13.二人の思想
次の日、学校にはまた事件が起きた事で前回以上に報道陣が押し寄せて、休みとなった。死んだ翔吾君が襲った事もそうだが、破壊された教室の件でも来ていた。
真紀もまだ入院しているし、僕は朝から出かけ一人でとある場所へと向かった。兄貴には心配されたけど、僕は大丈夫の一言だけ言った。
「お盆にはまだ早いけど、来たよ。父さん、母さん」
行った場所は両親の墓の前だった。
父は消防士だったらしい。何度も火事の現場へと行き、迷いもなく率先して火の中に飛び込んだと言う。そのお陰で何人もの人々をギリギリのところで助けた逸話があるほどらしい。
そんな大変で命懸けの仕事をしながらも、兄さんや幼い僕の前では常に笑ってくれて、疲れているのにも関わらず、遊んでくれた。
気配りが得意でもあり、夫婦仲もよく、周りの家からも評判がよく、自慢出来る父親だった。
そんな父親の背中を見て、育った僕の性格は父さん似だと兄さんは良く言っていた。
母も優しくて、いつも僕に子守唄を歌ってくれたらしい。どんなに泣いても落ち着いて、歌を歌ってくれて寝かしてくれた。
そんな二人が早く旅立ち、何年経っても会いたいという気持ちは少なからずある。
「二人は元気? 僕ら兄弟はずっと仲良く暮らしているよ」
今でも時折、二人が生きていたら家族でどんな生活を送っているのだろうと思ってしまう。旅行に行ったり、みんなでBBQをしたり、色々と考えちゃう。考えるなってのが無理だと思うけど。
でも、母さんの手料理の味も記憶もなければ、父さんとボール投げだってしてもらった事すらない。
兄さんも言葉には表さないけど、きっと両親の事を何度でも思い出しているかもしれない。兄さんからは優しくて、頼りになる親とは聞いている。そんな親の元に生まれて誇りに思っていると言っていた。
本当はもっと遊んだり、教えてもらいたかったのが本音である。それに僕は両親といて記憶が殆どないけど、家族として誇りに思う。
墓の前に片膝をついて、両親に今の思いを告げた。
「父さん、母さん。僕に力を下さい。夢の中で僕に助言してくれたように、また天国から僕を守って。僕もこの命に掛けても、劉生君を倒して、劉生君の刻印を封印する」
出来るか分からないけど、自信がないけど戦う。刻印を受け入れて、戦うしかない。最悪の場合、殺すことになるかもしれない。それでも、倒さないと行けないのかもしれない。
僕は晴天の空の見上げて、墓に一度手を合わせて帰った。
帰路に着く途中、救急車や消防車がサイレンを鳴らしながら何処かへと走って行った。その方向へ見ると、遠くから燃え盛る炎と黒煙が上がっていた。
「火事!?まさか、劉生君が!?」
僕はすぐに火事が起きた方へと走って行った。
そこにはいくつもの家が燃えていて、消防活動を行っているも中々が火が消えない程の勢いであった。
僕は近くにいる人に聞いた。
「何が起きたんです!?」
「焚き火の火が家に燃え移ったみたいで」
燃えている家から必死に助けを呼ぶ人の声が聞こえて来た。
「助けて! お母さん、お父さん!!」
燃えている家の中に小さな女の子が泣きながら叫んでいた。火の手は二階にまで広がっており、女の子の部屋からも黒煙が出て来ている。
僕はすぐに黄色いテープが敷かれた場所まで出て、消防士に聞いた。
「あの子の両親は?」
「まだ帰っていないらしい。それよりももう少し下がって下さい!危険です!!」
「そ、そんな……」
「火の勢いが強すぎて、中々火が消せないみたいなんだ」
このままでは女の子が煙の吸いすぎで一酸化炭素中毒になり、このまま時間が経てば死に至ってしまう。すぐに助けなくては。
だが、この火の中、僕が突っ込んでも大丈夫なのだろうか。刻印があるとはいえ、どうなるかなんて全く分からない。多分大丈夫だろうけど、そんな自信なんてない。
迷っていると、叫んでいた女の子がぐったりして窓から姿をした。
「まさか気絶を!?」
