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僕が彼女のために人を殺したと思っている、頭のおかしい人達のために

掲載日:2021/07/11

朝から降り続いた雨は、今は豪雨になりつつある。

ビルの屋上に、男女が二人立っている。

彼らは、ずぶ濡れのままで、何かを話している。


「警察より先に、君に見つかってしまったのか」


「もうじきくるわ」


男性は、懐かしい顔でも見たかのように笑う。

女性は緊張した面持ちで、彼に問う。


「聞かせてもらっていい」


「あぁ、わかったよ」



小学5年生の梅雨の頃。

退屈な国語の授業のなかで、僕は素晴らしい言葉を知った。


「天網恢恢疎にして漏らさず」


その言葉を聞いた時、幼かった僕は、世界は素晴らしいと思った。

国語の教師は、黒板に意味を書いていた。

僕は、それを赤い文字で、ノートに書きこんだ。


天の張る網は、広くて一見目が粗いようみえる。

しかし、悪人を網の目から漏らすことはない。

悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰を受ける。


それは、どんなヒーローの決め台詞より、僕の心に響いた。

理由はわからないけれど、世の中には悪い人もいる。

だけど、それが全て報いを受けるというならば、生きることに意味があるように思えた。


僕は、特別に得意なことが何もない。

だから、自分の中で誇れることは、一つしかない。

悪いことはしない。


それは、当たり前のようで難しい。

理由は、君だってわかるだろう。

子供の頃は、子供の頃で。

大人には大人の事情で。

嘘をついて、人をだまして、悪いことを隠さないと、人は生きていけない。


小学六年生の頃、クラスの女子が、悪質な悪戯を受けてさ。

その子は、何もできない僕を馬鹿にせず、話をしてくれる人だった。

誰も学校で、そのことを口にしちゃいけないっていっていたけれどさ。

次の日にはみんな知っていた。

その子は、どこかに転校していった。


何年かして、犯人がわかったんだよ。

同じことを繰り返して、ボロを出したんだ。

僕らの担任が主犯だった。

何人かの生徒を虐めに導いてた。


奥さんがいて、子供がいて、教師という仕事に就きながらさ。

アイツは、他にも何人か手にかけて。

見つかって、みっともなく逃げ散らかしてさ。

逃走先で、多くの人を傷つけて。

最後は自殺したんだよ。


それで、事件は終幕を迎えた。

当時生徒だった者たちの罪は償われなかった。


担任が自殺したことによって、すべての罪は償われたんだろうか。

僕は、それで納得すべきなんだろうか。

そう考えるべきなんだろうな。


正直さ、僕にはね。

それは不平等に思えた。

共犯の奴らは、多少は肩身の狭い思いをしたと思う。

でもさ、その程度なんだ。


だからさ、僕はあの言葉を本当にしないといけないと思ったんだ。


「天網恢恢疎にして漏らさず」


ひとりずつ、虐めの実行犯を調べた。

あの教師と、仲間になっていた奴らのことだ。


彼らを調べ上げることは、特にとりえのない自分には難しいことだった。

ネットでね、そういう奴らの特定をしている人たちがいてさ。

いろいろ利用させてもらった。


念のため、自分でも調べた。

確信がもてるまで、ずいぶん時間をかけたよ。


そのまま人と思えないような、そんな生き方をしてる奴もいた。

意外と普通に生きている奴もいた。

だけど、どちらも許せなかった。


だから、殺すことにしたんだ。

殺さなければいけないと思った。

そうしなければ、真面目に生きている人が報われない。

君も、そう思うだろう。


僕も多少は、世の中のことを学んだ。

沢山、過去の事件も読んだ。

死体が出てこなければ、なかなか事件にならないことは、僕には都合が良かった。


調べるのには、何年もかかったからね。

働きながら調べてたからさ。

時間がかかったのは、ごめんね。


お金もすこしはたまったからさ、誰も来ないような山奥に家を買ってね。

レンタルした小さな重機で穴を掘った。


あいつらは全部そこに埋めてあるよ。

細かく刻んだから、区別はつかないかもしれないな。


調べ尽くして、そこから覚悟を決めて、それから実行するまでにね。

5年かかった。

だから、余計に見つからなかったんだろうな。

思ったより、長い間逃げることができたよ。


でもさ、後3人くらい殺したほうがいい奴がいるんだけどさ。

もしよかったら、見逃してもらえないかなぁ。


僕がそう言って笑うと、彼女は泣きながら答えた。


「もう充分。ありがとう」


「そうか」


答える僕の目からも、涙がこぼれた。

じゃあ、僕も捕まらなくちゃいけないな。


彼女は、笑いながら、そして少し泣きながら、怒っているような、悲しんでいるような。

そんな顔をしながら、僕に手を伸ばす。


僕はその手を断って、彼女の眼を見つめる。


「君のせいじゃない、全部僕がしたくてやったことさ」


嘘じゃない。

奴らの命乞いも、断末魔も。

僕を讃えるように聞こえたんだ。

僕は、世界の秩序を守るために戦ったんだ。


だから、彼女の手を借りるわけにはいかない。

彼女のせいにするわけにはいかない。

僕は、僕のために戦ったのだから。


いつの間にか警察官が大勢集まり、僕達をとり囲んでいた。

手を挙げて、そちらに歩いていく。


彼女が警官たちに保護されたのを見送り、両方の手をあげる。

何も武器を持っていないのに、僕が進むと、彼らは後ずさる。

その姿に少し苦笑をしながら、僕は両膝をついた。

彼らは弱いものしか、捕まえることができないのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分、こういうお話はちょっと好きです♪ 自分自身の想いでやったこと、やること。 そしてその事にけじめをつけること。 興味深いお話でした。 うん、ありがとうございます(^ω^)
[良い点] ありきたりな感想ですが、最後に主人公が自殺するような舞台にありながら、自殺しないところが好きです。
2021/07/12 09:13 退会済み
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