表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリスとアリスの夢物語  作者: たくま
第1章開拓村編
6/12

第6話 現実と夢の繋がり方

 ソファーから転げ落ちて目が覚めた。


 睡眠中という無防備な状態で激しく頭を床に打ちつけ、痛みに抗うかのように床を叩き、のたうつ。下半身だけはなんとかソファーの上に留まっていた──嬉しくはないが。はたから見たら間抜けな絵図らになっているんだろうなと思いつつ、腹筋だけで起き上がる。深くソファーに座りなおして、軽い頭痛などを起こしている頭をいたわるように擦り、独りごちた。


「イタタタタ、夢の最後で鈍痛を感じた原因はこれだったか、目が覚めた時点で強制送還になるのかよ! まぁ夢だからしかたないのか……やっぱりちゃんとベッドで寝よう」


 またひとつ夢と現実との繋がり方を体感した時だった。陰鬱な気分を吐き出すように吐息をつく、時計を見やると12時前、どうやら6時間以上は寝ていたみたいだ、体感的にはもっと長く感じるが──虚空を見上げ、深い嘆息とともにアリスの言葉が頭をかすめていく。


『私は復讐がしたい、お父さんとお母さんの仇を取りたい──』


「復讐っか……そりゃぁ俺だって許せれないけど、人を殺してまでってなると、どうなんだろう? アリスの手前ああは言ったけど、俺はどうしたいのかな、どうすればいいのかな……現実世界なら裁判起こして社会的制裁を課すだけで、それなりにスッキリするけど、それでも失った物を完全に取り戻す事なんてできないから──俺自身がそうだったように虚しさや喪失感は拭えないんだよな〜、それにあの世界と現実とでは、世界の仕組みが常識が違うもんな──」


 ──ぐきゅるるるっ!


 腹の虫が鳴る、不思議と空腹感が懐かしく感じられた。軽く頭を掻いて、ごろりとソファーに寝そべる。渋面を作って座面に顔を埋めた、くぐもった声を吐き出しながら結論付けていく。


「まぁ、その時の状況次第っだな! アリスがどう出るかわからんし、もし変に暴走したら……やっぱり止めないとな、逆に自分が暴走するか……どうかはわからんが──結局この1年、俺はどこか他人行儀だったな、もう少しだけ、あとほんの少し素直になってれば──甘えとけばよかった……はっはっ、ま〜アリスはグイグイ絡んできて兄妹って感じがしたけど……本当の兄妹がどんなんかは知らんが──」


 そこではたりと気づく、卑屈な考えに陥って嫌悪感を抱いていた。ゴロンと仰向けになる、シーリングライトが眩しくて目を背けた。

 飛び跳ねるように起き上がり、腕を組んで一度だけ大きく唸るように喉を鳴らす、大きく首を横に振り、自分に言い聞かせる様に言葉を繋いでいく。


「いや違うだろが、なんだよ本当の兄妹って、どんな形であれ俺は間違いなく家族と思ってた。理由はわからんが心のどこかではっきりと感じていた……それに今も感じるこの喪失感は本物だろうが──よし! まぁあれだな、いま決めれたとしても後々、考えが変わる事だってあるし、そもそも下手人を見つけられるかも怪しいしな、やっぱりその都度考えればいいか」


 要は結論の棚上げをしたに過ぎないが、それでも今すぐにだせる答えと言うのは、それくらいしか思いつかなかった。

 取りあえず昼飯を買いに行こうと、近くのコンビニまで出かけて行く。



 コンビニに入り、弁当とお茶とつまみになりそうな菓子類を手に取り、レジまで持っていきポケットから財布を取り出す。


「──円になります。お弁当は温めますか? お箸は必要ですか?」


「温めなくてもいいです、箸はください」


 彼がレジカウンターの前に立ち、支払いをしようと財布を広げたところで硬直する、全身の血液が凍りついた様に止まり血の気が引いていく、ついでに思考も止まる、財布を握ったまま、だらだらと嫌な汗が背中を湿らせていく。店員さんに聞こえない程度に彼がぼそりと口走った。


