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クリスとアリスの夢物語  作者: たくま
第1章開拓村編
1/12

第1話 夢の始まり

 ──ピピピ、ピピピ、ピピピ。


 部屋中に響き渡る無機質な電子音、ベッドの棚に置いてある目覚まし時計が、容赦のない甲高い音をたてて騒ぎだす、虚ろいだ意識の中、感覚だけで腕を伸ばし音を消す。


「うーん、もう朝か」


 ベッドの上で二度寝したい気持ちを払い除けられずに、天井を見つめている、十分な睡眠時間は確保しているのだが、気怠さが残っていて思い通りに身体を動かせない、こうなったのも1年ほど前から見るようになった、不思議な夢のせいだ。


 眠るたびに昨日の夢の続きから始まりる、どこかの開拓村の何でもない日常、畑仕事やまき割り、山に入っての薬草や山菜取りなど、仕事は多岐にわたる。


 まるで現実と夢の世界とのダブルワークをしているようで、疲れが取れないでいた。


「寝ても覚めても仕事をしてるようなものだからな、これはさすがにしんどいわ」


 眉間にシワをよせ、ぼやくように呟く。

 それでもこの不思議な体験に随分と救われた。夢の中での家族とのふれ合い、そしてたわいのない会話、そこまで思い起こしたところで、ふっと感傷に浸る。


「──家族か」


 つい言葉が漏れてしまう、家族を亡くしてから独りで居るのにも馴れたと思ったが、こんな夢を見るとやはり激しい孤独感に襲われて、気持ちが沈んでいく。


 5歳の時に事故で両親を亡くして孤児になり、親戚に引き取られたが馴染めずに、と言うよりもお荷物扱い……いや、虐待に近い扱いを受けて──それをきっかけに施設に入所する事になり、その後は無事に高校を卒業、今は社会人になり1人暮らしをしている。


 家と職場の往復をして、帰ってくるだけの単調な日々、独りで過ごし、知り合いもろくにいない、友達と呼べる人もいない、寂しくないと言えばうそになるが、それでも慣れてしまえば、寂しさを忘れる事はできた。

 しかし夢の世界に行くようになってから、生活もそして性格も一変した。

 軽くため息をつき苦笑する、現実と夢、2つの世界で生きている自分、どちらも自分自身なのに、全てが正反対なことに気づく。


 ベッドから起き上がりカーテンを開ける、白み始めた東の空、薄っすらと明るくなる様は、どこか今の心境と重ね合わせてしまう。少しずつ晴れていく心の靄、なにかに支配されていた心が解き放たれていく。消えた音、失った色、なくした感情、手放し捨てたものを取り戻していく、そんな感覚にどこか安堵感すら覚えた。

 窓に映る自分の顔を見て自嘲する。


「現実よりも、夢の世界の方が生きている実感が湧くなんて、こういう事を皮肉って言うのかな」


 独りで呟きながら不思議な夢について思案する、夢の中の家族は夢の中だけの家族で、顔も名前も初めは分らなかったが、連続した夢を見ているうちに家族の顔や名前、夢の世界での生活の仕方なんかも身に付いた。


 不思議なことに起きても忘れたりはしない、今では夢の世界に行くのが待ち遠しくて楽しみになっていた、家族と呼べる人に会えるから、だから何をしてても常に夢の中の生活を気にしている。


 朝食を取り身支度を済ませて、今日もいつも通りに会社に向かう。






「ただいま〜」


 誰か居るわけでわないが、つい口走る。これも夢の影響かも知れない。


 帰宅したらまずは風呂に入って、さっぱりしてから食事を取る、ちゃんと自炊をしていたが夢を見るようになってからは、スーパーの弁当や惣菜が中心の食生活になりつつある。

 寝ていても夢の中で野良仕事をしているせいか、疲れが取れない、そのうち食事の準備もだんだんと億劫になってしまい、手抜きをするようになった。ともあれ食事を取りながら今日の予定を思い出していく。


「ふぅー、今日は山に行ってまき割りをするのと、妹と一緒に山菜や薬草を集めてきてくれって頼まれてたな! まき割りはいつでも出来るから後回しにして、妹の手伝いでもするか」


 夢なのに何故か憂鬱になる、でもそれが生きている実感というものを与えてくれるから本当に不思議なものだ、そう思いながら早々と食事を済ませ寝床につく、横になってすぐに意識が霧散して、漠然とした浮遊感に襲われる。






 ぼんやりとした意識の中で、視界に入ってくる世界もまたぼんやりとしている、外から聴こえてくる鳥の声や、窓から射し込んでくるキラキラとした朝日で、だんだんと意識がつながっていく。