一生懸命消防活動を行なっているものの、中々火は消えず、消防隊員も突入出来ない状態であり、周りはザワザワとし始めた。
やはり、行くしかない。でも、ここで助けることに失敗し、自分まで犠牲になったら、劉生君を止める物がいなくなる。でも、女の子の命が……僕の頭の中でひたすらに答えを誰かに求めた。
その時、父さんが言っていた数少ない事を思い出した。
『決断を迫られた時、人は一番精神を取り乱す。でも、決断しないといけない。どんな状況でも、時には非情な決断をしないといけない。片方を選んでも、もう片方を選ばなかった事に後悔するな』
ある時、親戚のおじさんが言っていた。父さんは若い頃、火事の現場で助けを求める声が二つあった。別々の部屋にいる母と子だった。だけど、助けられるのは一人だけ。焦りながらも父さんは決断して子供を優先した。
怖かったに違いない。自分だって命を賭けてやっている。それに、親を見殺しにしたとその子に思われるかもしれない。でも、父さんは決断してその子を助けた。
本当は二人とも助けようと思っていたはずだ。だけど、その気持ちを抑えて、子供の方を救ったんだ。
決断しないと出来ない。怖さに押されて、足が震えているんだ。だから、決断するんだ。恐れちゃダメなんだ。あの時の僕も劉生君を止めようと思って、必死になっていたが、殺してしまうんじゃないかという迷いが、止める事を失敗した。
あの時の僕だって車に轢かれそうな子供を助けたんだ。
なら、出来るはずだ。決断するんだ。一つの答えを。
僕の答えは、この身に変えてもあの子を助ける事だ。
僕は黄色いテープを飛び越えて真っ直ぐと家へと突撃した。
「今行くよ!!」
「待つんだ君!」
消防隊員の静止を振り切って僕は日の中へと飛び込んでドアを突き破った。その瞬間に刻印が無意識に発動していた。だが、中はとんでもない熱さあり、刻印を発動していてもこの熱さは頭がクラクラする。
炎の刻印で作り出した炎の空間では大丈夫だったが、現実の炎だと多少辛いし、なによりも息苦しい。
でもそんな事を考えている場合じゃない。すぐに二階へと駆け上がり、女の子の部屋らしきドアを蹴破った。
「大丈夫かい!?」
女の子は部屋の隅で気絶しており、すぐさま女の子を抱き上げた。部屋から脱出をしようとしたが、下の階から爆発し、火の手が更に強まって来て、この状況下で女の子がより危険になってしまう。呼吸をしていない。このままじゃ危ない。
そこで目の前にある窓ガラスが目に映った。
「ここから行くしか……ない!」
僕は息を飲んで女の子をしっかりと抱きしめて、窓を突き破った。そして地面へと上手く着地した。女の子を見ると、少しずつ息を取り戻し始めて安心した。
すぐに駆け寄ってきた救急隊員の元へと渡した。
「急いでこの子を」
「は、はい!」
救急車はサイレンを鳴らして、大急ぎで病院へと向かった。
「君は大丈夫なのかい!? 火傷しているが」
「僕は大丈夫です……これくらいなら」
「待つんだ! 君!」
顔や手や足に火傷を負った痕があるが、これくらいなら何ともない。煙の吸って頭が痛く、気分も悪いがここに長くいるわけにも行かないので、僕は逃げるようにすぐにその場を離れた。
公園で顔を洗いながら、空を見上げた。そして父さんにまた感謝しないといけない。"僕にまた大切な事を教えてくれてありがとう"と。
*
あれから数日が経ち、惠美子のプレハブにて何十名もいる信者から体力を十分に回復した。
惠美子から一人の女を紹介された。
「これが貴方様が探している方じゃないでしょうか?」
目の前に座り込み、頭を下げて来たのは一人の女性であった。
俺の目を見ると、何処か懐かしいような気分になり、不思議な感覚に陥った。
「こいつは……」
「苦労しましたよ。貴方のお母さんですよ」
惠美子が呼んできたのは、なんと俺の母親であった。母親と言われても実感はないし、顔なんてあんまり覚えてなんていなかった。でも、知る方法はあった。一枚の母と父と赤ん坊の俺が一緒に並んだ写真程度だ。
