。
「うっ! うぅ……!」
俺は驚いて握りしめていた拳を戻すと、翔吾は息を荒げてその場に膝をついた。
「何だ……今のは」
自分の手には脈の感覚があった。今拳を握りしめた時、翔吾が苦しみ、拳を戻すと翔吾の異変は治り、脈の感覚はなくなった。
偶然かもしれない。俺はもう一度、翔吾を見つめて拳を握りしめた。
「うっ!」
膝をついている翔吾がまたも自分の首を押さえて、苦しみ始めた。俺は思わず手を離して、駅構内から飛び出した。
そして人影ない路地裏へと行った。俺は自分の手を見て──笑いが止まらなかった。
「は、はは……俺が超能力者に? なったのか。はっはっは。まさかな」
自分が超能力者のように遠くから攻撃を出来る様になった。漫画とかでしか見たことない力が今、支柱に収まっている。俺は転がっている空き缶に手をかざすと、空き缶が不安定に浮き、こっちに来いと念じると俺の手元に来た。
俺は確信した。やはり俺は死の直面して謎の能力を手に入れたんだ。だから、こうやって生き残っているんだと。バカバカしい考えだが、現実なんだからそうゆう事なんだろうと自分を納得させた。
今日はやたら疲れたから、もう家に帰ろう。
「ん? これは……」
自分の手を見ると、黒いオーラを纏っており、手の甲には闇と黒々と輝く文字が書いてあった。
「闇の文字……何だ」
訳の分からない状況と能力だが、とにかく俺は力を手に入れたんだ。悦に浸りながら、俺はその場を去った。
「まぁいい。面白いじゃないか。この力、極めてやろうじゃねぇか」
その帰り道──夕日を見ながら俺は真っ直ぐと家へと向かおうとしていた。
だが、頭の中ではずっとこの力の事ばかりが浮かんで、それ以外考えれなかった。
「痛っ」
「んあ?」
誰か男にぶつかったが、そんなの気にするか。俺は無視してさっさと帰ろうとした。
「てめぇ無視か!」
男は俺の肩を強めに掴み、ドスの効いた声で呼び止めた。
いやいや振り返ると、そこには柄の悪そうな金髪の髭親父であった。ピアスやじゃらじゃらと謎のアクセサリーをつけており、見るからにクズそうで、頭悪そうな雑魚だ。
「あぁ? 何だ?」
「ぶつかったの気づかなかったのか? 馬鹿が」
「馬鹿だと? あぁ?」
「馬鹿だよ、馬鹿。謝る事も出来ないのか」
ムカつくなこの雑魚。でも、丁度良い。こいつを実験台にしてみるか。人を操れるかどうかを。
こんな奴はちょろい。挑発するば簡単に釣れるな。
「ちょっと来いよ。仕留めてやるよ」
「いいぜ」
俺は男と共に近くの公園へと連れて行った。暗くなり、人は誰もおらず、力を発揮するにはもってこいの場所であった。
馬鹿な男はそんな事も知らずに両手を懐にいれて、余裕の顔をして挑発をして来た。
「仕留めてみろよ。俺は毎日ボクシングジムに通ってるんだぜ」
「ボクシングか。プロでもないのに、その程度で吠えてんのか? お前は強がる理由を欲しがって、ボクシングを多少嗜んで、強くなった気でいるだけだろ。そんな事言うなら俺だって言えるさ。強くなりましたよってな」
「言ってくれるじゃねぇか……おい!」
顔がタコのように茹で上がり、怒りに燃えているな。さぁ来いよ。この力をもっと確かめてやる。その無様な身体をな。
男はファイティングポーズを取っているが、見るからにテレビの試合を見てポーズを真似ているだけで、ボクサーになりきっているだけだ。
そして男は一歩、足を踏み込むと一発パンチを放って来た。
だが、不思議な事が起きた。パンチがゆっくりと動いているように見えた。男の動きもゆっくりしており、俺はその攻撃を余裕で避けれた。
「ちっ」
「おいおい遅いぜ。パンチがよぉ。本当に練習したのか? 試合見ただけで、その気になっただけじゃねぇか?」
「まだだッ!!」
更に男はパンチを仕掛けてくるも、全てを避ける事に成功した。本当に遅い、トロすぎる。
「遅い、遅い、遅すぎるぜ。オッサンよ」
「くっ、何故当たらん!」
「パンチなんて、もう時代遅れだ。ほれ」
顔面を狙って来たパンチを俺はわざと真正面から食らった。
深くめり込んだパンチだが、蚊に刺された程度にしか感じなかった。
「何!?」
「今度は俺の番だ。耐えてくれよ実験台」
「ひっ……」
俺は男の拳を右手で掴み、左手を出して力を念じた。
左手は黒いオーラを纏い、力が溜まって来た手が激しく震え始めた。
「ひっ! 何だよ、これ!? 何なんだお前!」
「俺は最強の超能力者になる男だ。覚悟しろ!」
力を込め、俺は男へと手を突き出した。
「はぁ!」
「ぐっ……!」
俺は容赦なく男の胴体へと手を突き出した。男は激しい衝撃波を食らい、直線上に飛んでいき、壁に勢いよく叩きつけられた。
男は白目になり、気を失い地面に倒れ落ちた。壁にはヒビが入り、大きく凹んでいた。
そのパワーに正直驚いた。こんなにもパワーがあるなんて、思ってもいなかった。それに耐久力まで上がっているなんて。
これは本当にいい能力だ。
「ほぉ、やるじゃないか。すげぇ、すげぇじゃんか俺。やっぱり俺は運の良い男だ」
一人でいやらしい笑みを浮かべて喜んでいると、近くに人の気配を感じた。
その方向へと振り向くも、そこには誰もいなかった。たしかに気配は感じたはずだったが、気のせいだったか。
そのまま倒した男を放置して家へと帰ることにした。