 まだおぼつかない意識を集中しようとしているのだが、眠りについたらすぐに夢の世界に来てしまうので、寝た気がせずになかなか起きられないでいた、すると半ば強制的に大声で起こされる。


「起きて、起きてってば、お兄ちゃん! もう朝だよ……クリスにい起きろー」


 夢の世界ではクリスと呼ばれている、そして布団をひっペ返しに来ているのは妹のアリス、毎朝、怒鳴られながら起こされるのが日課となっていた。


「うーっん、あーアリスか、もう少し寝かせてくれよ! 寝たばかりなんだ」


 クリスが気怠さと戦いながら重い瞼を開ける、目を覚ましたクリスの顔を覗き込むようにアリスが顔を近づける、幼さを残した丸顔に、くりっとしたつぶらな瞳、アリスの茶色い双眸がクリスの眼前で震えるように揺れていた、普段から愛嬌のある顔を振りまいているが、今のアリスは不機嫌そうに膨れていた。


「何言ってるの? 寝ぼけないでよ、今日は山に行くんでしょ! 私も一緒に行くんだから早くしてよ、モタモタしてたら夕方までに帰れないでしょ」


「分かったよ、着替えるからちょっとまっててくれ」


「早くしてよ」


 不機嫌な言葉だけを残してアリスが部屋を出ていく、薄茶色のくりくりっとした癖毛の様なウルフヘアー、光が当たるとキラキラと金色に見える髪を腰の辺りまで伸ばしていて、歩くたび髪が踊るように左右に揺れる、アリスの後ろ姿を見送ってから、クリスがいそいそと着替えだす。


 アリス――彼女はおっとりと柔らかい雰囲気をした容姿だが、見た目とは裏腹にしっかりとしている、結構なお節介やきなのもあってかクリスはよく怒られていた。また快活な性格からか村の皆からも好かれていた。

 それにアリスは山菜や薬草を見つけるのが誰よりもうまいので、クリスと一緒に山の中に入ることが多い。


 クリスが暮らしているのは、ソロリア王国、西部地域に位置する開拓村、村民と言っても辺境の地に居るので、村外に出るときは革鎧をまとって出て行く。


 なまくらな剣も所持していて、外出する時は必ず腰に下げ携行して行く。切れ味を良くしようと、一度クリスが包丁の砥石で砥ごうとしたのだか、母さんからもの凄い剣幕で叱られてしまい、それ以来、砥ぎ直しは諦めて、なまくらのまま我慢している、お手製の木で出来た盾もあるが、それはどう見ても盾と呼べるような代物ではなかった。


「まごうことなき、鍋のふた! だよな」


 かっこ悪いので持ち歩くことを脳が拒否しているが、一応クリスは毎回持って行っている。


 身支度を済ませて、かっこ悪い盾は大きめの革袋に詰める、この時点で盾の意味を成してないが、クリスはいつも隠すようにしまってしまう。

 ひと通り部屋の中を見回して、チェックを入れる。


「よし、忘れ物はないなっと…………あっ、いかんアリスを忘れてた」


 これ以上アリスを待たせて不機嫌にさせると、面倒極まりない事になると思い出し、急いでクリスが玄関まで向かうが、やっぱりご機嫌を損ねたアリスと、それをなだめてくれている母さんが待っていた、アリスが気がついて頬を膨らませたのがわかったが、そこは敢えて触れずにクリスが声をかける。


「じゃ、母さんいってくるよ」


「気をつけてね、アリスの事は頼んだよ」


「うん、わかってる、あれ父さんは?」


「もう、昨日の収穫物を町まで卸しに行ったよ! あんたは起きるの遅いから」


「あぁ〜それはごめん、じゃぁ行ってくるよ、アリス行くぞ」


「行くぞ! じゃない、待ってるのはこっち、それじゃお母さん行ってきます」


「アリスも気をつけてね」


「は〜い」


 家を出てすれ違う近所の人と、挨拶を交わしながら村の外に出る、昨日の雨でぬかるんだ地面に足を取られながらも進んで行く、兄妹が横並びになって歩いて街道まで行き着くと、ようやくぬかるみのない石畳の道へと変わる。

 長いこと泥の付いたままだとさすがに気持ちが悪いのか、無意識のうちに靴に付いた泥を払うように、兄妹が同じ仕草をしながら歩いていた、歩きながら今日の予定を2人で話し合う。