その写真を家からテレポートさせて、写真とこの女と見比べた。
「この女は、やはり……」
やはり、何度見てもこいつは俺の母だった。
「何故、こいつを……」
「彼女と顔が似てると思って、彼女に写真を見せたら息子と申しておりまして……」
「うっ……何故ここにいるんだ」
「私が聞いたのは、愛情を注いだ男に捨てられて、友人に誘われてここに入ったと申しておりましたけど」
その話に色々な感情が一気に込み上げて来た。
俺を捨てて別の男に擦り寄った挙句、自分が捨てられて、現実逃避をしたクソッタレな女だ。
怒りを抑えながら、母とされる女の前に立った。
「お前が、俺の母……なのか?」
「私は貴方の母でないです。貴方は崇拝する神なんですから、私なんぞが貴方の母な訳、めっそうもございません」
「何だと? 俺の母じゃない……」
「はい。私は元来一人で生きて来た身でございます」
言って意味がが分からない。本当に忘れたのか、俺の存在を。
俺はふつふつと怒りが込み上げて来て、母の胸ぐらを掴み上げた。
「本当に俺の母だと思ってないのか?」
「私は惠美子さんに会って、過去を一度綺麗に捨てた身。誰とも結婚はしていません。だから、子供なんて最初から産んでいないのです」
「……」
何が何だから分からない。俺の母は母じゃなかった? 宗教にのめり込んで、変な方向へと行ってしまったのか? 全く検討もつかない。言葉も出なかった。
だが、俺は怒りが沸点まで跳ね上がり、激昂して声を荒げてしまった。
「お前が、俺を捨てた事を忘れたとは言わせんぞ! 俺を捨てて、俺はあの親父と共に生活して毎日が地獄を味わった! お前がどう生活していたか分からんが、お前は俺を苦しめた!」
「わ、私は……貴方様の──本当は子供なんていらなかったのよ」
いきなり母の表情が変わり、声の質も変わり始めた。
「何だと……」
先程と違い、敬意を表した話し方からタメ口で喋り始めた。
「あんたのお父さんは、勝手に私とくっついて、私との間に子供を作った。私は育てる覚悟が出来ていなくて現実から離れるようにあんたや夫から逃げるように消えた。だから、あんたに愛情なんて一つもないのさ。死んだ方が良かったのさ」
「……あの親父と同じだな、やっぱり。人間って、家族ってクソだな」
母の言葉に俺の中の何かが割れて、意識が変わった。
俺は死んだほうがいいか。つまり、この世に必要のない人間か。なら──
「な、何を!?」
胸ぐらから首を掴み、壁に叩きつけた。
「死んだ方が良かったと言ったな。なら、お前が死ね!」
「や、やめて!」
「産んだのはお前だ! 子供は自分の意思で産まれる場所を選べない。分かるか、今は俺はお前の元に産まれて後悔した!」
「あ、あ……」
「死にたくないと思うなら、自分の意思で抵抗して見せろよ!」
息辛そうにしている母を見て、俺は興奮した。人が必死に足掻いている姿が、ここまで興奮するなんて。それも自分の母で。
そして俺は自分の腕は母の心臓を軽々と貫いた。まるで水に手を突っ込むかのように。
「がっ!」
「母親なら、息子の為に命張れよなぁ!」
「うっ……」
腕越しに伝わる母の心臓の鼓動は徐々に弱まり、手を伸ばし悲しみの涙を流しながら力尽きた。手は無機質にぶら下がり、血と涙の混ざった液体が地面に垂れ落ちた。
「へっ、カスが。あの世で親父と仲良くしてろ」
俺はとうとう母親まで殺してしまった。親の血が自分に掛かり、せっかく着替えた服がまた汚れしまった。
だけど、正直言って気分が良かった。前のような罪悪感も薄れて、親の血で力がより湧き上がったような気分だ。
遺体を投げ捨てるも、信者達は誰も動揺せずにずっと俺を崇めていた。
「もう俺と血の繋がる者はいなくなった。俺はたった一人の孤独な人間……いや、神に近づいた」
「それで、どうしますか? これから」
「見つけ出す。刻印は産物だ。あいつら刻印を持つ奴らを探し出して皆殺しにしてやる!」