「…………ない! 金が1円も入ってない」


 人生に行き詰まったらこんな事を言うのかもしれないと、多少なりとも冷静さが残滓として脳内に残っていた──本当に嬉しくはないが。


(おかしい、昨日は確かに5万円程は入っていたはずだ、なのにそれが今ではすっからかん、俺は酒は飲めないからずっとシラフだったし、昨日の晩はラーメンを食べたことも覚えている、ポケットにずっと財布も入っていたから盗まれた訳じゃないよな、盗むなら財布ごとだしな)


 財布を広げたままピタリと時間が静止する、怪訝な顔をする店員さんも同じくピタリと止まる。気まずそうな口調で。


「どうされますか?」


 と聞いてくる店員の顔は、はっきりと面倒くさそうな表情をしていた。嫌味な顔でそんな事を聞かれても、金がなけりゃどうにもならないのだが、彼女──店員さんの言葉と目に見えない圧力で、軽い焦りと恥ずかしさが凍りついた血液を沸騰させていく。


「あっ! カードで一括で支払います」


 クレカがあるのを思い出し、慌ててキャッシュトレイの中にカードを置く、カードを確認して安心したのか、ころっと安堵の笑顔に変わる──この豹変ぶりは誰かを思い出させてくれた──どうでもいい事ではあるが。

 女性というのは得てして、こういう生き物なのかもしれない、それは偏った見方なのだろう──本当にそうなのだろうか──少なくとも自分の身の周りに舞い降りる、言われなき不幸はしばしば女絡みだったりもする──やはり心の中に余裕が残っている、これも自身に降り注ぐ不幸に対しての抗体なのかもしれない──感動もへったくれもないが。


(チッ)


 彼が静かに胸中で毒づいた。

 

 そのまま何事もない素振りで会計を済ませて、逃げる様に家路につく。


 ──バン!


 つい勢いよく玄関ドアを閉める、室内の空気を押し込むかのように風圧と振動が前方へと飛んでいく、隣人から文句がくるかもと思ったが即座にどうでもよくなった。今は消え失せたお金を調べるのを優先しなくてはと、靴を履き捨てて早足で部屋まで進む。

 室内に入るなり私物が盗まれてないか部屋中をチェックする、泥棒に入られた形跡はない、と言うよりもミニマリストもびっくりするほど家財道具も無いのだが、それ故に異常が有ればすぐに分かる。どこにも異常がない事に安堵するも混乱だけが取り残された。


 取り敢えずは落ち着こうとソファーに腰を落とす、もう一度財布を拡げ、しげしげと中身を覗く。


「泥棒には入られていない、財布の中のカード類は無事だけど現金だけが無くなっている、なぜだ」


 そこで不意に夢の出来事を思い出す、腰にぶら下がっていた革袋のお金、当然あんなものは今まで持っていなかった。


「あのお金ってもしかして本当に自分のお金だったのか? 起きてから服装も昨日のままだし、財布も昨日からポケットに入れっぱなしだったし、現実でお金が無くなり、あっちの世界でお金を持っていた……普段と違うことが共通している」


 手の平で顔を覆い苦慮の顔を作る。これは夢じゃなくて眠ると所持している物と一緒に、夢の世界に飛んでいる事になる。


「いや違う! 寝ている所をビデオで撮っていたが異常は無かった」


 しかしお金の入れ替わりは事実、起きていた、財布の中の現金が消失しているのがなによりの証明である──金銭だけが飛んでいくのも不思議なものではあるが。


「う〜ん。さっぱりわからん、理解できん! そもそも今まで物を持って寝たことなんてなかったからな……まっ、それはともかくとして1年経って今さら感はあるけどよ、だけどそんな事よりも、重大な事がひとつあるんだよな〜」