「なんか、何も考えずに街道まで来ちゃったけど、お兄ちゃん今日はまき割りするんじゃなかったの?」


「いや、まき割りは何時でも出来るように、準備してあるから大丈夫だよ、だから今日1日、アリスの採取の手伝いをしててもいいよ」


「えっ、いいの? お兄ちゃんありがとう、それじゃ〜この辺りは取り尽くしたから、うーん街道沿いを西に向かった所がいいかな? あっちの方は、お父さんから行かないでくれって言われてるんだけど、あまり人の手が入ってないと思うから、いろいろと採取できる気がするの」


「ここからさらに西かー、国境ギリギリのラインだな、下手をすると、うっかり帝国領に入っちゃうかもしれないし、父さんからも行くなと言われてるから、止めといた方がいいんじゃないか?」


「でも、もう少し集めておきたいし、奥までは行かないようにするから、ね! お願い」


「わかったよ、でも奥までは行かないって約束は守れよ」


「うん、ありがとう」


 開拓村は王国の南西部に位置しており、王国と国境を挟んだ西側に、ディスキア帝国が張り付くように広がっている、王国が支配していた地域だったが、200年ほど前に財政難から国内で反乱や暴動が頻発し、王国が瓦解する前に西側諸国を手放して独立を認めた。

 西側地域は元来、少国家郡からなる地域であり、王国の支配から開放され独立した国々が、今度は国家間同士の領土紛争や覇権争いの様相を呈するまでに至る。

 

 戦火が西側諸国全域にまで拡大していくと、その後の西部動乱という激動期を迎えることとなる、独立後から急速な発展をとげた、ディスキア国が動乱を契機に近隣諸国を征服していき、現在の帝国を築いていった。

 結果として王国は財政の立て直しに成功したものの、国の衰退からくる情勢不安、そして西側諸国の動乱期の混乱から、ソロリア王国が当時、設定した国境線が曖昧になってしまう、今では帝国が領土拡大を図る目的で少しずつ侵攻している、そのため王国とは数十年も小競り合いを続けている。


 王国の開拓村や町づくりは領土防衛の一環で、国の国境線の明確化と最前線の防衛拠点としての役割を担っている、ただクリス達が暮らしているような、規模の小さな開拓村に関しては、王国軍の駐屯地があるわけではないので、十分にその機能を果たしてはいない。


 帝国が領土拡大を目論んでいることもあり、国境沿いで帝国兵士に見つかると、捕らえられ尋問を受けた後に殺されるか、越境行為を理由に、侵攻してくるなどの噂も絶えないため、兄妹は父親から止められていた。

 

 程なくして2人が目的地の国境近くに到着する、アリスがキョロキョロと周辺の山々を観察しながら採取する山を決めている。


「あっちの方がいいかな?」


 東寄りに逸れるように、山手に向かっていく道をアリスが指している、多様な木々が青々と生い茂る、綺麗な山々が連なっていた、西側地域でも王国寄りの山あいなので、クリスがここならばと承諾する、そして2人は山の中へと足を踏み入れて行く。





 帝国と王国を網の目のようにつなぐ街道、これらの街道は王国統治時代に、都市間の通商路の開拓として敷設されてきた。王国の基盤を成し人々の営みを支え、平和と繁栄の象徴として親しまれてきた街道。

 それはもう過去の話で、現在では主に軍隊の移動や兵站業務など軍事利用されている。

 街道と言っても幹線道路以外の支線は、それほど広くもなく山あいを縫うように、いくつもの分岐点を交えた道が続いている。

 その街道を砂塵を巻き上げながら、帝国騎兵隊が隊列を組んで東に進軍していた、順調に行けばあと1時間程で、王国との国境付近に到達できるだろう。


 先頭を走るのは隊長のウォルドルフ、帝国軍では珍しい平民出身のうえ20代で隊長に任命された実力者である。


 隊長職を務めているウォルドルフだが、一般兵士と同じ鎧を身に着けていた、貴族出身の士官や将官などからの、いびりによる不当な扱いを受けてのことなのだが、彼が言うには、「武防具で実力が変化するわけではないので問題ない」と本人は全く気に留める事もなく悠然としている。


 しかし心優しい彼の上官である司令官からの配慮で、鎧の縁と前面に赤色のラインが入った鎧をまとっていて、一応は一般兵との差別化がされていた。


 ただ本人曰く、キラリと光る抜群のセンスの無さで、より一層、悪目立ちするから「そのままが良かった」そうなのだが、上官が興奮気味に「最高傑作が出来たぞ!」と持ってきた鎧なので黙っている。


 彼のすぐ後ろにいる隊員が、ウォルドルフに寄っていき声をかける。


「隊長! 本当によろしいんですか?」


 声をかけたのはこの隊の副隊長バーレン、彼も平民出身のうえ、20代前半という異例の若さで昇進した実力をもっている、しかし彼は好戦的な帝国軍の中でも珍しい穏健派なので、隊員からは煙たがられていた。


 バーレンがウォルドルフの横に馬を寄せながら、隊長に向かって叫ぶ、声に気付いたウォルドルフが振り向くことなく返事を返す。


「ああ、大丈夫だ、皇帝からの認可も受けているそうだ、俺も今朝がた司令から命令を受けたばかりだ、国境沿いに開拓村が幾つか有るから作戦行動上、邪魔になる村を破壊してこいとの命令だ」


 隊長の言葉にバーレンが少し気を落とす、だがそれでも彼は聞かずにはいられなかったのだろう、すぐに気を取り直して質問をする。


「そうですか、それでは噂どおり、先の大戦のような全面戦争が近いと言うことですか?」


「まぁ、そう言う事だろう、東部軍も慌ただしく動いているみたいだしな、それに水面下で進めていた王国との交渉も決裂したそうだ、貴族共の欲深さは帝国も王国も一緒だろうよ、ん? どうした? あんまり乗り気じゃないな」


「ええ、戦争自体あまり好きじゃありませんので」


「はぁん? そんなこと言ってると、いつか誰かに後ろから刺されるぞ……まぁ、お前の考えを否定するつもりはないが、命令はちゃんと守れ! お前も帝国の兵士なんだからな」


 ウォルドルフが釘を刺すように忠告するが、それにバーレンが冷ややかに返す。


「えぇ、分かってます、変な気は起こしませんよ、ですが本当によろしいんですか? 開戦前に侵略行為などをおこなっても、帝国軍の動きを察知させるだけでなく、王国に大義名分を与えるだけの愚行としか思えませんが」


「さぁな、そこ迄は俺の考えるところじゃねーしな、それに所詮、俺たち兵隊は命令どおり動くしかないんだよ、今は与えられた任務を遂行する事だけ考えろ! それにだ、もしかしたら中央軍のお偉いさん方には、何かしらの方策でも有るんだろうよ」


 さほど興味もないといった具合に、ウォルドルフが切り返す。隊長の言葉に反論を含みつつ、やんわりとバーレンが話を続けた。


「ふぅー、その彼らの方策とやらで、今までどれだけの犠牲を払ってきたことか、過去を省みない者達が考える立案ほど、危険で無意義なものはないですよ」

 

 バーレンの皮肉混じりの言葉を聞いて、ウォルドルフが鼻で笑う、今度は視線だけで少し口がすぎるぞ、と合図を送る、それに気付いた彼も頭を下げ、謝意を表してからまた後ろに下がって行く。


 話し終わってからすぐに、ウォルドルフが後続の隊員に向かって叫ぶ。


「お前たち、今回は特別に略奪行為が認められた、精々、荒稼ぎするんだなっと言いたいたころだが、開拓民なんぞ大して持ってないからな、過度な期待はするな、まずは攻撃命令が下っている開拓村を占領する、其処を拠点にして他の数カ所を破壊した後に帰還、拠点にする村の家屋は破壊するなよ、寝床が雨曝しになるのは嫌だからな」


「「「はっ! 了解しました」」」


 帝国の騎兵隊総勢30人が一斉に返答をする、騎兵隊は王国に向かう街道をひたすら東に進軍して行く、そんな中で唐突にウォルドルフが一人の隊員を呼びつける。


「オリバー! 聞こえてるか? こっちにこい」


 予期せぬ時に隊長に呼ばれたオリバーが、慌てて手綱を操り馬を制御しようとしたのだが、焦ってしまい手間取っている、やっとの思いでウォルドルフの横まで寄って行き返事をする。


「は、はい、何でしょうか?」


 一言だけ命じて終わるつもりだったのだが、彼の手際の悪さに、苛立ちを隠せずに叱責する、いかなる状況下でも素早く正確に、馬を操る事が出来なければ、騎兵隊としては失格である、そればかりか戦場で命を落とす事にもなりかねない、最悪、味方の命まで危険に晒すことにもなりえると。