 なんにせよ夢でも異世界でもなんでもいいのだが、現時点で重要な案件はただひとつ、彼がはっきりとした結論に辿り着いた、額を押さえうめく。


「俺の今月の生活費を全て、アリスに持っていかれたってことだな」


 金銭に困っているわけではないので問題ないが、この意味不明な──否、新手の嫌がらせ的な──現象についてはいくら考えてもわからないものはわからない、今はこういうものだと、彼は割り切ることにした。誰に似たのかこんな時はいつも、あっさりと切り捨ててしまう癖がある。


 それよりもご飯を食べて風呂に入ろうと、テレビをつけてニュース番組を流し観しながら黙々と食事につく、テレビから1年ほど前の事故のニュースの続報が流れ出して思わず見入ってしまう。


「あーそう言えばこんな大きな事故もあったな、と言うか最近多いよな車のペダルの踏み間違い」


 1年ほど前に県外の大通りを走行中の車が暴走して、死者3名、重体1名、軽傷者複数名を出すという大事故を起こして、世間を騒がせ社会問題まで発展した、事件とも呼べる痛ましい事故の続報だった。


 当の本人はのらりくらりと言い訳をして、謝罪の言葉もなく呆れた事ばかり言う始末、俺の両親も事故で亡くなっているのでこの態度の加害者には、胸くそ悪く不愉快になったのを覚えている。


 ニュースでは重体の女性が未だに意識が戻らないと言う報道内容も入っていた、赤の他人ながら早く回復する事を願っている自分がいる、事件よりも事故に関して、敏感になっている事に気付かされる報道だった。


 食事を終わらせてから風呂に入った。

 風呂からあがり頭を拭きながらまたソファーにゆっくりと腰掛けて、先程までの夢のことについて思いを巡らす、天井を見上げ、背もたれに体重を預ける、身体を仰け反らしながら伸びをした。


「身につけた物を持っていけることを前提として考えるなら、鞄とかに荷物を詰めて一緒に寝れば持っていけるって事だよな」


 頭の中でおぼろげながら何かが閃く。


「試してみる価値はあるか」

 

 思わずニヤリと笑みがこぼれた、何だか面白くなってきたなっと。あれこれと試したい事が脳裏をよぎる。


 ただ、こうも前向きに考えれるようになったのは、アリスの存在が大部分を占めていた、今までの自分からは想像もつかないほどに性格が激変したのがわかる、まるで精神を解きほぐされたみたいに。

 ソファーのひじ掛けの上に頬杖をついて脚を組む、夜空を見上げる様に──といってもいまは昼間で、視界に映るのは無機質な白い壁紙と温かみのない青白い光だけだが。


 彼が遠い眼差しを天井に向け思いを馳せる、今ごろよだれを垂らして眠っているであろうアリスを思い浮かべ──こんな形でしか普段のうっぷんを晴らせれない自分を情けなく感じるが──自分の性格を変えてくれたアリス、妹の明るく前向きな性格と、それを体現したかのような、屈託の無い笑顔を思い出し──かけたのだが、なぜか上手くいかない。


「……あれ? おかしいな記憶障害? アリスの屈託の無い笑顔って」


 屈託の無い笑顔……笑顔──脳内で連呼しながら思い起こしていく、額を押さえながら、ゆっくりと噛み締めるように記憶の糸を辿って──


 毎朝のように布団をひっぺがえしては、したり顔で笑う時の笑顔。 

(これは笑顔でいいのか?)