 隊長からそのことを強く指摘され、オリバーが縮こまりながら謝罪をする。


 まだ少し苛つきが収まらないのか、仏頂面でウォルドルフが声を荒らげながら、命令を伝える。


「村の占領が終わったら、数名を連れて、プラタ砦まで戻り待機している、後続の馬車隊を連れてこい」


「……はぁ、馬車隊ですか、それよりも砦に残っている本隊は召集しなくてもいいんでしょうか?」


 オリバーが不可解に思い反射的に聞き返してしまう、馬車隊は軍事物資の輸送が主な任務の後方支援部隊、ときには人員の移動や負傷兵の移送にも使われるが、基本的には戦闘地域より後方に置かれる非戦闘部隊である、なによりも馬車は大型で目立つため敵に探知されやすく、動きも鈍重なので発見されたらすぐに潰されるか、鹵獲されて貴重な物資を敵に奪われてしまう。


 そんな馬車隊を村の占領を成功させたとはいえ、騎兵隊のいる最前線に連れてくることに対して純粋な疑問が湧いてしまう、それに30人という少ない兵力にも出撃前から不安を覚えていた、だがオリバーの感情は不安から一転して後悔へと変わっていく。


 眉間にシワを寄せていたウォルドルフの顔が、さらに不愉快な顔に歪んでいく、隊長と目が合ったオリバーに緊張が走り、みるみる表情が強張っていく。

 ウォルドルフの怒りに気がついたバーレンが、すぐさま間に入り、すぐに不機嫌になる悪い癖を隊長に強く諫言する。

 語気を強めたバーレンの苦言を素直に受け入れ、舌打ちしながらもウォルドルフが落ち着きを取り戻していく、仏頂面は相変わらずではあるが、隊長の発声から怒りの色が消えていることに、オリバーが安堵の表情を浮かべて胸を撫で下ろす、ふたたび視線を前方に向けたとき、隊長と横並びにいるバーレンが、少し微笑みかけていた。


 ウォルドルフが間を置いてから、簡潔に補足説明していく。


「馬車隊は略奪品を砦まで輸送するためのものだ、勿論そのままでは見ただけで、軍用馬車だとわかるからな、今ごろは砦で行商隊に見える様に偽装しているはずだ、お前も鎧を外して行商人の格好で来い、兵員に関しては司令から開拓村の奇襲作戦に対して、これ以上出せないと言われている、まぁ、王国との緊張も高まっている状況下で、プラタ砦を手薄にするわけにもいかん、それにだ、少数のほうが目立ちにくく機動力も高くなる、開拓村に王国軍の駐留を認めた場合はすぐに退却する、だから増兵はない諦めろ」


 捲し立てるように話し終える、そのあとに見せたウォルドルフの顔は、心なしか渋い表情を浮べていた。


「すると僕らは捨て駒ってことなのか…………あれ? この場合は噛ませ犬の方が、ただしいのかな?」


 隊長の話を聞いたオリバーが、無意識の内にぼそっと呟いた。

 オリバーの不用意な言葉に、ウォルドルフとバーレン両者が揃ってギロリと睨みつける、オリバーもおもわず溢してしまった自分の軽はずみな言動に、今更ながら激しい後悔に襲われる。


 常に温和なバーレンからも睨みつけられて、オリバーの澄んだ紺碧の瞳が、今は情けないほどに白目をむいていた、オリバーが胸中で「ごめんなさい」と何度も謝罪する。

 オリバーの泣きの入った顔を見たバーレンが、ため息混じりに咎め始めた。


 バーレンの小言が始まったのを確認したウォルドルフが、鬱陶しそうに手をふり止めに入ってきた。オリバーが安堵する間もなく、今度はウォルドルフが冷淡な態度と淡々とした口調で告げる。


「お前は俺の命じたこと、説明してやったことが理解できたのか? それとも理解することもできない馬鹿だったか?」


 ウォルドルフの射抜くような冷たい視線に、オリバーが肝を冷やす、場に充満した、嫌な空気を呑み干すように固唾を飲み込み、なんとか声を振り絞りオリバーが答える。


「申し訳ありません、しっかりと理解できております、ウォルドルフ隊長のご命令、了解しました」


 オリバーが畏まりましたと一礼して静かに隊列に戻っていく、その動きを一瞥してから、ウォルドルフが前方に視線を戻した時に、後から微かなため息が聞こえてきた、それに応えるかのように、フンっと大きく鼻息をつく。


 騎兵隊が王国領の国境間近まで到達した所で一旦止まり、ウォルドルフが山手側から王国までつながる道を指し示し、全員に命じる。


「よし、ここから山側に向けて進軍する、山中に入ったらゆっくりと前進するぞ、王国人や敵兵に見つかるなよ。不期遭遇した場合は全員殺せ、一人も逃がすな」


「「「了解です」」」


 騎兵隊は東側に逸れるように延びている山道を上って行った。

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