 薬草採集の時に斜面から滑り落ちて、なんとか途中で踏ん張って耐えていた時に、斜面の上からアリスが馬鹿にする様な目で見下ろして、にたりと笑った時の笑顔。

(さすがにこの時ばかりは、殺意を覚えたな)


 俺の剣を中古の剣だの鈍らの包丁以下だの、こんなんじゃ虫も殺せませんけどプププ、と小馬鹿にしたときの笑顔。

(違う、これは笑顔じゃない)


 料理の隠し味を聞いた時、妙にニヤニヤと笑っていて、本当の意味で何かを隠しているかのような笑顔。

(この時は寒気がした)


 昼食の鍋の中に拾った茸をこっそりと入れていて、知らぬまに食べさせられて意識が深い闇の底に落ちた時、意識が途切れる一瞬前に見えたアリスの──これは面白くなってきたな、という顔の笑顔。

(あの時は、ハイテンションになって記憶がぶっ飛んだっけ、気がついた時は現実世界のベッドの上で目が覚めてたな、ひょんな事から、次の日は真理ちゃんとドライブデートに行く予定だったのに、体調不良でドタキャンする羽目になったし……よくよく考えたら、真理ちゃんもマリーちゃんもアリスに邪魔されたって訳か……)


 忘れかけていた恋心が復活するのをなんとか抑えて、アリスの笑顔を他にも色々と思い起こすも、うまくいかず悪い笑顔の彼女しか出てこない。


 思い出のフタを開けるたびに、ダークな笑顔のアリスが頭上を回るだけで、精神衛生上、極めてよくない。


「この! この! こんちくしょうめ!」


 頭上に群がる悪い笑顔のアリスを叩き落とす、しつこく居座る最後のひとりを、頭の上でパタパタと手を振り追い払う、咳払いをひとつしてから気を取り直した。


「でもまぁ、なんだかんだ言っても、アリスのお陰で少しは明るくなれたのも事実だし、それにムカつく事もあったけど兄妹喧嘩なんてのも貴重な体験だよな、そうだよな!」


 取りあえずは自分に言い聞かせておく、しかしこれ以上、思い出しても深みにハマるので止めておこうと胸中で呟き、すぐに脱線する自分の悪い癖を反省しながら本題へと戻る。


「取りあえずは食料や調味料などを鞄に入れて寝てみるか、それで成功すれば良し、駄目ならまたなにか考えればいいわな」


 そうと決まれば早速行動に移そうと、近くのスーパーまで買い出しへと向かう。




 買い出しから帰ってきて購入した物を鞄にしまっていく、鞄と言っても百均で買ってきた(ただし100円ではない)ショルダーバッグなのだが、これはこれで使い勝手がいいので買い足してもいいかもしれない。


 適当に買い込んだ各種香辛料や調味料、あとは小麦粉などを鞄に詰め込んでいく、最後に袋に入れ替えたお米を手に取り、動きが止まる。掴んでいる袋に視線を落とした、しばらく見据えて、静かな笑みが僅かな鼻息とともに漏れでる。


「ふっ、パンでもよかったけど、あっちの世界じゃ、ご飯は食卓に上らなかったからな、アリスがご飯を食べたらどんな反応するんだろう? 喜ぶかな? はっはっ、想像しただけでいまから──」


 唐突にふわりと嫌な予感に包まれる。


「お米の存在しない世界だったらどうなるんだろう? やっぱり持ってけれないよな、その時は……まぁ、ごめんなさいだな、まっ、小麦粉も入れたしこれでパンでも作ってもらおう──アリスが小麦粉だけで作れるかどうかは知らんが!」


 無責任極まりない事を口走りながら鞄を閉じた。瞳を閉じて薄闇の中に心を沈める、胸の内から感じるむず痒さ、えも言われぬ高揚感、これは買い出しの時から感じていたのだが、このなんとも言えない、背中をくすぐる様な感情が止められない、まるで遠足気分だ!

 まぁ、いまから向かう町までは歩いて半日程度かかるので、ある意味で遠足ではあるのだが。

 

「全部持っていけなくても、せめてお米だけは持っていけるといいな、アリスは昨日の晩から何も食べてないはずだから、そんな状態で半日歩くのはキツイだろう」


 夜になり用意した鞄と一緒に布団の中に潜り込む、期待と不安の中でゆっくりと意識が遠のいていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